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その他 碧の蛇王2

「我が名はラフィーガ。本来の名は伝統と威厳に溢れるそれはそれは美麗なものだが、いささか人間には発声しにくいのでな」
 これならおぬしも呼びやすかろう。
 そう続けた神は開口一番文句を言った割に友好的だった。
 半人半蛇なりのとぐろを巻く、なのだろうか。軽い金属が触れ合うような音を立てながら、どこか得意げに胸を張る男は思いの外幼く見える。否、蛇の部分についてはともかく、その人間の部分の外見について言えば「彼」は成人男性以外の何者でもないだろう。分厚い胸板に筋肉のラインがはっきりと見える二の腕、太い首。一言で言えば異性が見惚れるような、よく鍛えられた身体付きをしている。蛇神には女神もいて、彼女らはそれは豊満な肉体を持った美しい姿をしているそうなので、果たして男神も魅力的な容姿をしているのは当たり前なのかもしれなかった。
 顔立ちについてもそうだ。ラクルカントの民とは似ても似つかぬ色合いも然ることながら、パーツの一つ一つが驚くほどの均整を伴って並んでいる。力強い眉、一重の瞼、睫毛は駱駝のように長く、その奥に夜を閉じ込めたような漆黒の玉が嵌め込まれている。通った鼻梁、唇は薄く、けれど大きく開かれれば一点の瑕疵もない白い歯が並んでいた。そこに毒蛇のような立派な牙がないことに心の底から安堵する。どうやら、人間の身体によって成り立つ部分に関してはまるっきり自分たちと同じであるようだ。
「何をじろじろと見ている」
 唸りのような声色にメドゥははたと我に返る。初めて見た異形の神を好奇心からじっくりと観察していたなどと無礼もいいところだった。慌てて膝をつき、頭を垂れ、畏敬の気持ちを表す。
「無礼を働きました。お許しください」
「ふん。別に怒ってなどいない」
 尾の先が石の床を撫でる。細かい砂を無意味に散らかすその仕草が、彼の言葉の真意を裏付けているのかメドゥにはわからない。
「俺…私、の名はメドゥ。貴方様の奉仕役を仰せつかりました。御身に不自由なきよう、精一杯務めさせていただきます」
 返答はない。
 恐る恐る顔をあげれば、神はとぐろを解き、高い位置からメドゥを見下ろしていた。ただ伸ばし放題にしていると思しき長い髪がするりと肩から落ちて、目と鼻の先をぬばたまの黒が掠める。微かに何かが燻る匂いがした、ような気がした。やはり雷鳴から生まれてくる以上、その身は高熱に晒されて来たるのかもしれない。無論、雷が彼らの身を傷付けることは一切ないのだけれど。
「あ…寝所へご案内いたします。こちらへ」
 自分の役目を思い出したメドゥは素早く立ち上がると生まれたばかりの神を促した。彼は相変わらず無言のままだったが、素直に後ろに続いてくれるようだ。
 メドゥは荷物の入った袋を背負い直し、祭壇から横に伸びる廊下へと足を踏み入れる。祭壇の背後には正方形の中庭があり、中央に据えられた噴水は枯れぬ井戸の水をなみなみと湛えている。それを目当てにやってくる蝶や小鳥が賑やかに乱舞する楽園のような光景は、それを囲むように作られた回廊のどこからでも眺めることができた。
 すべては蛇神のために作られた供物だ。天から落ち、天へと帰る彼らを一時の間とて慰められるように。この国の王と民と神官と職人の願いが込められている。
 しかし、肝心の神様は立ち昇る水の匂いにも飛来する生き物の織り成す美しい鳴き声にも引いては神殿の装飾にもあまり興味はないようだった。蛇神は多数の金銀や貴石とともに壁画に描かれることもあるけれど、それは人間たちが挙って捧げるからだろう。彼らが実際に人間が勝手な思いで趣向を凝らした奉納の数々をどう思っているか、メドゥは知らない。否、誰一人として知る者はいないに違いなかった。
 やがて回廊を抜けると巨大な両開きの扉が現れる。ちょうど祭壇から中庭を挟んで反対側。重厚な金色の錠前が取り付けられたそれをメドゥは預かってきた同色の鍵で難なく開いた。扉の向こうには石畳の廊下が広がり、天上からは乳白色のランプが幾つも連なっている。そして、やはり二重構造の建物の中央には中庭があった。先程噴水があった庭より多少こじんまりとしているが、緑豊かな植栽といい、大理石で出来た彫刻といい、一つも手入れを怠った様子はない。
 その景色に内心ほっとしながら、メドゥは更に先へと進む。蛇神が天へと帰るまでの間、主に過ごすのはこの建物内ということになる。万が一、目も当てられぬ惨状であったならどうしようかと思ったが、その心配はなさそうだった。
「こちらです」
 やがて回廊を最も奥へと進んだ先の扉を開き、メドゥは背後にいた神を中へと入るよう促した。大人しくメドゥの後ろを這ってきた彼は当たり前のように先陣を切って、広い部屋の中へと入っていく。
 そこは神の寝所だった。
 驚くほど広い空間は炎を乱反射するランプの幻想的な光によってその全容をぼんやりと浮かび上がらせている。壁や床の上を問わず、美しい織物や彫刻、絵画、硝子製品で飾り立てられ、その隅に丈夫な木材と上等な綿織物だけで作られた巨大な寝台がどっかりと据え置かれていた。
 メドゥが何か言うよりも早く、彼は勝手に寝台へとあがるとその具合を確かめる。掛け布を広げてみたり、枕を軽く叩いたり、まるで新しい玩具見つけた子供のような、巣の具合を見定める獣のような所作を繰り返したのち、彼は一人でうんと頷いた。
「気に入った」
「何よりです。本日はこちらで自由にお寛ぎください。…いえ、もちろん明日以降もお好きになさってくださって構いません」
「おぬし、」
 それから部屋のあれこれやここでの生活について説明をしようとしたメドゥの声を神が遮る。いつの間にか寝台の上でとぐろを巻いた彼は腕を組んだまま、こちらをじっと見つめていた。
「名はなんといったか」
「メドゥです」
 先程名乗ったはずですが、とは当然言わない。メドゥの答えを聞いた神は眉根を寄せる姿も美しく、けれど喉の奥で悩まし気に唸った。メドゥの名に何か問題でもあるというのだろうか。一般的ではないかもしれないが、然して意外性がある名でもない。思い当たる節がなく、首を傾げるメドゥの前で彼は独り言のようにぼそぼそと呟いた。
「メドゥ…メドゥか。古の蛇の名とは守護のつもりか、はたまた雷帝の予言か」
「え?」
「もうよい。下がれ」
 我はもう休む、とぽつりと落とし、神は本当に身を畳むようにして布の中に伏してしまった。こうなったらもうメドゥには彼に話しかける権利など残されていない。どんな疑問が頭に浮かぼうと、蛇神の奉仕役として頭を垂れ、暇を告げるしかない。
 何かございましたら手元の鈴を鳴らしてください。
 返事はすでになく、小気味のいい寝息だけがメドゥの耳に届いた。


2017.10.28

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