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FGO 愛し炎のピチカート

 背骨を挟むようにして小さな熱源が背中に二つ、とんとスタンプのように押されているのを見て見ぬ振りをする。なんならわしわしと動く足裏の振動や肋をなぞるようにぐぐぐと動く中指の動きまで。無視しなくてはならない。反応してしまえば最後、「彼女」の暇つぶしに最後まで付き合う羽目になるのは火を見るよりも明らかであり、言うまでもなくそれは昨日も一昨日も繰り返されてきたお決まりのパターンだからだ。
 だが、すでに手にしたゲーム雑誌の内容はほとんど頭に入ってきていなかった。
 誰が持ち込んだのか奇跡的に日本語で記載されたそれの発行年月日は三年以上も前だ。表紙で特集が組まれたタイトルは続編の開発が発表されて久しいし、大々的に新作ソフトが紹介されているハードはもう廉価版のリリースが決まっている。とはいえ、真の持つ情報も「あの事件」から更新が止まっていて、決して最新とはいえないのだから当てにならない。そもそもカルデアにはゲーム機なんて一台もないし、人理が崩壊し、世界の在りようそのものが破壊された今、どう足掻いたところで真にとってこれは不要な情報だった。
 それでも半ば惰性で目をすべらせていたのは、やはりそこに見知った世界があったからだろう。真が唯一の現実だと信じていた日常。それはあまりにも簡単に呆気なく崩れ落ちた。ある日突然なんの前触れもなく、あっさりと、まるで焼け落ちるかのように。
 現実は変容する。フィクションだと信じて疑わなかった世界は存外すぐそばにあった。ここカルデアにおける人間のスタッフは三十にも満たない。それなのに常に騒がしいほどの人の気配に満ちているのは、死した英雄、歴史に名を残した王、勇者、義賊、騎士、魔術師、軍師。真と縁を結んだ数多くの英霊たちが我が物顔で闊歩しているからに他ならない。カルデアにいる人の姿をした者たちのほとんどは人であって人でないのだ。
「茶々、暇ぁ!」
 どすん、と背中に衝撃。思考は中断を余儀なくされ、真はそれと悟られないように小さくため息をつく。
 そろりと振り返れば、端に腰掛けたベッドの本当の所有者に代わり、中央にでーんと寝転がっているのはふくれっ面をした少女。栗色の長い髪はふあふあとシーツに遊び、洋装とも和装とも言えない衣装は金色の装飾で華やかに彩られ、整った目鼻立ちは成長すれば誰もが振り返る佳人になるであろうことを容易く予想させた。
 けれど、彼女はもう決して「大人」なることなんてないのだ。
 彼女自身がそれを望んだ。かつて天下を手中におさめた男の寵愛を一身に受けた女はその全盛期と言うべき時期を英霊としての姿に選ばなかった。
 日輪の寵姫、茶々。
 まだ浅井家の姫として屈託のない日々を送っていた頃の姿をとって彼女は現界した。生前と同じく愉快なこと、賑やかなこと、ド派手なことを好む彼女は退屈を極めて大変にご機嫌斜めなところも含めて、本当の少女のように振る舞う。
「…信長のところには行かないんだ?」
「叔母上はここ最近、鬼の子らとの将棋に夢中じゃ」
 むすぅとした顔を隠そうともせずに少女は口を尖らせる。
 彼女の「叔母」である織田信長もまた英霊としてこのカルデアに召喚されている。茶々は暇を持て余すと大抵身内である信長の元に向かうため、普段はわざわざ真に絡むこともない。珍しいこともあるものだなと呑気に構えていたが、ようやく先程の台詞で合点がいった。
 信長は先日召喚されたばかりの「鬼」のサーヴァントたちと連日将棋に興じているのだ。こうも茶々がむくれている様子を見る限り、それこそ昼夜問わず指して指して指しまくっているのだろう。第六天魔王と呼ばれ、破竹の如き勢いで戦国の世を駆け抜けた尾張の大うつけと大江山を根城とし、京の都を恐怖と混乱に陥れた鬼の首魁。さぞやいい勝負をしているに違いない。
「茶々は将棋やらないのか?」
「あんなの、姫の嗜みじゃないし!」
 それもそうか。英霊として召喚された今、戦場での彼女の働きはバーサーカーというクラスに恥じないものだからつい忘れがちなのだが、彼女は生粋の姫君なのだ。たとえその末路が天下人である夫を失い、愛して愛して愛し抜いた息子さえも奪われそうになって、城とともに焼ける定めにあったとしても。彼女の戦場はあくまで城の中にあった。最初から最期まで、彼女は姫であり続けたのだ。
「うーん……じゃあ、おやつでも食べに行く?」
「えっ!?」
 おやつ、という単語に茶々の瞳がわかりやすく輝く。行くー!という元気のいい返事は一つ。腹筋だけで起き上がった姫様はあっという間に真の首をホールドすると早よう!と満面の笑みで急かした。
 対して真は苦笑いで、咎めることもなく、はいはいと頷くだけだ。背中にぴったりと張り付いた英霊はほんのりと温かく、まるで仔猫でもぶら下がっているのかと思うほどに軽かった。
「金平糖、おはぎ、大福、葛餅、羊羹、汁粉っ!」
 茶々が妙な節を付けて列挙する菓子の名前を耳元で聞きながら、果たして彼女のお眼鏡に適うおやつはこのカルデアに存在するのかと今更ながらに不安になってくる。精々缶入りのクッキーが関の山だとは思うし、そのつもりだったのだが、茶々の期待度的にひょっとしてレイシフトさえも覚悟しなければいけないのだろうか。それはまた面倒なことになる気配しかしない。間違いない。心優しい後輩は付き合ってくれるに違いないが、それにしても大事になる以外の未来が予測不可能だ。
「マスター?」
 戦慄しつつ自室を出、一路覚悟を決めて食堂へと至る道へと足を差し向けた途端、背後から声がかかった。振り返る間もなく、隣に並んだのは銀色の髪に褐色の肌、赤い衣装が何よりもその身に馴染んだ弓兵だ。英霊としては極めて特殊な成り立ちを持つという彼、名をエミヤというサーヴァントは怪訝そうに真と彼がおぶる少女を交互に見比べた。
「出かけるのか?」
「ちょっとおやつを探しに食堂に」
「何?」
「クッキーぐらいならあったと思うんだけど…」
「それなら昨日女性スタッフたちが挙って空にしていったぞ?」
「え!?」
「ええー!?」
 悲痛な高音の叫びは耳元で鳴り響き、真は思わず耳を塞ぎたくなったが、両手は少女を支えることに使っているせいでそれもままならない。くらくらと揺れる頭を立て直そうと足を踏ん張れど、やけに視界は横揺れする。否、それは目眩などではなかった。いつの間にか小さな少女の手が、真の肩をがっちり掴んで勢い任せにぶんぶんと暴れている。
「茶々の菓子!甘味ぃ!」
「わ、わかっ…!わかっ、たから、揺らさないで、茶々!」
 肩がもげる!と真の必死の叫びが届いたのだろうか。ふむと頷いたのは件の少女ではなく、料理の腕には自信がある弓兵の方だ。
「大学芋くらいなら作れるか…」
 独り言のようなそれを素早く拾ったのは真だけでなく、茶々も一緒だった。直下型の地震はぴたりとおさまり、芋、と呟かれた小さな声をもちろん真は聞き逃さない。
「エミヤ、本当?」
「ああ。君が構わないなら作ろうか、マスター」
「うん、助かる。俺大学芋好きだよ」
「茶々も!」
 なら決まりだな、と鷹揚に首肯してエミヤの足は早速食堂へと進み始める。はためく赤い裾を見失わぬよう慌てて追えば、前を行く長身から呆れたような声が苦笑とともに飛んできた。
「余暇もサーヴァントの相手とは。マスターも気が休まらないな」
「そんなこと…」
「そんなことないしっ!むしろ茶々の相手が出来るなんて光栄だし!」
「…だそうです」
「君がいいなら、まあいいが…」
 今度こそ明確な苦笑いを残して、長い足の広いコンパスで彼は歩く。やはりその背中を見つめながらついて行けば、くいっと髪の一房を優しく引っ張られた。マスター、と消え入りそうに小さな声が囁く。なに?と問えば、躊躇うような間が一瞬あって、けれどその寸時ののち、耳に息がかかりそうなほど近くで少女が早口でまくしたてる。
「ほんとに迷惑なら遠慮しないでいいんだからねっ。ほんとに、ほんとにひょっとして、もしかしたらってことなんだけど!」
 日輪に愛されし姫君、茶々。我儘で浪費家で手のかかる彼女、けれどどこか憎めない彼女。
 真はきっと誰よりもその本質を知っている。憎悪の炎に今も焼かれ続ける彼女の虚ろも、こうしてただの幼子のように振る舞う様も。みな、みな、彼女だ。どれが偽りで、どれが真実とかじゃない。みんな、すべてひっくるめて茶々なのだ。だから、真が答える台詞はもう決まっている。だって、真が力を貸して欲しいって、この声に応えて欲しいって、心から願ったのは。
「迷惑なんてこと、ないよ」
 いつだってどんなときだって、彼女が真の愛すべきサーヴァントであることは間違いないのだから。


2017.07.03

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