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GoodLuck Witches!

 下水の饐えた匂いが辺り一帯に漂っている。スモッグによって終ぞ日の光を通すことがなくなった曇天の下、轟音をたてて回り続ける巨大な換気扇にてらてらと虹色に光る液体が浮かんだ水たまり。むき出しになった配管の上を太った鼠が全速力で走り抜けたかと思えば、それを追いかける痩せた猫があとに続く。しかし、一心不乱に獲物を追いかけていた獣は生物にとって最も重要な行為の最中にも関わらず、ふとその前足を止めた。乱れた呼吸によって忙しなく動く浮いた肋骨、飢えによってぎらついた瞳が異変を察知して大きく見開かれる。
 結局、猫は野性の本能を優先した。狩りを中断し、コンクリート壁に空いた穴へと一目散に駆け込んで行く。
 果たして獣の予感は正しかった。
 パリ、パリ、と天空に光る稲妻が如き異音がビルとビルの隙間の薄暗い路地裏に響き渡り始めたのはわずか五秒後のこと。中空に描かれる複雑な紋様は青白く輝き、ノイズの混じった無機質な音声が途絶え途絶えに聞こえてくる。時空を、空間を、世界の枠組みを超えて。飛来するそれを人は「魔女」と呼ぶ。

― 救世プログラム始動。召喚オペレーション開始。
― 起動チェック.....OK.
― プロセスステータス.....OK.
― ユーザー自動認証開始....."TheWorld".....OK.
― 座標軸固定.....OK.
― 環境調査.....OK.
― 魔女転移システム始動。

「だからぁただのネクタイピンじゃないの、お気に入りのやつなの!」

― 認証コード、白の魔女。
― パスコード、純白の悪夢、ナイトメア・サーカス、乳色の夜霧。
― 召喚、メフィストフェレス・ナイトメア。

「いや、どうでもいいだろ…」
「ちゃんと探したの?ベッドの下は?キャビネットの中は?洗濯したズボンのポケットは?」

― 認証コード、緑の魔女。
― パスコード、グリーンフィンガー、箱庭の庭師、春もたらす者。
― 召喚、ペリドット・ルース。

「探したよ!天幕中ひっくり返したとも!」
「ひょっとしたらわたくしたちも見かけているかもしれない。モノの特徴は?」

― 認証コード、黒の魔女。
― パスコード、星の狙撃手、黒き白煙、黒蜥蜴。
― 召喚、リザ・アナガルド。

「ええとねえ…銀細工で蔓草の土台に針子蜘蛛の涙が付いてて…」
「針子蜘蛛の涙!?」
「んな貴重なマジックアイテムをなんでまたネクタイピンなんかに…」

― 認証コード、青の魔女。
― パスコード、青の千貌、ブルースウィーパー、苛烈の霹靂。
― 召喚、セラフィータ・セフィラム。

「だって虹色で綺麗だったんだもの」
「ああ…私が毎朝血眼になって森中を探しても見つからなかった針子蜘蛛の涙が…なんで…」
「お前の欲が深すぎるんだよ、ペリドット」
「無欲の勝利か。感慨深いな」

 気が付けばそこには四人の魔女が立っていた。あらかじめ召喚先の世界にあわせてきたのか、四人とも普段とは異なるくすんだ色合いの衣装を身にまとっている。きょとんとした白髪のメフィストフェレスは白いカッターシャツにインディゴブルーのジーンズ、明るい緑色の瞳を大きく見開いたまま硬直しているペリドットは網目の細かい蜂蜜色のニットにベージュのキュロットスカート。黒髪を緩くまとめ相変わらず愛用の煙管で紫煙を吐き出す黒蜥蜴は黒いトレンチコートにヒールの高い靴、真っ青な髪をポニーテールに結い上げ、呆れた表情のセラフィータは紺色のつなぎの腕をまくり、重たそうな作業用のブーツを履いていた。

― アテンションプリーズ、ウィッチーズ。
― 現在の現地時間は午前五時十七分、天気は曇り、気温は摂氏十九度、湿度七十二パーセント、大気中の窒素濃度やや高、人体へ影響のある毒性物質の検出は認められません。

「針子蜘蛛の涙…アリアドネ・ティアーズ…森林の羽衣とも呼ばれる美しい巣を作り上げる針子蜘蛛が余命を振り絞って作るという糸の玉…その色合いは光の加減によって七色へ変化し、剣を弾き、矢を通さず、されど解けば極上の絹糸のようになるというあの…!」
「蒐集癖もここまで来るとなかなかだな」
「怖い」
「帰ったらまた探す…セフィ、手伝って」
「なんで俺!?」

― すでに高ランクの星喰いによる被害が確認されています。可及的速やかにこれを排除してください。
― 星喰いの現在のサイズ、不明。発生原因、不明。移動経路、不明。現在地、不明。

「私が手伝うわ!あのサーカスの天幕を虱潰しにするのでしょう!?任せて気が狂いそう!」
「…ディート、怖い…」
「ええっ!?」
「本能で察知されてるぞ」
「いい勘だ、メフィスト」

― これにて召喚オペレーションを終了します。
― プロセスクローズ.....OK.
― 終了チェック.....OK.
― グッドラック、ウィッチーズ!「女王の加護を」!

「「「「女王の加護を」」」」

 それきり辺りには静寂が戻った。いつもの小汚い路地裏には換気扇の唸る音と灰色の景色の中でもやけに目立つ四人の女。異なる世界から異なる世界を救うために派遣された魔女たちは茶番は終わりとでも言うように顔を見合わせると無言で頷いた。どこからか「それ」がひたひたとにじり寄って来る気配を全員が察していた。彼らは魔女の匂いを嗅ぎつける手腕にかけては抜群だ。なぜなら、魔女もまた彼らと同じ、世界の成れの果てに過ぎないから。

「それでは我らの贖罪を始めようか」

 その戦いは未来永劫終わらない。彼女らが魔女である限り、魔女が彼女らである限り。


2017.04.07

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