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「羅生三世」掌編集

■月夜に歌えば 2015.08.26

 ゆらゆらと揺らめく世界でひとりぼっちだった。母は死に、父は死に、同じ色をした卵から生まれた兄弟たちは死んだ。寿命だった。みんな、みんな、己の生を全うして死んでいった。
 では、「私」は?
 月明かりを浴びて思う。この「私」は一体誰なのだろう。青灰色の翼、身軽な体躯、華奢な脚、小さな爪。矮小なる鳥獣の一種。生まれ、育ち、子をなし、育て、死ぬ。それだけの、瞬きの合間に過ぎ去ってしまうほどの生を成し遂げるためだけに生まれたのに何をどこでどう間違ってしまったのだろう。羽毛に覆われた身体を見下ろし、なめらかな翼に引き締まった肉、小枝のような骨に何重にも覆われた魂魄を思う。それは一体何の形をしているというのだろう。
「これは珍奇な」
 聞こえた声は男にしては柔らかく、女にしては硬質だった。見渡せばいつの間にそこにいたのか、白い光の下で一人の美丈夫が立っている。艶やかな白銀の長い髪、真紅に燃える焔に似た瞳。心なしか獣の気配をさせた彼はゆったりと目を細めると一羽の小鳥に向かってこう言った。
「我と来るかえ?幼き妖よ」


■花果山に起こりて花果山に帰す 2015.08.07

 蓮の花咲く朝ぼらけに夜露が一滴、桃の葉から滴り落ちるを額で受ける。思わぬ一打に目を覚ましたるは月光を浴び続けて顕現したる岩石精、かつてはその悪行から猿王とも呼び習わせた清天大聖真君その人。彼は寝ぼけ眼を手の甲で擦り、大欠伸を天に放つ。付近に転がった酒瓶から月見酒のうちに寝入ってしまったことを悟る。神仙たるもの酒精に呑まれてしまうとは、なんともはや情けない。立ち上がり土埃を払いて大きく四肢を伸ばす。身軽で引き締まった武人の体躯に人懐こい若者の顔がのる。無機物を本性とするとは思えぬ情緒は彼の長きに渡る人の身の生を感じさせた。
「おはようございます、袁王様」
「おう」
 すとっとやおら目の前に降り立ち流暢な人の言葉を発したのは一匹の白い猿であった。
「見回り完了致しました」
「今日もご苦労さん」
 猿は仰々しく礼をすると獣の素早さで速やかに姿を消した。気が付けば周囲一体ざわめきのような気配に満ちていた。清天大聖真君が花果山にて九百九十九の白猿と共に不老不死の妙薬、仙桃の管理を任されてから早数百年。移ろう時の流れは緩慢で漂う空気は退屈そのもの。だが、それこそが猿王に科せられた罰の延長線上でもあるのだから仕方がない。猿は龍に破れ、桃園に留まる。ゆえに三世は平和の世を保つ。逆らうことのできない流れに抵抗することさえ飽いた彼は再び大欠伸をすると池の畔を歩き出した。平和な朝の風景に小鳥たちが愛くるしく鳴き交わしながら飛び交い、涼やかな風が頬をなでる。世はすべて事も無し、まったくもって結構なことだった。

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