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刀剣乱舞 実るは秋のみならずや

 天高く空晴れ渡り、風は中秋の稲穂がさざめく音を絶え間なく連れてくる好日。
 時の政府の命を受け、刀剣の付喪神を降ろし彼らとともに戦う審神者なる任に就く神山火焔は今日も今日とて広間で皆と一緒の朝餉を摂り、本日の行軍と内番の編成を発し、遠征へと赴く部隊を見送り、ようやく執務室の座布団へと腰を下ろしたところだった。午前の柔らかい日差しは庭に面して開け放した障子戸から燦々と降り注ぎ、少々色褪せた畳の色をまだらに照らし出す。縁側に梢を差し出す木々は未だ葉を茂らせてはいるけれど、葉脈の道筋もくっきりと赤や黄色に色付いている。その色合いはあと一度二度冷たい雨が降ればすっかり散ってしまいそうだ。
 この国で巡る自然の輪廻に逆らえる者など誰もいない。やがて来る冬の厳しい寒さと音もなく降り積もる白い雪の永遠に終わらぬかのように思える沈黙の季節を思い、火焔はため息をついた。元より冬は苦手であるが、何より気温が下がるにつれて蟲たちの動きが鈍るのがいけない。今は主に彼らを使った仕事をしているわけではないけれど、磨いたつもりの刃が実はなまくらで、いざというときに切れぬなどということは神山の者として決してあってはいけないことだ。よくよく用心して過ごさなくては、と暗澹たる冬への憂鬱もそこそこに彼女は硯に立てかけた筆を手に取った。
 日々の戦果、資材の消費、敵や戦地の情報と政府への報告内容は多岐に渡る。そのいずれもが未だ前時代的な紙と筆によって行われていることはある意味驚きであるが、政府の言い分によると「データは信用ならない」ということだそうだから仕方がない。それにこの時間と時空の狭間にある本丸が万が一、何らかの要因で永遠に時の流れの中を彷徨うことになっても紙であればまた回収も容易い。敵の襲撃を受け長い間行方知れずとなった本丸が昨今発見された折も、掠れた筆文字で記された書面が見つかり、政府にとって大いに有利な情報をもたらしたと聞く。何にせよ一介の戦士に過ぎない火焔に政府へあれこれ進言する権限はない。あれこれと考えるのは止め、愚直に刀剣の修復にかかった玉鋼の数を所定の欄に記載しようとしたときだ。
 かりっと何かが畳の上を擦れたような音が鼓膜をくすぐった。
 思わず顔を上げれば、縁側に程近い畳の縁から数十センチも離れていないところにきらりと光る紡錘形のものが落ちている。確かにさっきまではこんなものはなかったはずだ。不審に思いつつ文机から離れ、四つん這いで近付けば、それは紛うことなくつやつやと黄金色に輝く一粒の立派などんぐりだった。手に取ってしげしげと眺め回しても、どうしてこんなところに落ちているのか皆目見当も付かない。庭にどんぐりの木はないし、鳥が落としたにしても部屋の中にまで入って来ることはないだろう。障子戸の向こうへ首を突き出して左右を見渡しても誰もいない。不思議なこともあるものだと首を捻りつつ、なんとなくそれを手の内に納めたまま机へと戻った。
 ほんの思い付きで文鎮の向こう側へ人差し指の先ほどのどんぐりをそっと並べる。豊かな秋の可愛らしい結実は束の間火焔の頬を緩めてくれた。
 そうして再び筆を取り、味気ない作業に戻ってからどれほどの時間が経った頃だろう。
 再び微かな物音を察した火焔が顔を上げるとそこにはまたしても何者かの置き土産。今度はまん丸のどんぐりが鳥の巣のような帽子をかぶった状態でころんと畳の上に転がっていた。やはり近寄って行って掌の上で転がせば、秋の陽気を吸い取ったそれはほんのりと温かい。ふむとそれを先程と同様机の上へと並べ、右手に筆を取る。
 しかし、今度は寸時の間も置かなかった。二度あることは三度ある。顔を上げた火焔の目に次に飛び込んできたのは立派な笠を広げた松ぼっくりだ。
 どうやら妙な遊びが流行っているらしい。
 確か今日はここ最近夜の京へと出陣が続いていた短刀たちを一斉に非番にしているはずだ。朝餉も早々に我先にと本丸の周囲を取り囲む森の中に入っていったのはそういうことか。ならば、主として付き合ってやらない訳にもいくまい。
 松ぼっくりを拾い上げ、机の端に並べ、先程と同じように何食わぬ顔で筆を取る。さわさわとした気配は無数の幼い付喪神たちに間違いなく、火焔は声を出さずに笑ってみせた。
 やがて一刻も経たないうちに文机の上にはずらりと秋の実りが並ぶこととなった。
 どんぐり、松ぼっくり、あざみの花の部分、絡み合って離れなくなった二つのオナモミ、熟して割れる前のアケビ、無数のむかご、そして丸々と太った大きな栗。前例に漏れずつやつやと正に栗色に艶めく実を拾い上げた火焔はしばらく思案したあと、おもむろに膝を揃えてその場に座った。あーとわざとらしく大きな声を出せば、微かな声でざわめいていた気配が一瞬にして全神経を研ぎ澄ませるように静まり返る。そんな素直な反応が可笑しくて微笑ましくて仕方がないが、火焔はそれをおくびにも出さぬよう努めて平静な声を出した。
「これがたくさんあれば、今夜は栗ご飯かなあ」
 その言葉に息をひそめきれなくなった幼子たちのざわざわとしたざわめきが数秒聞こえ、やがて速やかに意見はまとまったのか、気配は軽やかな笑い声とともにあっという間に遠ざかった。これほど立派な実がなるのだ。森の中に余程の大木があるのは間違いなく、いがに包まれた美味しい実はまだ然程動物たちに奪われることなく残っているに違いない。
 厨係の人狐に献立の変更を伝えなくてはと機嫌よく掌の栗の実をもてあそんでいた火焔は、わざと己の耳に届くよう廊下の板張りを鳴らす音におやと一つ瞬きをする。全員立ち去ったかと思えばどうやらそうでもないらしい。
「たーいしょ」
 聞き慣れた声とともに目が冴えるような赤毛がひょっこりと顔を覗かせる。湖水の碧色と朝ぼらけの朱鷺色、反する二色が同居した大きな瞳に白皙の肌、人懐っこそうな表情は秋の空のようにくるくるとよく変わる。首元に象徴である紋を染め抜いた襟巻きを巻いた少年は粟田口揃いの衣装を着ていることからもわかるように吉光が打ちし藤四郎の一振り、信濃藤四郎。両手を後ろ手に回したまま、にこにこと近づいて来る秘蔵っ子の短刀に火焔は首を傾げてみせた。
「お前は行かなかったのか、信濃」
「うん。…ってあれ。やっぱり俺たちだってバレてた?」
「バレバレだとも」
「あはは、やっぱり大将はすごいや」
 今剣や厚は絶対バレてないって言ってたのになと告げられた名前に確信を得る。おそらく皆が各々森の中で見つけてきた何かをこっそり主の元へと届ける遊びだったのだろう。誰が思いついたのかまではわからないが、随分楽しそうであったことが何よりだった。幼い見目をもって顕現する短刀たちはその外見に相応しく無邪気な性質の者が多い。連日連夜繰り広げられる熾烈な戦いを刀の本望と理解こそすれ、徐々に疲弊もするだろう。だからこそ今日のような日は必ずや必要で、きっと今日のような日がいつかの支えになるはずだ。
 もっと将として彼らの主として些細なことにも気を配っていかねばと火焔が人知れず決意を新たにしていると、いつの間にかすぐ傍まで寄ってきていた信濃の影に入り込んでいた。火焔が座り、彼は立っているせいでいつもの高低差が逆転している。逆光となった彼の表情は間近であるのによく伺うことのできない。すっと閉じられた唇は笑っているようにも、無理矢理引き結んでいるようにも見えた。大将あのね、と幼さに彩られた声が転がり落ちる。繊細なガラス玉が呆気なく砕けてしまう幻が瞬間垣間見え、思わず火焔が手を伸ばしかけたとき、すっと彼の指先が髪へと触れた。何と問うよりも早く、照れくさそうに笑う小さな付喪神の表情が目に入って口を噤む。こちらを見た鮮やかな秋色の瞳がするりと細くなって、まるで慈しむかのように揺れて、やはりそれでも幼子の姿で彼は言う。
「大将、赤、似合うね」
「え?」
「俺の色だ」
 それだけ言って襟巻きの中に口元を隠すと、信濃はぱっと踵を返した。俺も栗拾い行ってくるね!という声はどんどん尾を引いて遠ざかっていき、足音が完全に消えるまでものの数秒もかからなかっただろう。やがて元の穏やかな静寂が戻り、一羽二羽と庭先の珊瑚樹の赤い実を啄みに来た鳥たちのにぎやかな鳴き声に取って代わる。
 しばらく身動ぎ一つせずに鳥の声を聞いていた火焔は思い出したように己の髪へと手を当てた。指先に触れたものを壊さぬようにそっと手に取る。それは真っ赤に色付いた大きな楓の一枚葉で、確かに目も眩むような彼の髪と同じ色をしていた。


2016.11.20

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