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タルトを食いやがったのはドチラ様?

 店の入り口は酷く解りづらい。それはネオン輝くいやらしい繁華街の片隅にあり、店頭には何の看板もありはしない。ただ、地下一階へと導く階段が薄暗く口を開けており、それを知り得る人々だけが顔を、身を隠すように、闇に滑り込む。十数段もない階段を降りれば、目の前には不似合いなほどピカピカに磨かれた金色のノブ。重厚な金属製の扉は、豪奢な羽根を広げた鳳凰を模っているが、その嘴や脚の先がまるで《銃弾が減り込んだように欠けている》ことに、気付く者は極少数だろう。指紋を付けるのを躊躇うことなく手を伸ばし、ノブを回せば、静寂と共に視界には光が溢れる。
 同時に鼻をつく柔い香り。それが純度の高い香木によるものだと、特に成金趣味の商人などはすぐに気が付くだろう。天井にはかつての東洋の守護神、龍を模った螺鈿が彩り、吊り下がったシャンデリアは仄暗く、赤い、妖しい光を落とす。高級な青磁の花瓶に生けられた花の色も毒々しく、迎える屈強な黒スーツの男たちはサングラスに隠された表情を、ぴくりとも動かさず、仰々しく客人―この場合のシガロ・ゼムンを迎えた。彼らは紫苑色の食い破られたようなネコ科の耳を持ち、また黒いマントを肩から被った挙句に裸足、というシガロを見ても、眉根一つ動かさない。知っているのだ。潰れた眼の変わりに六つの眼を持つ猫が、どのような武器で、どのように人を殺し、またどのような組織に属しているのかを。
 知っている。
 だからこそ、仰々しい態度のまま黒スーツの男が一人、促すように先立って歩き出す。シガロは深い絨毯に素足を、ふんわりと沈ませながら、その後に続いた。相変わらず悪趣味なほど豪奢を気取った天井と壁が連なる廊下が続き、赤い光源に照らされた幾つかの扉を通り過ぎた頃に、漸く目の前を行く男は止まった。重厚な扉。だが、入り口のそれと違い、今度は樫造りであるようだった。男は二度ほどノックをし、返事を待たずして扉のノブを回した。ちかり、と溢れる光。廊下よりも白い光に溢れた部屋は二十畳は下らないだろうか。無駄なほど広い部屋には高価そうだが意図が解らぬ絵画、やはり青磁の花瓶には真っ赤な牡丹が束になって生けられている。見上げればダイヤモンドのシャンデリア。その真下の大きな円形のテーブルは飴色に輝き、血の色に似た酒が注がれたグラスが三つ、キラキラと輝いていた。細かい意匠が施された椅子は四脚。その内、三つにはすでに先客がおり、改めて久々に会う《同僚》をシガロは見渡した。
 一番奥で美味そうに煙管をふかしているのは妙齢の美女。深い緑に煌く髪を背に流し、耳から首筋は鱗で覆われている。瞳孔が引き絞られた瞳はやはり朱色の刃を宿し、厚い唇が煙管を放した瞬間にちろりと二股に分かれた舌が覗く。大輪の牡丹と蛇の刺繍が施されたアオザイを大量の色香を垂れ流すままに着こなし、嫣然と微笑む彼女の名は、辰紗。またの名を《強欲の二枚舌》。ギルド東館に鎮座し、近辺に広がるブラック・マーケットの全ての利権を持つ金の亡者。彼女が信じるのは金だけであり、また信じるべきも金だけである。金儲けの為なら義理も通すが、それ以外となれば、二枚舌の二つ名通り、信用足るべき箇所は一つもない。彼女はふかりと煙を吐き出しながら、ゆっくりと長い脚を組んでみせた。
 そして、その隣。穏やかに微笑む女は一見場違いとも思えるほどの衣装に身を包んでいる。黒い長い髪を水引で一つに纏め、瞳もやはり優しい光を宿した黒。額に一対、尖った角があるとは言え、始終微笑みの印象を絶やさぬ彼女は、何故か、神道という古い宗教に仕える、巫女―そう巫女の衣装を着ていた。白い上衣に濃色の袴。凛とした清純な雰囲気を毒花の横で放つ彼女の名は、山茶花。またの名を《金鬼》。ギルド西館を取り仕切り、ギルドという営利組織に所属しながらも、人情を通す人柄から、多くの人々に慕われている女傑。しかし、ギルドの一つの頂点に立つほどの女性である。「優しい」という評価は決して彼女に似合わない。非道な部分も、持ち合わせており、いざとなればその手血に濡らすことも拒まぬ。彼女はにこやかに笑んだまま、シガロに席を勧めた。
 その隣。最も出入り口に近い席に彼は座っていた。眼を引く白髪、頭からは長い兎の耳。ぴくぴくと良く動くそれと同じく、ペリドットのような明るい緑の瞳がシガロを見る。着込んだのは絶妙に似合わない三つ揃いのスーツ両手には常に外さぬ黒い手袋。何処か神経質そうに先程から指を組み替えている彼の名は、クロック・タイム。またの名を《時計兎》。ギルド北館を受け持つ、メンバーの中でも最も若輩、最も新入りだ。新入りとはいえ、決して甘くはないのだが、何しろ詰めが甘く、ふよふよと揺れる兎耳の外見も相まって何となく他の面子からは、「白兎ちゃん」とか「坊や」呼ばわりされている。彼が胡乱に視線を動かして、無言のまま席に着いたシガロを見る。
 全員が着席したタイミングを見計らったかのように、もう一度ノックの音が響き、華やかな衣装に身を包んだ給仕の女性が、銀色の盆に乗った食事を運んできた。野菜の餡かけに蒸し鶏の大蒜ソース、とろりとした卵のスープが出てきたかと思えば、一羽まるまる焼き上げた鴨が登場し、牛肉とナッツの炒め物に、蟹入り炒飯、スズキの姿揚げ、海老焼売や水餃子。金魚の形をした点心もあり、スペアリブはつやつやと光って今にも皿から零れ落ちそうだ。《ヤツハカ》は海から、遠く離れているが、しかし、ほとんどの食材が工場生産の今、魚介類も然して珍しいものではない。だが、この店の、この地下にひっそりと隠れるようにしてあるレストランの売りは満漢全席にも勝るとも劣らないこの豪勢な食事が、《全て本物である》ところに拠る。そう、本物なのだ。どれも、これも。全て、何処とも知れぬ場所で生まれ、殺される動物の、血肉と脂を使って、作られている。それがどんなに稀少で、貴重なことか。解れば、その値段も予想するに難しくない。
 給仕の女性たちは現れた時と同様、一言も発することなく部屋を後にし、とりあえず、と言わんばかりに、煙管を置いた辰紗がグラスへと手を伸ばす。金色ラメ入りのエナメルが輝く爪先と鱗に覆われた右手が奇妙な美しさで融合し、華奢な硝子を抓むと、高々と掲げた。
「それじゃあ…今宵も四人分の胴体と首が繋がっている幸運に」
 乾杯。
 ルビーが液体化したようなワインが輝き、四人は音もなく杯を揺らした。一口啜れば、芳醇な酒の匂いが鼻腔から胃まで侵し、瞬時に酔いが回ったかのような錯覚に陥る。年代物の良い酒だ。シガロは酒の品質に然程拘るタチではないが、それでも舌の上に乗せた瞬間に良い酒だと解った。恐らく辰紗の目利きなのだろう。彼女は金に妄執する人種らしく、その他のあらゆる贅を尽くすことに余念がない。成金趣味というわけではないのだが、身に纏う衣装にも、煙管にも、そして静かに輝く黄金のピアスまで、嫌味でない程度の装飾品に惜しみなく金が使われているのが解る。無論、シガロは専門家ではないので確かなことは言えないし、他人の装飾の値段になど興味がないのでどうでも良いが。 象牙の箸を取り、揚げたスズキの綺麗に並んだ白身を崩しながら、口を開く。
「本日の案件、解っておろうな」
「そりゃ、勿論…」
「ボルドー・カッツィアの罷免及びにWRO;17再構築について、ですわね?」
 クロックがワインをちびちび舐めながら頷き、山茶花がスープを小鉢によそりながらにこりと笑顔を作った。その横で野菜の餡かけから何故か鮫の鰭だけを突いていた辰紗が、ルージュの唇を妖艶に歪ませる。
「聞けばかの一件、アンタの可愛い甥っ子が関わってるそうじゃないか…なア、六つ眼の?」
 彼女の言葉に露骨に眉を顰めるような真似はせず、シガロは僅かに緩めた息を吐いた。関係ないと態度で示すように、首を振り、白身魚の柔らかい身を口に運ぶ。ピリと辛い餡のかかった魚は文句なしに美味かった。
「あれにボルドー・カッツィアをどうこうしようなどという打算はなかった。何時も通り、派手に暴れたのみ。また万が一、我輩の因縁か若しくは何者かの策略で、あの女を潰そうと思うのならば、」
「時間の問題…でしたわね。直接、誰かが手を下さずとも。幾ら一団を任せられたエリートとは言え、あれはやり過ぎでしたわ」
「本部も黙ってはいないでしょうし…だから、公安も出てきた」
 漸く覚悟したように海老焼売に手を伸ばしながら、クロックが独り言のように呟く。そう、先日の事件―一般の人間は、恐らく知る由もないだろうが、ほんの少し裏側に足先を突っ込んだ人間ならば、事情はすでに知れ渡っていた。第十七分団団長、ボルドー・カッツィアの罷免。罪状は勿論、本部の意向に背いた研究所開発が露見したからだ。その上、一般人に軍内部最高機密施設への侵入を許し、貴重な実験体を逃がすという失態と呼ぶも甘すぎるような失態。恐らく彼女は、本部の裁判所へと引っ立てられ、「裁判」と呼ぶもおこがましいような喜劇に参加させられた挙句に、地下の牢獄へと懲役何百年を科せられて、閉じ込められる運命だろう。毎日繰り返されるのは、更正という名の拷問。安らかになる為には死ぬしかない。そんな絶望が満ち溢れた場所に、恐らく彼女はいるのだろう。
 同情するべくもない。シガロは世界中でその絶望を知る数少ない人物だろうが、だからと言って同情する気は少しもなかった。ただ、愚かだと思う。揺ぎ無い地位を得ながらも、何の為にそれを奈落の底へと落とすような真似を行ったのか。知る由もない、知りたいとも思わない。ボルドー・カッツィアとは幾度か対面したことがあったが、それもギルドの運営上、つまらぬ付き合いのようなものだった。ギルドはあくまで軍部の下部組織だ。強大な獅子の脇に平伏すハイエナ。だが、ハイエナにはハイエナなりにルールというものがあり、生き方というものがあり、そしてボルドー・カッツィアは、ハイエナのルールを実に重んじる獅子だった。
 否、と言うよりは《ハイエナのルールなどどうでも良かったのだ》。彼女にはもっと《大事な》ことがあった。もっと、やらなければいけないことが、存在していた。彼女が何を成し得ようとしていたのか、今となっては最早解らない。だが、ボルドー・カッツィアの第十七分団団長への就任は自動的に、ギルドの権力増強へと繋がった。元々、《ヤツハカ》のギルドは分館を最小限の四つに納め、また四人の絶対的なマスターが力で君臨するという方法により、他の街とは比べ物にならないほどの自治力を手に入れてきたのだが、此処数年でその力には更に拍車がかかった。
 《ヤツハカ》のギルドに所属する人々は無論、異形が最も多い。四人のマスターも見て解るとおり、異形だ。対して軍部は、そのほとんどが人間。稀有な才能を認められて異形でありながら、登用される者もいるが極稀な存在となっている。そこで、問題だ。もし―もし、次に第十七分団の団長となる人物を軍の本部が推すとしたら、それは果たして、ボルドー・カッツィアのような、街の統治にはほとんど興味なく、またギルドの権力を野放しにするような人物だろうか?
「………本部の出方はまだ解らぬが」
「少なくとも第二の姑娘を送ってくれる可能性は低いだろうねエ」
「ボルドーさんはわたくしたちに優しい、良い団長殿でしたのに…惜しいですわ」
 今頃、爪を一枚一枚剥がされたりしているのかしら、と金魚点心を箸で半分にして口に運びながら、さらっと物騒なことを山茶花が呟く。その隣で嫌そうな顔をしているクロックのことは気にも留めていないのだろう。否、元々、此処には他人を気にするような異形はいない。皆、同じ組織の同じ立場に属しているからこその相席なのであって。ある日突然、違う者が代わりに椅子に座っていようとも、誰も気にしない。そういう、関係だった。それは、存外悪くない空気だと、シガロ・ゼムンは箸を伸ばして、スペアリブを自分の小皿に引き寄せながら、何となく、思う。
「兎も角、今は眼を光らせているしかないのだろうな」
「公安の出方も気になりますしね」
「あのイケ好かない帽子屋は南ブロックだったねエ、六つ眼の?」
 辰紗が蛇の舌をちらつかせて、笑う。余分な、しかも金にならない仕事が己に当たらず、してやったりと思っているのだろう。シガロは否定することも、拒否することも出来ずに、ただ嫌そうに眉を潜めて、僅かに舌打ちした。八つ当たりのようにスペアリブを箸で剥がす。蜂蜜で照りのついた肉は噛み締めると確かに美味かったが、しかし、やはり肉よりも魚の方が美味いと思った。すると、何かを察したのか、山茶花がスズキの乗った大皿をシガロの目の前へと、ごとりと引き寄せ、大きな瞳を柔和に綻ばせると、どうぞ、と微笑む。それに会釈だけを返して、猫は早々に肉を放棄した。
「………あんたたち…、解っててさっきからそういう会話してるんですか?」
 白身を箸で突いていると、呆れたような声が耳に届いた。見れば、全身にそれと解らぬように緊張を漲らせたクロックが、半眼で他の面子を見ている。しかし、緊張していると解った時点で、それは隠している意味がない訳で。辰紗がわざとらしく巨大なため息をつきながら、巨大な胸と共に肩を落とす。朱色の瞳は面倒そうに明後日の方向を見ていた。
「これだから白兎ちゃんには困ったもんだよ、ねエ、山茶花?」
「まあ、辰紗、わたくしに振るなんて酷いじゃありませんの」
 わたくし、そんな可哀想なこと言えませんわ、と十分可哀想なことを言いながら、山茶花がころころと笑う。恐らくその会話で全てを察したのだろう。クロックが些かむっとしながら、ひくひくと耳を揺らした。解っているか、いないのか。どちらかで言えば、無論、解っているのだ。此処にいる全員が。解っていて、敢えて談笑している。《必要がないから》。気構える必要など一つもなく、食事をやめる必要も一つもなく、そもそもこんなに解り易く殺気をばら撒く相手を、何を恐れる必要があろう。それに、クロックが《最も出入り口付近の椅子に座る理由》を知らぬほど、初対面の面子ではない。だから、何もしない。敢えて言うならば、ひょっとしたらこれから駄目になるかもしれないスズキを、シガロは黙々と口に運ぶ。
「相手に伏兵がいたらどうするんですか」
「潰してしまえば何人来ようと同じですわよ」
「白兎ちゃんは本当に心配性だね…早死にするからおよしな」
「余計なお世話です。あと、その《白兎ちゃん》ていうの止めて貰えませんかね、いい加減」
「何でだい、可愛いだろ?」
「可愛いから嫌なんです」
「けったいなこったねエ。可愛いのに」
「だから、可愛いから…」
 そこで、漫才みたいな会話は急にぶつりと途切れた。割り込んできたのは勢い良く扉を開く音。幾つもの足跡。金属音。シガロは骨だけになったスズキの尻尾を咥えたまま。
「軍部の狗共が!!今日こそは首を貰う―、」
 ピ―――と見えない糸に切り裂かれるように、闖入者四名の首が宙を舞う様を見た。
 何が起こったのか、叫んでいる途中だった闖入者たちは解らなかっただろう。ただ、見開いた眼だけが、シガロを、辰紗を、山茶花を、クロックを見て、そのまま、ごとりと床に落ちた。遅れてぶっしゅうううと勢い良く鮮血が迸り、倒れた胴体が重たい音をたてる。よく見れば、彼らが侵入してきた扉には鮮血を受けてキラキラと、正しく《見えない糸》が、無数に張り巡らされている。クロックが姿勢一つ変えず、くい、とその両手を引けば、途端にまるでマジックのように、何本もの糸が彼の両手に吸い込まれていく。それが、彼が扱う《凶器》―最早、魔機の領域にまで高められた、強固な糸。白兎クロック・タイムが若年にしてギルドの長にまで上り詰めたのは、正にこの技術と、悪魔の如き用意周到さと執念深さにあるのだ。
 四人分の死体を前に、ゆらりと辰紗と、そして、山茶花が立ち上がる。彼女たちは、豊かに、静かに、笑っていた。ばたばたと荒い足音が聞こえる。闖入者は四名だけではない。その事実が、彼女たちを高揚させている。そして、期待通り、《獲物》は現れる。典型的な模造品の銃で武装したゲリラか、チンピラか。彼らは同志の異変を、目の前にするまで気付かなかったのか、横たわる血溜りを見て、一瞬うろたえた。その隙が、爪を研いだ肉食獣にとって、如何に十分すぎる時間か。彼らは知らぬのか。ならば、一生知らぬままで終わっただろう。
 辰紗の懐から飛び出した朱色の機械妖精が光を放つ。山茶花の髪から這い出た白い機械妖精が淡く煌く。そして、一瞬の後に、彼女らの手に握られていたのは、猛獣も怯えるが如き、禍々しい凶器。辰紗が右手に構えたのは、緩く反り返った肉厚の刃が特徴的な所謂、青竜刀―その名を《シュラオウ》。山茶花がずくんと重たい音を響かせて握り締めたのは、幾つも突起が付いた巨大な鉄の棒―その名を《オモイカネ》。
 彼女らは己の相棒と共に地を蹴った。噎せ返る真紅の匂いの中、闖入者が対応する暇もなく、その胴を薙ぎ払い、その頭を超重量で殴り潰す。ぐしゃ、ずしゃ、と生の肉を切り刻み、擂り潰す音が何度か聞こえ、その度に一人、二人と、断末魔の悲鳴と共に闖入者が血の海へと沈んでいく。一人、二人、三人、四人、五人、六人、七人、八人、十人。
 シガロはスズキの頭も背骨も丸ごと口に放り込むと、マントを翻して席を立つ。血の惨劇にではなく、シガロの丸飲みに、嫌そうな顔をしたクロックを一瞥して、かしゃん、と両手を鳴らす。かしゃん、と。それは死の宣告。最後に飛び込んできた男の。絶叫を、断末魔に変える為の。踏み込んで、一瞬。紫苑色が煌いて、鋼の熊手がずくりと肉を突き破り、内臓を抉る。ごふりと血が逆流するような音。眼を剥いた男の吐いた血を避けるように、手を引き抜いた。死体は結局十一、折り重なった。
 元通り心地良い静寂に満ちた部屋の中、辰紗と山茶花も凶器を妖精に戻すと、当たり前のように席へと戻った。料理はまだ半分ほど残っており、シガロはスズキ一匹丸呑みにしたところで、大分満足していたが、一応熊手の血を払うと、己の席へと再び着席する。辰紗は何もなかったかのように、美味そうに煙管の煙を食い、山茶花は給仕を呼ぶベルを、ちりりりんと楽しそうに鳴らしていた。クロックは些か気分が悪そうだったが、やがて諦めたようにワインを少し口へ運んだ。
 シガロは僅かに尾を振るうと、とりあえずまだ何も手を付けていない鴨の丸焼きを掴む。手掴みであろうとなんだろうと、最早構わないだろう。肉を噛み締めれば、溢れ出す肉汁。血と欲に塗れた宴は、今宵、まだ続きそうだった。


07/01/15

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