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「WOE」掌編集

■それは美しき烈火のごとく 2015.09.21

 ちりちりと首の裏が焼けるようにざわついている。頬を撫でる風は弱く、けれど迸る魔法の気配は指を爪を骨を痺れさせるほど鮮烈だった。
 それは怒りだ。一片の悲しみさえ一端の憐憫さえ含まぬ圧倒的な怒り。従者であるアレクセイはこれほどまでに怒り狂う主人を未だかつて見たことがなかった。またその感情が己によって引き起こされていることを信じられないものでも見るような心持ちで眺めていた。
 倒れ伏した身体は重く、口の中からは血と土の味がする。全身から鈍痛を訴える肉体は気を失った方が楽だと盛んに囁きかけてきたが、それに耳を貸すつもりは毛頭なかった。蝙蝠のごとき赤き瞳を見開いて目の前で起こっている事を見届ける。それが、それだけがアレクセイに残された従者としての最後の矜恃であるように思えたからだ。
 炎が舞う。その色は目の冴えるような青色をしていた。抑えきれない、抑えるつもりもない熱波が蛇のようにうねって空を舐める。夜天に散らばっていた星々のことごとくが猛る炎の波によって消えてゆく。それは彼女の鮮やかな青色の髪を輝かせ、通った鼻梁に深い陰影を落とした。長い睫毛は微動だにすることなく目の前の「敵」を見つめている。魔女の唇は開かれ、言葉は鋭利な刃物のように放たれる。
「覚悟はいいか、真紅」
 未だかつて聞いたことのない青の魔女の声は確固たる宣戦布告であり、それに応えるように「彼女」もまた嗤う。赤き炎を身にまとい、青き炎と対峙するかつて魔女だった彼女はふわりとスカートの裾を翻しかつてと変わらぬ「姉」の姿で優雅に軽やかに会釈した。
「よろしくってよ、青」

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
お題「貴方のそんな声は知らない」


■血まみれ少女の彷徨 2015.08.18

 すべてが赤に染まっていた。少女の掌、少女の爪、少女の腕、少女の肩、少女の胸、少女の腰、少女の太股、少女の膝、少女の踝。豊かな赤毛はあたかも鉄臭い香水をまとったかのように濡れそぼり、ぎらぎらと底光りするピジョンブラッドのルビーの瞳は冷徹に目の前に広がる惨状を睥睨していた。誰が殺したかなんて理解するより早く一見で知れた。閃く白銀の刃。月明かりの下、どこまでも限りなく迸る殺意の中、少女は平然と立っていた。闇の気配はすぐそこにあり、向けられる牙は怒りと空腹に満ちていた。
 振り返る、踵に力込め、踊るようにターン。返り血を浴びたスカートの裾がふわりと翻り、純白のパニエがスローモーションのように広がった。逆手に構えた白刃がそこにある肉塊をただ薙ぐ。迸る絶叫、耳をつんざく叫声を遮るように再度振り下ろす。ぎちっと鳴る肉を裂く音、切っ先が相手の固い何かに突き当たり滑る。それは骨か、核か、魂か。こちらを睨めつけた視線は果たして誰のものだったのだろう。敵か、味方か、父か、母か、それとも己か。
 少女は、嗤う。嘲笑する。
「炎よ、万物を照らし、渇かし、焼き尽くすものよ」
 詠唱は短く簡潔に、けれど万感の狂気を背負って、理をねじ曲げる。
「我が命だ、従順に従え」
 放たれた真紅の炎はナイフを伝って闇の権化を一瞬で包み込んだ。肉を焼く不快な臭いが辺りを支配する。ぐすぐすと溶ける臓物と崩れ落ちる目玉を尻目に相変わらず透明な表情で少女は頬に張り付いた返り血をぬぐった。彼女は知っている。少女は知っている。それがかつての自分たちと同じく「人」と呼ばれたものであることを。

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