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刀剣乱舞 蛇は炬燵で丸くなる

 執務室の片隅に据え置かれた長火鉢で炭が赤々と燃えている。温められた空気は立ち昇りて天井へと衝突し、やがて降りてくるにつれて床の間も畳もじわじわと熱を帯びる。現代の家電製品ではなし得ない穏やかな暖房はどちらかというと東条夜霧(とうじょう よぎり)の好むものではあったのだが、問題はそれとともに部屋中に漂う香ばしい匂いの方だった。
「…御手杵、餅を焼くなら余所でやれ」
 呆れた審神者の声にも生返事をする刀剣の銘は御手杵。天下三名槍の一振りに数えられ、この本丸では主に妹の近侍役を仰せつかっている彼は大きな図体を縮めるようにして熱心に火鉢に向き合っていた。敷き詰められた灰の上に突き立てられた五徳では鉄瓶が静かに湯気を吐き、縁と縁を渡すように置かれた網の上では四角く切った餅が焼かれている。鉄箸を使い、餅を焦がさぬように苦心する彼に夜霧の声は届かない。諦めた彼女は手にした筆を一旦置くと利き手を湯呑みへ、もう片方を炬燵の中へと突っ込んだ。
 出来うる限りの暖房を稼働させているとはいえ、松の内も過ぎ、いよいよ一年で最も厳しい季節を迎えようとしている本丸御殿の寒さは堪えるものがある。それでもまだ夜霧は夏の暑さに比べて寒さには耐性があるからいいものの、ときに妹ときたら。
 ため息は白い呼気となって宙を舞う。外からは寒さを物ともしない渡り鳥の甲高い鳴き声と短刀たちが雪合戦に興じる声が交互に聞こえてきていた。子供は風の子。犬は喜び庭駆け回る。
「出来た!」
 焼けたぞぉと呑気な声にもぞもぞと炬燵の中で何かが蠢く。おっと思ったのも束の間、のそりと顔を覗かせたのは何を隠そう妹の東条狭霧(さぎり)だった。何よりも冬の寒さを嫌い、憎み、疎む彼女は目許だけを炬燵布団から覗かせると、皿を手にこちらへと近寄ってくるジャージ姿の槍を半眼でねめつける。ただの八つ当たりだ。
「狭霧、食うか?磯辺焼き」
「しょっぱいならいい」
「ならこっちにするか?焼き大福」
「焼き大福!?」
 瞬間、わかりやすく目を輝かせた妹に得意げに槍が語ることには最近短刀たちの間で流行っている食べ方らしい。その名の通り大福を火鉢の網であぶっただけなのだが、弾力のある大福のかわが炭火で温められてとろけるような食感へと変わるのだとか。とうとうと語る御手杵をよそに、 食欲に目がくらんだ妹はずるずると炬燵から這い出す。まるで冬眠から目覚める蛇みたいだと思いながらも傍観していると、それに気付いた御手杵が大福を釣り餌に妹をおびき寄せ始めた。ひょい、ひょい、と的確に大福を狙う攻撃を流石の俊敏さでかわし、やがて彼女の全身が炬燵から出てきたところでその口に勢いよく大福を押し込んだ。かと思えば広がった両腕の下に自らのそれを差し入れ高々と彼女を持ち上げてしまう。
「捕獲ー!」
「ひゃにふぉひゅるぅ」
「お見事」
 両脇を抱えられながらも大福を口から離さない妹の執念や如何に。しかして意地悪が目的ではない御手杵もすぐに彼女を下ろすと、ちゃんと炬燵に座らせてやった。自身にとって至福の空間である炬燵内部から引きずり出された妹は不機嫌そうに机に頬をのせて、もっしゃもっしゃと大福を食む。もう一度中に戻ろうとしても、すでに長身の男が脚を突っ込んでしまった炬燵に彼女の居場所はなかったのだ。
「お前、ちゃんと仕事しろよなあ。最近姉ちゃんばっかりなの、知ってるんだからな」
「夏の間は私がやってたからいいんだよ」
「夏は夏で遊んでただろうが」
「御手杵、お湯入れてくれ」
 ん、と差し出された急須に鉄瓶から湯を注ぐ彼は彼でむっしゃむっしゃと磯辺焼きを食らう。鏡割りをしたばかりで本丸内に餅が溢れかえっているのは知っているが、それにしてもよく食べる男だ。夜霧が感心しながら見ていると、その顔色の雲行きが突然怪しくなる。それを見て狭霧が万事心得たように呆れた顔をした。ゆっくり噛んで食えと言いながらその背をさする様を見る限り、どうやら餅を喉に詰まらせたらしい。
「っ、死ぬか、と…っ」
「この恐るべき餅には毎年何人も殺されてるからな…」
「そうなのか!?」
「茶、飲むか?」
 大きな湯呑みになみなみと茶を注いで差し出せば、礼を言う男の眦は少し涙に濡れていた。気管に物が詰まる辛さは耐え難いが、一度やれば次からは慎重になるだろう。大きな犬でも見守る気持ちで夜霧が目を細めると、騒ぎの沈静化を狙いすましたかのようなタイミングで戸の向こうから控えめな声がかかった。
「夜霧様、狭霧様。明日の出陣のことでお話が」
 それは間違えようもなく、夜霧の近侍役と呼び習わしていい、もう一本の槍、蜻蛉切だった。どうぞと言う声にきちんと返事をしたあと、障子戸が開かれる。姉妹しかおらぬと思っていた執務室に同胞の姿があったのが意外だったのだろう。煮詰めた月のように琥珀色をした瞳がわずかに見開かれた。
「御手杵殿、どうしてこちらに」
「餅食ってた」
「餅…」
「蜻蛉切も炬燵入んなよ」
「茶ならあるぞ」
「いえ、自分は…」
 恐縮する蜻蛉切を妹は半ば無理矢理炬燵へと引き入れ、御手杵は長火鉢の引き出しから彼の湯呑みを取り出す。結果として速やかに炬燵のすべての辺には審神者と槍がおさまることになり、言わずもがな内部は相当の混雑を見せていたが、御手杵も狭霧も一向に気にした風はない。
 仕事するかなあと狭霧が呟くのを御手杵が焚き付け、いつもの掛け合いに発展していくのを横でやはりただ眺めていた姉に近侍から非常に気を遣ってひそめた声が届く。
「申し訳ありません…お勤めの邪魔に」
「あの程度、邪魔にならない。それに主に喧しいのはうちの妹だ」
「…であれば、よろしいのですが」
 うんと頷いた夜霧は大きな図体を小さくした蜻蛉切の様子にふと思う。
 実直で誠実でお堅い、徳川伝来の槍。元の主は群雄割拠の戦国の世において全戦全勝の逸話を持つ本多忠勝。その志を一身に背負ったかのような付喪神はなんというか夜霧に言わせてみれば気負ったように見えるのだが、しかしだからといって曲がりなりにも戦における前線であるこの場所で気を抜けというのも可笑しな話ではある。そもそも仮にも大将である自分が配下に対してもっと緩い感じでという要望を出すってどうなのだ?それはこの槍の本意に沿うことなのか?
 ぐるぐると迷走する思考が思わず顔に出ていたのだろう。ぱちと目を開いたときには精悍な男の顔がやや曇った状態でこちらを覗いていた。お加減でもと言われ、首を振るう。気が付けば握りしめた湯呑みは空になり、妹と御手杵のじゃれ合いはまだまだ続いていた。まあ何事にも得手不得手があろうな、という独り言は姉の口の中だけで留まって消えた。
「なんでもないよ。…さて、明日の出陣の話だったか。狭霧、御手杵も聞きなさい。仕事だ」
 夜霧の呼びかけに不服そうながらもはーいと一人と一振りの声が返る。三人分の視線を集めたせいか一層表情を引き締めた槍が語る声に耳を傾けながら、とある本丸のとある審神者の姉の方は急須の茶を自らの湯呑みへとゆっくり注いだ。


2017.01.07

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