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FGO 金の鈴、銀の心

 あっと思った瞬間、金色のそれは木っ端微塵になっていた。地面にはらはらと落ちる破片は菩提樹の落花のように美しく、それなのにその瞬間タマモキャットの胸を支配したのはどうしようもない悲しみと取り返しのつかない寂しさだった。

 だって「彼」がくれたのだ。

 彼のたった一人の正式なサーヴァントである彼女にではない。最初のレイシフトで縁を結んだキャスターでもない。いつも引き連れている槍兵でも、いざというときに彼が名を呼ぶ狂王でも、華やかな黄金をまとう天真爛漫な姫君でもない。
 他ならぬタマモキャットに「ご主人」はなんでもないようにそれを手渡した。倉庫の片付けをしてたら見つけて、なんて説明を最早そのときのキャットはまったく聞いていなかった。指先で摘める程度の大きさしかない金色の鈴には桃色の組紐。埃にまみれ、錆び付いたそれを彼が自らの手で清め、磨き、ついでに油性マジックで絵を描いた。そう、他ならぬキャットの興味を引いたのはその図案だった。爛々と光る二つの目、ピンと伸びたひげ、うにょっとご機嫌に波打つ口に黒々とした鼻。キャットだ、キャットがいる。
 アタシだな!?ご主人!とその勢いに気圧されつつも彼は照れたように笑ってみせた。無言を肯定と受け取ったキャットが更に目を輝かせると、彼は手を差し出すように促した。反射的に肉球ふかふかの両手のひらを突き出せば、その上にちりんと微かな音を立てて鈴がのった。
 キャットが金色の目玉を白黒させたのも無理からぬことだっただろう。ご主人の忠実な獣、野性の狐、タマモキャットは報酬にニンジンを所望したとて、浅ましくおねだりなどはしないのだ。
 でも、それはそのまま手放すには余りにもきらきら輝いて、ふわふわと温かくて、何よりちりちりと軽快に鳴った。キャットが首に付けてるやつよりちょっと小さいし、絵下手で悪いんだけど、とご主人は言った。嗚呼、嗚呼、それがなんだというのかご主人!キャットの耳は震え、尻尾はうねり、声はざらついていた。キャットはキャットであるがゆえに正しく狂化されているので、果たして浮わついた気持ちのどれほどが伝わったのかわからない。ただ、ご主人はいつものようにオリジナルのタマモに「些か頼りない」と評される緩み多き顔をすると、予想通りこう言ったのだ。
「よかったら、もらってくれる?」

 それを!そんな大切な「宝物」をよくも!よくも!
 
 悲しみの後にやって来たのは怒りだ。目の前には出来の悪い人形地味たホムンクルスがゆらりゆらりと殺意をばら撒きながら横揺れを繰り返す。
 正直、タマモキャットは満身創痍であった。
 鋭い爪の幾つかは折れ、幾つかは欠け、魔力は底をつこうとしていた。だが、決してマスターが倒れたわけではない。狂戦士として召喚されたタマモキャットは弓兵などと違ってマスターを失えば一時足りとも現界してはいられまい。だからきっとマスターは無事だ。あの物静かな娘の大きな盾に守られてどこかで今も戦っている。それだけがタマモキャットの救いだった。それだけがタマモキャットの望みだった。それだけがタマモキャットの強さだった。恐れることなど、何もなかった。
 傾国の美姫玉藻の前が千年鍛錬の末、分かれた九尾を放った内の一尾。サーヴァント、タマモキャット。
 ご主人を守るためだけに存在する狂えた獣。嗚呼、しかし、その肩書きが一体なんだというのだろう。なんの意味を、なんの意図を、なんの指図をタマモキャットに与えるというのだろう。タマモキャットが爪を振るうのは怒りにあらず、悲しみにあらず。けれど、それらはすべからく暴風のごとき暴力であれ!
「燦々日光午睡宮酒池肉林!」
 うにゃあと野性が吠える。魔力がぐんぐん渦を巻き、ごうんごうんと解き放たれ、敵を切り刻む。断末魔の悲鳴、ぴりっとした身体の痛み。反動はキャットの脳髄を痺れさせ、問答無用で全身を襲ったが、すぐさまその場に倒れ伏したい衝動はどうにか堪えた。
 対峙していたあれが最後の一体だったのだろう。辺りには静寂が戻っていた。敵影は確認できず、遠くから聞こえていた剣戟の音もいつの間にか消えている。
 キャットはしばらくその場に立ち尽くし、肩で呼吸を繰り返していたが、やがておもむろに地面に膝をついた。
 飛び散った金色の欠片を目を皿のようにして探す。あんなに小さな鈴が強力にしてロボットのような精密さで繰り出されるホムンクルスの一撃を受けたのだ。無論、バラバラなんて生易しいものではない。その上、先程付近で派手に戦ったのは他ならぬキャットである。土埃はまきあがり、下草は踏み潰され、下手をすれば地形まで変わっている。それでもキャットは根気よく探した。どんな痕跡でも逃さぬよう、瞬きすら惜しんで這いつくばった結果、キャットの手元に戻って来たのは桃色の組紐だけだった。
「キャット!」
「タマモキャットさん!」
 聞こえてきたのは聞き慣れた声。盾を携えた少女と彼女に並ぶようにして駆け寄ってくる少年。キャットは紐を手に呆然と彼らを待ち受けることしかできなかった。少女はすぐにキャットの怪我の心配をし、少年は礼装による魔術の準備を始めた。キャットはゆるゆると首を振る。そうではないのだ。霊基は致命的な傷を負っているわけではなく、霊核は微塵も傷付いていない。マスターが近寄ってきたことで魔力のバイパスも本来の太さを取り戻した。ただ。
「その紐…」
 やはりご主人がいの一番に気付く。それが途方もなく嬉しくて、そして悲しい。鈴はもうないのだご主人、アタシがなくした。その台詞がどう頑張っても口をついて出てこなかった。尻尾は下がり、耳は硬直していた。金色の満月みたいな目が瞬きもせずにマスターを見つめていた。そんなキャットの前に彼は跪く。当然のように青い瞳でキャットをじっと見て、ふかふかの両手をそっと握った。
「キャットが無事でよかった」
「ご主人…」
「帰ろう。みんな待ってる」
 手を引かれ、導かれるように立ち上がる。盾持つ娘は優しい眼差しでこちらを見ていた。マスターはもっともっと優しい目をしていた。やはりアタシのご主人がこの世で一番だなとタマモキャットは思う。こんな素晴らしいご主人は三千世界を遍く探したところできっと見つかりっこない。そうに違いない。
「ご主人のためならアタシはカラスだって撃ち殺してみせるぞ。カラスはいけ好かぬゆえ、三度締めよう」
「何それ」
 ご主人が笑う声を心地よく聞く。その掌から伝わる温度は正しく人間のそれであると改めて認識を新たにしながら、タマモキャットは反対の手に持った紐をエプロンポケットの中に乱暴に突っ込んだ。


2017.08.20

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