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なんでもない掌編集

■青いサンダル 2016.08.21

※ホラー番組ナレーション風のつもりで書きましたが特に怖くはないです。

 これは私が高校生だったときのお話です。
 当時、私は文芸部に所属していました。活動内容は文化系部活動の最たると言っても過言ではなく、それはのんびりしたものでしたが、唯一文化祭の前だけは展示に向けての準備で連日学校に残っていました。
 その日はちょうど文化祭を翌日に控え、私と三年の先輩、それから同学年の友人は展示室から細々とした道具類を持って部室へと戻る最中でした。五月も半ばの日の入りは遅く、すでに時刻は五時を回っていましたが、強い西日が色濃く差し込んでいたことをよくおぼえています。
 文芸部の展示室は一般教室棟、部室は特別教室棟の四階、図書室に隣接した司書室の一角にありました。一般教室棟と特別教室棟を繋ぐ渡り廊下は一階と中二階にしかなく、四階までは階段を使う必要があります。
 文化祭の準備は佳境を迎え、とっくに授業時間は終わっていましたが、校舎内には多くの生徒が残っていました。けれど展示の多くは一般教室棟に限られおり、賑やかな雰囲気も渡り廊下を歩くほどに遠ざかっていきました。
 渡り廊下は一階から二階へと繋がる階段の踊り場どうしを繋いでいます。私と先輩と友人は三人とも両手に荷物を抱え、何を会話するでもなく特別教室棟への扉をくぐり、目の前に現れた階段を縦一列になってのぼります。なんの変哲もない薄緑色のリノリウムの床に滑り止めの金具、木製の手すり。そんなものがすべて窓から差し込む西日によってオレンジ色に滲み、理科室や家庭科室から漏れ出る独特の匂いが鼻をつきます。
 特別教室棟に残っている生徒はほとんどいないんだろう。しんとした雰囲気に私がそう思った、そのときでした。
 ふと顔を上げると上階から一人の女子生徒が降りてくるのが目に入りました。
 私はすぐに異変に気が付きました。彼女は、まるで空中をすべるように階段を降りてきていたのです。特別速いわけではありません。けれど、その肩も腕もほとんど上下に動かないまま、彼女は手すりに沿うようにゆっくりとこちらへと向かって来ていました。私たちと同じ制服を着ていますから、生徒であることには間違いありません。私はとっさに彼女の足元を見ました。サンダルの色は青。三年生です。私たちの学校は指定の備品がすべて学年で色分けされています。一年は赤、二年は緑。つまり彼女は前を歩く先輩と同学年なのです。
 私は思い切って彼女の顔を見上げました。当然、その顔に見覚えはありません。ただ土気色と言ってもいいくらいの顔色の悪さとどこかぼんやりとした黒いまなこだけが妙に印象に残りました。
 彼女は私たちと何事もなくすれ違い、やはり一切ぶれることなく階下へと消えていきました。ほどなく私たちも四階へと到着し、口を閉ざしきれなかった私は勢い込んで背後の友人を振り向きました。
「今の人、見た?」
「見た。なんか変だったね?」
「全然動いてなかった」
「すべってるみたいだった」
「顔色もすごく悪かったね」
 ほとんど私と同じ感想を述べた友人に頷きながら私は前を歩いていた先輩に向き直りました。当然、先輩も私たちに同調してくれると思っていました。けれど、両手の段ボールを重たそうに抱え直した先輩は怪訝そうな顔をして一言、こう言ったのです。

「さっきからなんの話してるの?」

 誰もいなかったでしょ、と眉をひそめて続ける先輩に私も友人も何も言えなくなってしまいました。
 結局、あの女子生徒は「いつ」の三年生だったんでしょうか。すでに卒業して十数年。謎は解けないままです。

※このお話は筆者の実体験を元にしています。


■失楽園の百合 2016.02.01

※ほのかにGLです※

 がっしゃんとグラスが割り砕かれる音が華々しく響く。七色のシャンデリアに照らし出された純白のテーブルクロスに真紅の葡萄酒が滴り、じわりと血染めのような染みを作り上げていく。
 長テーブルには向かい合った二人の女、もとい悪魔。
 片やブロンドの髪をたわわに靡かせ、瞳は澄んだエメラルドグリーン。言われなければわからぬほど小さな鍾乳石のような一対の角を持ち、剥き出しになった皮膚の所々を白銀の鱗で覆われている。白薔薇の意匠が美しいドレスを一分の隙もなく着こなす姿は決して光射さぬ地の底でも厳かに称えられる。人呼んで、楚々と徒花白の悪神アーリマン。地獄の頭領ルシファーの忠実な下僕たる彼女は柳眉を吊り上げ、目の前に踏ん反り返る女を睨みつけた。
 片や黒く艶やかなブルネットを小気味好く切り揃え、瞳は暗闇でもなお目立つ鮮血の赤。鋭く雄々しい角は動物で例えるなら牛でその背に広がる黒い皮膜の翼は蝙蝠。真紅の薔薇の意匠が華やかに彩るドレスを身に纏う姿は闇夜が支配する地の底でも畏怖を込めて伝えられる。人呼んで、咲かり狂う赤の邪神モレク。アーリマンと同じく地獄の頭領たるルシファーの忠実な下僕たる女は葡萄酒にまみれた指を淫靡な舌遣いで舐めあげるとふくよかに笑ってみせた。
 それにカッと血が上ったのは他ならぬアーリマンだ。高い踵を絨毯にめり込ませた彼女の言葉はまるで弾丸のように放たれる。
「いい加減にしろ、この淫売!!」
「ええ、ええ、上等だわよ。悪魔に淫売とか褒め言葉にしかならないわあ」
「胸糞悪い…!今すぐわたくしの前から去れ!」
「それ、こっちの台詞なんだけど。本当なんなの?アーリィちゃんは何様気取りなのかしら?」
「その名で呼ぶな!吐き気がする…!」
「あっそお?なら今すぐあたしにキスされたその唇削いであげよっかぁ?」
「やれるものならやってみろ!」
「あっはあ!言ったわねえ?女に二言はないわよねえ!?」
 渦巻く感情の迸りが二条の雷電となって中空を這い回る。それは燭台を薙ぎ倒し、絵画を焼き、控えるメイドたちを一目散に退散させ、並べられた豪奢な料理の数々を舞い上げて、晩餐会を阿鼻叫喚の地獄絵図へと変貌させる。
 そんな嵐の様相を少し離れた椅子に腰掛け眺めながら、何事もないように黙々と食事を進めるのはぐるりと捻れた巨大な角を持つ一人の悪魔。背に掲げた六枚羽根こそ唯一無二の王の証。それをゆったりと揺らした彼女は肉の塊をようやく咀嚼すると優雅な仕草で唇を拭い、平静な声でキャットファイトを繰り広げる部下たちに問う。
「お前たち、付き合ってるんじゃないのか?」
「「そうですけど、それが何か!?」」
 それとこれとはまったくもって別問題だ!美しい二重奏は今宵も万魔殿を震わせる勢いで轟いた。


■碧の星、銀の天 2015.11.20

・童話風
・BL、NL要素あり
・薄っすらと性描写
・死亡エンド、カニバ要素あり

 それは「星」と名付けられたある兄妹のお話。

 ある砂漠のオアシスで、ある悪名高い盗賊団が束の間の休息をとっていたときのことでした。
 大耳のスーラが聞きつけたのは赤ん坊の泣き声。むくつけき男たちが隈なく辺りを捜索した結果、湖の畔の茂みから見つかったのは純白の産着に包まれた幼子が二人。栗色のくるくるした髪と深い青色の瞳をした赤ん坊は灼熱の日差しに負けじと泣き叫んでおりました。
 男たちはすぐさまお頭に報告をしました。残忍で知られた盗賊団の頭領はきっと見なかったふりをして置き去りにするか、人買いに売ってしまうことを命じるだろうと誰もが思っておりました。
 ですが予想に反して頭領は威厳ある声で、盗賊団で最も若い痩せっぽちのユルスを呼びつけると赤ん坊の世話をするよう命じました。皆は驚き言葉を失いましたが、頭領の決めたことに異論を唱える者は誰もいませんでした。

 やがて兄妹は盗賊団の一員として美しくも残忍な立派な盗賊へと成長してゆきました。

 しなやかな体躯で巧みにナイフを使いこなす兄の名はエトワル。
 誰よりも鋭い感覚を持ち目にも留まらぬ素早さで立ち回る妹の名はステラ。

 春になれば草木が芽吹く大地の色をした髪と砂漠の夜の色をした瞳は盗賊団にとっては宝そのものでした。美しい月が昇る夜、首尾良く事を成し得た盗賊の宴では焚火の前で二人が踊りと歌を披露し、男たちの愉快な笑い声がどこまでもこだまするのが常のことでした。

 兄妹が十七つ年を数えたある日のことでした。

 盗賊団の頭領が死にました。

 殺したのは一匹の毒蛇でした。
 一匹の毒蛇だ、ということにされてしまいました。

 皆は悲しみに暮れ、やがて怒りの矛先をその蛇へと向けました。
 銀色の鱗を持つ砂漠の大蛇は吊るし上げられ、ナイフで切りつけられ、槍で突かれ、ぼろぼろになりながらも殺してはもらえませんでした。皆が満足するまで苦痛の地獄を味わわなくてはなりませんでした。

 月の美しい夜でした。

 大蛇は己の死を思い、生を思い、此岸と彼岸を思いました。意識は痛みに支配され、朦朧としていて、己の受ける不条理に侵されつつありました。

 だからこそ、それは殊更美しく見えたのでしょう。

 兄は言いました。ぼくたちが助けてあげようか?
 妹は言いました。その代わり、ぼくたちの言うこと聞いてくれる?

 それは悪魔の囁きであって決して天使の慈悲などではありませんでした。

 だって、大蛇に濡れ衣を被せたのは他ならぬ彼らなのですから。

 けれども大蛇には最早首を振るうだけの矜持は残っておりませんでした。
 大蛇は一言も発さず二人の「玩具」として生きる約束と引き替えに解放されました。
 頭領を殺した憎き蛇を傍に置くことを快く思わぬ者は当然いましたが、実質頭領に成り代わって盗賊団を取り仕切る兄妹に表立って不満を言う者は誰もいませんでした。

 兄妹は大蛇にラズワルドと名前を与えました。
 砂漠の民の言葉で「天」という意味でした。

 二人は毎夜代わる代わる大蛇とまぐわいにやってきました。

 兄のエトワルが来る夜は一人と一匹は沈黙を愛し、鱗の擦れる音と水音だけが響きました。
 妹のステラが来る夜は一人と一匹は歌を愛し、少女の甲高い嬌声がいつまでも止みませんでした。
 兄のエトワルと妹のステラが来る夜はそれは賑やかで享楽的な夜でした。
 二人と一匹はいつまでもいつまでも明けることのない快楽に耽り、どこまでも溺れました。

 嗚呼、けれども千夜一夜も永久ではありません。

 終わりは突然訪れました。

 妹のステラが死んだのです。

 敵対する盗賊団の報復でした。兄はすぐさま男たちを指揮し相手のアジトへと乗り込みましたが最早手遅れでした。
 冷たくなった遺体は無言のまま兄の腕の中へと戻り、盗賊団は悲しみの内へと沈みました。

 涙は三日三晩も流されて、皆が疲れ切って眠った頃、兄は突然妹を抱えて立ち上がりました。行こう、と促された言葉に大蛇も従います。

 夜明け前の冷え冷えとした砂漠を歩き、やがて訪れたのは水晶の群生を抱えた洞窟でした。
 ここは兄妹の秘密の場所でした。
 兄は妹の額に、鼻に、頬にキスを贈り、そうして大蛇を間近に呼び寄せるとその鼻先にもキスをしました。

 大蛇にはもうわかっていました。彼が何を望むのか。最初からわかりきっていたことでした。

 ぼくたちを食べて、ラズワルド。

 その声は兄の声であり、妹の声でもありました。大蛇にはその声に逆らう手段など思想など何一つ持ってはいませんでした。

 一糸まとわぬ姿となった兄妹はゆっくりと大蛇の口の中へと飲み込まれ、やがて完全に二人の身体は大蛇の中へと収まりました。

 大蛇は重たくなった腹をかばうように慎重にとぐろを巻き、静かに瞳を閉じました。
 水の気配が身を包み、星々の声は眠りを誘います。

 天に星はありて、星は天へと還る。

 二人は一人であり、一人は二人でした。
 エステルはステラを愛し、ステラはエステルを愛していました。
 二人は同様にラズワルドも愛していると盛んに囁きましたが、それが嘘であることを賢しい大蛇はずっと知っておりました。二人はいつも、いつでも、いついつまでもお互いのことしか見ておりませんでした。それはすぐ近くで二人を見ていた大蛇だからこそ断言することのできる真実でした。

「天は星にありて、星へと天は還る」

 久方ぶりに発した声は震え、シエラザードの美声とは似ても似つかぬものであることを今更のように大蛇は悲しく思いました。閉じた両目からは大きな涙の雫が一粒ずつこぼれ、それは星々のきらめきの如く寸時の間またたいてやがて消えてゆきました。

 これは「星」と名付けられたある兄妹のお話。


■美しき妖精は君を攫う 2015.08.16

 その水晶の中には森があった。
 母はきっと魔法使いの持ち物だから捨ててしまいなさいと言ったが、彼はどうしてもそれを手放すことができなかった。掌大の結晶の中には豊かな緑が鬱蒼と茂り、ときに白く煙る雨が降り、ちりちりと産毛を焼くような雷が鳴り、柔らかな大地を押し上げて麦粒のような茸が次々に生まれた。
 暇さえあれば水晶を覗いた。朝見ても昼見ても夜見ても新しい何かが生まれ、育ち、朽ちていく小さな世界は本当に素敵な宝物のように思えた。
 だからある日、水晶の中から白く美しい手がゆっくりと招いているのを見つけたとき、彼は躊躇うということをしなかった。当たり前のように真珠色の爪がのった指先を強く掴む。目に飛び込んできたのは亜麻色の髪に透き通った湖の色をした瞳、見惚れるほど鮮やかな微笑。ああ、そうか、彼女は。
「君だったんだね、ヴィヴィアン」
 湖の妖精は絶やさぬ笑みを浮かべたまま少年の心臓へ向けてゆっくりと長い爪を伸ばす。


■キウイの神様が言うことには(序) 2015.08.14

 生まれ変わったらキウイになりたい。
 そう言った彼女に父は口を開け、母は怒り、祖母は涙を拭った。果物ではなく鳥の方だ、と弁明しても誰も聞いてやしなかった。家族にとってそれが果物であろうと、鳥であろうとどうでもいいことだったのだろう。それが証拠に母は怒りで充血した目をきりっと引き絞って、アンタ二十五歳にもなってなに言ってるの!と怒鳴った。そう、これは彼女の子供の頃のほろ苦くも優しい思い出というわけではなく、つい先日絶賛無職の一人娘に対して発せられた何かなりたいものでもあるのという家族の問いかけに対する返答である。
 そりゃ、泣きたくもなろう。
 他人事のようにぼんやり考えながら、彼女はヒールの踵に力を込めた。


■金魚やー金魚 2015.08.10

 葦の合間で見えたり隠れたりしているのは浮き上がってきたばかりの土左衛門で金魚売りは夜明け前からかれこれ数刻ほどその水を吸った肉塊を眺めていた。薄曇りの仄暗い空の下で川のほとりにじっとしゃがみこみ、顎に手を添えて水死体を見つめる金魚売りはなにも知らない幼気な少年のようにも見えたし、すべてを知り得た老獪な古狸のようにも見えた。実際はそのどちらもが正解でそのどちらもが不正解だ。なぜなら金魚売りは金魚売りであり、それ以上でも以下でもなく、ゆえに金魚売りは今も昔も決して変わらず金魚売りであり、金魚売りという存在以外の存在を許されたことがなかったからである。だから正確にいうと彼は眺めていたのではなく待っていた。金魚売りとして正当な役目を全うしようとしていた。すなわちそれは魂の抜け落ちた生臭いはらわたを食い破り、人にとっては麻薬、妖にとっては強壮剤ともいうべき朱色の金魚がぬらぬらと光る鱗をくねらせ泳ぎ出てくるのをただひたすらに待つことだった。


■オマージュ? 2015.08.05

「春は刺殺体。ようよう赤く染まりゆくシャツ、時経れば黒く変わりて、床に広がりたる血だまりも乾く」
「………」
「どうだ、これ」
「……なにが?」
「夏休みの宿題。自由作文」
「……だめだと思うよ…」
「夏は腐乱死体」
「やめて!スイカ食べてるでしょう!?」

透真とエルリスのつもり。


■夏に喰らうもの 2015.07.31

「カラスリ!」
 呼ぶ声に振り返ればそこには案の定、金魚売りが立っていた。藍色の着物を端折りにした人懐っこい顔の十三、四の少年は棒手振を危なげなく揺らしてこちらへと近づいてくる。揺れる桶には朱色の金魚がすいすいと泳ぎ回り、涼しげな水音が炎天下に踊った。
「どうしたの?金魚売り」
「どうしたもこうしたも。そろそろ金魚が欲しい頃じゃないかなと思ってね」
 そう言うと彼は早速商売の支度に取り掛かる。帯に指していた小さな網を手に、降ろした桶を真剣に覗き込むとやがてえいやっと水をかく。ぴちぴちと跳ねる鱗は日の光を浴びて虹色に輝き、匂い立つ夏の香りがカラスリの鼻先をくすぐった。
「どうだい?いっとう上等だと思うんだけど」
「…ああ、それを貰うよ」
 知らず喉が鳴るのを隠すように早口で告げると金魚売りは目を細めて、お代はいつもので?と囁いた。頷くカラスリに委細承知と言わんばかりに彼は網の中の金魚を素早く己の口の中に放り込んだ。白昼堂々、白々とした光が彼の髪を煤けさせ、鼻梁に蠱惑的な影を作り、薄く開いた唇の奥で何かが蠢く。
 触れたと思ったのは一瞬で、なにかが喉元を滑り落ちて行く感覚も一瞬だった。
 水の匂い、仄かな香、衣擦れ、汗。そんなものがないまぜになった余韻を残しつつ、金魚売りはあっという間に商人の顔に戻る。その笑みは心なしか金魚に似ているような気がした。
 出そうとした声は声にならない。腹の奥底で跳ねるいきものの荒い息遣いが乗り移ったかのようにカラスリはぱくぱくと口を動かすばかりで、それを横目で見遣った金魚売りは常と変わらぬ顔でまいど、と囁いただけだった。

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