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FGO そこにいるのは

※捏造カルデア職員います※


「シン!」
 その呼びかけに振り返り、声の主を認めた途端、揚上真を支配したのは妙な違和感だった。
 一つにまとめたブロンドの髪、鼈甲に似せたプラスチックのウェリントン眼鏡に頰のあたりまで散らかったそばかす。
 グランドオーダーが発令されて早数ヶ月。数十名いるカルデアのスタッフを隈なくおぼえている、というわけではないにしろ、半数は顔と名前が一致し、半数は顔だけで所属セクションを判別することができるようになった真にとって、まったくの見知らぬ顔というのは久しぶりの体験だった。
 相手もそのことを察してか、アレクサンドラ・ガルシアよ、と親しみやすく名乗る。自然に差し出された右手に彼女が間違いなく欧米の生まれであることを確信しながら、真は極めて東洋的な曖昧な笑みを浮かべることしかできない。困惑が伝わったのだろう。初々しいティーンにも、化粧気のないキャリアウーマンにも見える彼女は少し自嘲気味に笑ったようだった。
「私、下っ端だから」
「え?いや、俺、物覚え悪くて…」
「ううん、いいの。私のことはアレックスって呼んで」
 フルネームは長いから、とやはり微笑んでみせた彼女は次の瞬間、急に口元をぎゅっと引き結ぶ。一気に深刻な雰囲気になったことを察した真が背筋を正すと、案の定彼女は短く息を吸ったあと、実は相談したいことがあって、と小さな声で続けた。
 そして、ひと気のない廊下の片隅で彼女の口から語られたのは俄かに信じがたい話だったのだ。

「で?なんで俺だよ」

 そう言って唇をへの字に曲げたのは槍を携えた一人の英霊だった。
 深夜二時。人感センサーが働いて青白い蛍光灯が行く先で弾ける他は人の気配もない、所謂丑三つ時。
 無機質な素材で作られた床をきゅっと踏みしめた真は隣の長身を見上げる。真っ青な髪に赤い瞳と浮世離れした容姿も彼の名を聞けば腑に落ちる。ケルト神話における神の御子にして勇士、クー・フーリン。真の声に応えてくれた同じ名を持つ英霊は全部で四騎。中でも最も年若く、血気盛んな時期をとって召喚された彼は通称クー・フーリン〔プロトタイプ〕と呼び分けられていた。
「他の『俺』に頼めばいいだろ」
「だって」
「だって?」
「キャスターのクー・フーリンはそもそも取り合ってくれなさそうだし、プロトじゃないクー・フーリンは最初は面白がって付いてきてくれるけど飽きたらどっか行っちゃいそうだし、オルタのクー・フーリンはこういうときは論外だし」
「あー…まあ、な」
 指折り数えて選出の理由を連ねれば、彼も納得したのかばつが悪そうに後頭部へと手をやった。時間が異なり、クラスが異なり、属性が異なるクー・フーリンはそれぞれまったくの別個体と言って間違いはないのだけれど、同じ名と同じ逸話と同じ容姿を持つ者として、一応の連帯感はあるのだろう。それを「まるで兄弟のような」と比喩するのは些か安直かもしれないが。
「でもなあ、幽霊って」
 眉唾だろ、とプロトが言うのもまあわからなくはない。何しろアレックス女史の話を聞く限り、真にもすぐさまその真偽は計りかねるものだったのだから。しかしながら、彼女の表情は真剣だった。そこに揶揄の雰囲気も真を陥れてやろうという悪意も露ほども感じられなかった。彼女の話に矛盾はなく、ただ未知なるものへの純粋な不安と恐怖だけが感じられた。
「どこからともなく聞こえる声?声は声だろ?害があるわけでもなし」
「そうだね」
「お前だって別段ビビっちゃいねえんだろ」
「うーん…俺は別に…幽霊の敵とかもいたしなぁ」
「それみろ」
「でもアレックスは怖がってたし、他の職員でも聞いた人、いるんだって。原因がわかれば、みんな安心するだろ?」
 だからさ、と言い含めれば渋々といった感じでプロトは頷いた。その表情から読み取れる彼の台詞は面倒だから嫌だ、とかではなくて、どちらかというと、このお人好しが、というやつだ。しかし、渋面の割に機嫌が悪くないのは、おそらく自分があてにされているとわかったからだろう。朱槍で肩をぽんぽんと叩きながら、その名声ゆえに数多の姿を持つことになった英霊はマスターに問う。
「場所と時間はここでいいんだな?」
「うん。深夜二時に工房棟二階の廊下で女の声。ノイズが混じったような声色でなんと言っているかまでは聞き取れない」
「ふうん…今のところ異変はなし、か…」
 件の工房棟はその名の通り、科学と魔術の融合を極めたカルデアの技術の中枢とも言っていい場所だ。魔術師と科学者たちの工房が地下階から上層階までびっしりと蜂の巣のように立ち並び、中では昼夜問わず何かしらの実験や検証や工作が行われている。しかし、分厚い頑丈な壁がすべての物音を遮断して、その廊下は驚くほど静まり返っていた。
 辺りをきょろきょろと見渡すプロトに倣い、真も視線を巡らせる。アレックスが言っていたのは確かにこの辺りのはずだ。一階へと降りる階段付近。けれど彼女が語った寒々しい事象の片鱗は今のところ欠片も見受けることができなかった。青白い蛍光灯、無機質な壁と床は清潔に保たれ、異変は微塵も感じられない。時間も時間であるがゆえにひと気はないが、それはそもそも工房棟の常だった。
 隣の槍兵は早々に変化のないこの事態に飽きていた。欠伸を噛み殺す様からは真がいつ「今日はこれぐらいにしておこうか?」と言い出すかを今か今かと待っているように見える。とはいえ、その言動に反してマスターには忠実なのが英霊クー・フーリンだ。真が命じるまで、彼はいくらでも付き合ってくれるだろう。
 しかし、五分経ち、十分経っても、一向に状況に変化はなかった。
 アレックスの話では毎夜発生する現象でもないようだし、ひょっとしたら今日はハズレの日なのかもしれない。これは出直しかなあと真が口に出そうとしたそのときだった。
「…何か聞こえるな」
 極めてひそめた声で彼が呟く。真も慌てて耳を澄ませれば、確かに微かな異変が聞こえてきていた。人の声、と言われればそうなのかもしれない、と感じる程度の雑音。ノイズとノイズの合間の音声はまったく意味をなさず、否、けれど、どこかで聞いたことがあるような気もしなくはない。
 その音源を探ろうとプロトが一つ歩を進める。その行為に異議のない真がその後ろに続こうと、足裏に力を込めた瞬間。
「あーひょっとしてまた鳴ってる?」
 背後から聞こえた女の声に飛び上がらんばかりに驚いたのはどうやら真だけだったようだ。
 クー・フーリンは当たり前のように槍の切っ先を上に向けたまま魔術師か、と呟く。一方、それを聞いた「彼女」の方は、万能の天才さ、とわざわざ訂正してみせた。
 そう、杖を片手にそこに立っていたのは何を隠そうカルデアによる英霊召喚の成功例にして、芸術、科学、魔術に長けた叡智の中の叡智、全方面に才能を発揮した正しく天才。緩くカールしたブルネットに完璧にシンメントリーを描く誰もが一度は見たことあるはずの顔立ち。何故なら「彼」は生前の姿の一切を捨て、ただ己の信じる美を体現して現界したから。美女の名はモナリザ、作者の名は無論、レオナルド・ダ・ヴィンチ。キャスタークラスのサーヴァントとして成った「彼女」は今のカルデアになくてはならない一騎だった。
「ダ・ヴィンチちゃん、どうしてここに…?」
「どうしてって…ここは工房棟だぜ?私のホームと言っても過言ではないじゃないか。君たちこそ、こんな真夜中にどうしてこんなところに?」
 そこで真がかいつまんで経緯を説明すると、天才はふんふんと一つ二つ頷いて、なんの前置きもなく、ついてきたまえ、とだけ言い残し、先に立って歩き出した。
 困惑する真をよそに彼女はゆったりとした足取りで廊下を行く。真は仕方なくその後ろ姿を小走りで追い、更に背後からはクー・フーリンが静かについてきているのがわかった。
 結局、レオナルドが足を止めたのは一分もしない場所にある倉庫の扉の前だった。彼女は慣れた手つきで暗証番号を入力し、解錠する。両開きのドアが開いた瞬間、埃をかぶった古い器物たちの独特の匂いが鼻をつき、見渡せるほどの部屋の中が恐ろしく雑多なもので溢れかえっているのが露わになった。
 自動点灯した照明に照らされていたのは変色した本がみっしり詰まった傾いた本棚に、薬品の跡がついた作業机、カゴの中に詰まったハンガーに割れた薬瓶、布を被せられた四角い大きな何か、枯れた観葉植物、丸められたカーペット、何に使うのかわからない壊れた道具類、その他諸々。
 倉庫というより廃棄場かと疑うようなガラクタを前に真が呆然としていると、こっちだよとレオナルドが手招きする。素直に彼女の言葉に従えば、そこには真の身の丈よりも高い立派な柱時計があった。
「声の正体はこれだよ」
「えっ!?」
「…壊れてんじゃねえか」
 プロトの言葉通り、柱時計は壊れていた。細やかな細工が施された針は長針から秒針に至るまでぴくりとも動かず、文字盤の優美な書体の数字はことごとくくすんでいる。ガラス板の向こう側の振り子は時を止めて久しいことを示すように、傾いたまますっかり錆びついていた。
「そう、壊れてるんだ」
 なぜか自慢げにレオナルドが言う。
「修理を試みたんだけど、どうもうまく動かなかった。いや、焦ったよ。何しろすでにもう私の声を収録した時刻お知らせ機能を搭載したあとだったからね!」
「は?」
「え?」
「しかし、天才である私はすでに気付いたとも。そもそも時刻お知らせ機能なんだから、時計として機能しなければ、動かないのでは?安心した私は時計を倉庫に眠らせることにした。これで事態は収束、万事丸くおさまるはずだったんだ…ところが!」
「お知らせ機能だけが、なぜかまだ生きて動いてるんだね…」
「さすが、真くん。その通り、ノイズ混じりでひどい声だが、確かにあれは私の声だ」
 そう言ってレオナルドはぽんと柱時計の側面を叩く。それでも時計は沈黙していた。しかし、今のレオナルドの話によってすべての辻褄は合った。真がどこかで聞いたことがあるようなと思ったのもなんの勘違いでも気のせいでもなかったのだ。
「とんだ肩透かしだな、マスター」
「でも、本当に幽霊の仕業とかじゃなくてよかった。これできっとアレックスも安心するよ」
「…ん?真くん、君、今なんと?」
 レオナルドの怪訝な顔にまったく思い当たる節のない真が瞬きをすると、彼女は申し訳なさを示すように手を広げ、改めて疑問文を作り上げた。アレックスって、ひょっとしてアレクサンドラ・ガルシアのことかい?とカルデアの一職員の名を事もなげに言い当ててみせた彼女に驚きつつも頷けば、天才はふうむと唸ってみせる。
「おかしいな。彼女に会ったのは昨日?そんなはずはないさ。だって彼女はそれこそ、君が初めてレイシフトした日、あの爆発に巻き込まれて死んでいるんだから」
 ひゅっと、真の背筋が冷えた。
 へっ?と間の抜けた声はもうこの際許して欲しい。昨日の出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、それでもこの世にいない人間と対峙していたという実感はまるでなかった。ああ、けれど考えてみれば納得できる節もある。真が彼女の顔も名前も知らなかったのは、彼女が下っ端だからと言い繕ったのは、みんな怖がっててと困ったように言った彼女は。
「……ちなみにその女どうやって死んだんだ?」
 硬直する真の隣でプロトがそんなことをレオナルドに尋ねる。彼女はしばし脳内のデータベースを検索するような素振りを見せたが、すぐに記憶に思い当たる節があったようで、なめらかに口を開いた。
「いた場所が悪くてね。ちょうど首の部分に爆発で飛び散った金属片が当たって、頭と胴体が離れ離れになってしまった。おそらく即死だっただろう」
「ふうん」
「…え、何?プロト、何見てるの?」
 英霊の真紅の瞳は真っ直ぐ前を向いていた。蛍光灯に照らされ尽くした室内の、なんの変哲もない本棚と棚の間。真にはただ壁があるだけにしか見えないその場所をクー・フーリンはじっと見つめている。その後ろ髪をきゅっと引っ張りたい衝動を抑えて、代わりに腕を掴めば、彼はようやく真の方へと視線を落とした。鳩の血の色と呼ばれる最高級の紅玉もかくやと言うべきまなこはただ虚ろに常世の景色を映し、ああ吸い込まれるなと思った瞬間に大きな掌がぽんと真の頭を撫でる。
「なんでもねえよ。さあ、もう戻って寝るぞ、マスター。今何時だよ、ねみー」
「え?え?」
「そろそろ真剣にこれの対処を考えておくよ。騒がせて悪かったね」
「まったくだぜ、魔術師」
「万能の天才だ」
 二人が軽口らしきものを交わしている間にも真はどんどんクー・フーリンに引きずられ、レオナルドの声は遠ざかっていく。倉庫の扉は背後でしめやかに閉ざされ、廊下は相変わらず青白い。
 プロト、と呼んだ声に彼が振り返る。その目は東の空に昇る月と同じ色をして、けれどどこか優しさを滲ませて、やはり無言で真の頭をぽすりと撫でるのだった。


2017.07.23

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