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The scapegoat can't escape. ~陰鬱な山羊と牙を持たぬ虎のお話~

ud24 本作品は性描写を含みます ud24


 エルダータイガー(Elder Tiger)
 南方密林地帯の食物連鎖の頂点に立つ大型のネコ科肉食獣。黄褐色に特徴的な縞模様の毛並み、体長は雄の成体で2mほど。その最大の特長は長く発達した上顎の犬歯で、獲物の頸動脈を切り裂いて仕留める。稀に犬歯がほとんど発達しない個体もいるが、野生下では成長できず幼獣期に死ぬことが多い。



 人間のものとは似ても似つかない性器が体内に入り込んでくる瞬間はいつも慣れない。
 赤い天鵞絨の天蓋が付いた豪奢なベッドは「彼」の律動に合わせてぎしぎしと軋み、金色のタッセルは嵐にでもあったかのように上下左右に揺れ動いた。いつかマットレスに仕込まれたスプリングがいかれてしまうのではないかとつい心配してしまうが、この男娼館Spiderの従業員曰くそんな柔な作りにはなっていない、とのことだった。
 白いシーツには強靱な爪がジリジリと食い込んでいく。象牙色をしたアイスピッカーのようなそれは丸みを帯びた大きな前足に過不足なく五本ずつ備えられ、たやすく獲物の肉を捉えることができそうだった。なめらかな関節を備えた脚はしとどに降る雨と噎せ返るような緑に覆われた密林を疲れ知らずに駆け、黄褐色と黒の縞模様を描く毛並みに覆われているのは凡そ二メートルにも及ぶ威風堂々たる巨躯。しなやかな筋肉と逞しい骨格に似合わぬ小ぶりな耳はレーダーのように稼働し、黒く濡れた鼻は数キロ先の血の臭いを嗅ぎつけ、よく動く針金のようなヒゲは微細な変化を悟り、湖底に沈んだエメラルドに似た瞳は暗闇でも昼の最中と同様の視界を誇る。薄く開いた口には尖った歯がずらりと並び、けれどかの種にとって最も象徴的な長い犬歯は思いのほか小ぶりな印象を受けた。いや、だからこそ彼はここに招き入れられたと、生まれ故郷たる密林を遠く離れ、腐敗臭のする都市のど真ん中に位置する悪徳の館へ囚われたといっても過言ではないだろう。
 「牙無し」のラゼル。
 種は密林の猛者エルダータイガー。成体の雄でありながら小さな牙しか持たぬ彼は生存のための武器を根こそぎ奪われたに等しく、野生ではほとんど生き残る術はない。そして、その非力な姿形をSpiderは商品として評価した。即ち「つがい」の相手である「人間」を殺さずに交尾をし、好事家たちに披露するセックスショーの見世物の主役として、だ。
 一方、そんな獣に組み敷かれているのは人間は人間でも長命で頑丈で今やこの世界の覇権となりつつある異形の男だった。青年期が極めて長い異形において二十代も半ばと思われる一般的な外見に均整のとれた身体。精悍な顔付きは獣の巨大な逸物を受け入れているせいか歪んでいたが、奥二重の彫りの深い眼窩にはめ込まれた金色の瞳だけが強い光を放っていた。そして何よりも目を惹くのはやはり額の上から伸びる一対の巨大な角だろう。後方に向かって緩やかにカーブした紡錘形のそれはくすんだ乳色をしている。年輪を重ねるように溝を刻んだ立派な角は正しく人ならざる人、異形の証。この世界に最も多いとされる有角異形の中でも大型で雄々しい角が特徴のゴートタイプ。
 源氏名をファーンとする山羊角の男は一層屹立した性器を突き立てられ、嗚咽のような悲鳴を漏らした。
 ファーンの男娼としての経歴はそこそこ長いのだが、相手をするラゼルはまだ若い。加えて人と交尾の真似事をするようになったのも最近の話でまだ加減を知らない。強制的に発情を促す薬を飲まされ、無我夢中で張り詰めた精を逃がそうとする彼の行為は最早暴力でしかなかった。しかし、それを拒否することはSpiderの男娼であるファーンには許されない。男にできるのは精々枕に噛みついてシーツを千切れんばかりに握りしめ、彼が早く射精するように願いつつ腰を高々と上げることだけだ。すでに尻の穴と直腸の感覚はほとんどない。痛みの頂点はとっくに通り過ぎ、鈍い痺れだけがじりじりと疼いていた。
 獣が唸る。ざらりと濡れた感触が背骨をなぞり、首筋へ到達する。来るぞ、と身構えた瞬間、がぶりとその牙が男の肩口に食い込んだ。尋常ではない痛みが走り、獣がより強く前脚でファーンの身体を固定する。一際強い打ち付け。人間とは異なり無数の突起が付いた性器が直腸の奥へと押し込まれる感覚がなぜかこの瞬間だけ鮮明に把握できた。
 どろり、と熱い精液が放たれる。獣は動きを止め、生臭い息をファーンの耳に吹きかけた。どっどっと心臓が早鐘を打ち、しかしそれ以上早まることもない。倦怠感はゆっくりと全身を支配し、やがて深いため息とともに獣がファーンを解放すると、男は崩れ落ちるようにどしゃりと シーツの海に沈んだ。
「ファーン、生きてる?」
「………一応」
 この世界で人間以外の生き物が言葉を操るようになってどれほどの時が経ったのだろう。たとえ共通の言語によって意思疎通ができたからといって、真にお互いに理解することはできない。そんな簡単なことに気が付けないほど、ファーンは愚かではなかった。現に他ならぬ自分が思い切り噛み付いた傷跡をざらざらの舌で舐めるラゼルは何一つ悪びれた様子なく、あーすっきりしたと呟いている。正直、今この場で縊り殺してやろうかと思うほど腹は立つが、そんな元気がエルダータイガーの相手をした直後の山羊にあるはずもない。
「ファーンの尻ってなんであんな気持ちいいんだろうなあ。俺、好きだよ」
「…そりゃどうも」
「ファーンが雌だったらよかったのに」
 そしたら俺の子たくさん生んで貰えたのに、としみじみ言う獣にぞわりと産毛が粟立つのを感じる。やめろと何度言ってもやめないので今更注意もしないが、この彼の「好意」じみた言葉がファーンはたまらなく気持ち悪かった。俺は雌じゃないエルダータイガーでもないと幾つ言葉を重ねても聞き入れられることはなかった。無論、現にこうして「雌」の代役を務めている以上、矛盾していることはわかっている。ラゼルは現実を正しく投影して言葉にしているに過ぎない。けれど、その現実はファーンにとって受け入れがたいものだった。
 確かに男娼になる道を選んだのは自分だ。耐え難い家のしがらみから逃げ、同性しか愛せぬ己を否定され、駆け込むように叩いた館の扉。寡黙でリップサービスもできないファーンの人気は中の下どまりだった。体が頑丈なだけが取り柄。だからといってケダモノの相手をさせられるのは不本意以外の何ものでもない。しかし、やはりファーンはそれを拒絶する権利すらないのだ。脆弱で臆病でただ供されるだけの山羊。その現実はここでもやっぱり変わらない。ただそれだけのこと。
「噛んだとこ痛い?」
 ラゼルは丹念に肩口の傷を舐める。交尾の際に相手に噛み付くのはネコ科の生き物の本能だ。それも小さな牙のせいで最小限に抑えられているというのに彼はいつも申し訳ない素振りを見せる。まるで人間のような気遣いを見せる。それもまたファーンの心を落ち着かなくさせた。仮にも人の身に角持つ山羊とまったくの獣の身でありながら人の心を持つ虎と。果たしてどちらが「まとも」なのか。
「…もう一度するか?」
「え?本当?」
 珍しいなあと言いながらも長い尾が嬉しそうにぶんと振られたのをファーンは見逃さなかった。別に情が湧いたとかそんなわけもなく、ただの気まぐれに彼がこれほど心を動かす様を見てようやくファーンの寂れた心は満たされ、ほんの少し溜飲が下がるというだけだ。
 肩口の出血は止まり、ほとんど塞がりつつある。異形は元々人間の何倍もの治癒力を持っている。ファーンは特にその特性が顕著に現れる体質だった。
「好きだよ、ファーン」
 ケダモノの彼が恋人のように囁く。おぞましい。気持ち悪い。恐ろしい。そんな感情を柵の中に押し込んで、見て見ぬ振りをして、哀れなスケープゴートは無言でベッドの上に這いつくばる。牙を持たぬ虎の供物となるために、今日も明日も、その身がただの肉塊と成り果てる日まで逃げることなど考えもせずに。そう、自ら進んでやって来た生贄の祭壇から逃れようなどと決して道理が通るはずもないのだから。


2017.04.01

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