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夜話にウォッカマティーニを ~ EMPTY!

 ぶわっと紫煙が刷ける世界の向こうからエンジン音がやってくる。
 戦闘の余韻に興奮している二匹の大蛇は早々に下がらせ、一人夜明け前の空を眺めていたアリスゼルは、射抜くような真紅の瞳をゆったりと音のする方にやった。遠めに見えるのは街中でよく見かける、一般的な幌が付いた荷台付きのトラック。白い車体のそれには緑色のペイントで何処かコミカルな亀のマークが描いてある。尚一層紫煙を広がしながら、アリスゼルは眼を細める。運転席で颯爽とハンドルを操っているのは何時もの《娘》のようだ。白いサーチライトが死体三つと巨大なトラックを煌々と照らしつつ、軽快なブレーキ音をたてて止まった。
 がちゃ、と運転席側のドアが開いて、よいしょっという掛け声と共に一人の少女が降りてくる。栗色の何の変哲もない髪。形の良い頭の両端から突き出た三角形の耳は、彼女が異形では極めて《普通》のパーツ持ちであることを示す。背が低く、くりくりっと眼が大きいので、まるで一見の印象は小動物だ。同じ動物の部品を持つ異形でありながらも、優雅、典雅を地で行くネーヴェとは一線を画す。まだ幼い雰囲気を存分に残す彼女は似合わぬ紺色のツーピースを着込み、手にしたファイルを片手ににっこりと背景に向日葵でも背負いかねない営業スマイルを披露した後にぺこりと頭を下げる。胸元にはトラックと同じく亀のマークの入った名札を付けていた。「営業部第五地区担当 ボタン」。彼女の名前だ。
「毎度ご利用有難うございまーす!!安心、迅速、秘密厳守がモットーのタートル清掃会社でーす!」
 アニメキャラクターのような声でこの場の惨状には場違いなほど明るい声で告げた少女に、アリスゼルはふっと紫煙を吐く。鮮やかな視線だけを動かして、三つの死体をあれとあれとあれ、と素っ気無く指し示し、彼女も元気の良い返事を返しながら、ファイルに何事か書き込んでゆく。そして、最後に巨大なトラックを見ながらしばし考え込んだ後、ついでにこれも、と付け加えた。
「かしこまりましたぁ!処理は通常レベルの隠蔽で宜しいですか?何かご希望は?」
「いや、ない。何時も通り頼む」
「はい!承知致しました!」
 少女は笑顔で言うと眼にも留まらぬ速さでぱちんっ、と指を鳴らす。すると、まるでその合図を待ち構えていたかのように、亀マークのトラックの荷台からは漆黒の衣装に身を包んだまるで忍者のような、黒子のような、兎に角真っ黒い連中が、ぞろぞろと五、六人這い出してきた。かと思うと、目にも留まらぬ速さで彼らは《清掃活動》を行っていく。死体を担ぎ上げて袋に放り込むのも、飛び散った肉片を拾うのも、地面に染み付いた血液を削り取るのも、まるで舞台設置を片付けるが如く。まだ夜の闇がある内にと言わんばかりに、素早い。三人分の人間の身体など、あっという間にトラックの荷台に放り込まれ、最後にトラックに乗り込んだ黒子が鍵を確かめ、エンジンをかける。
ぐるるる、と唸りのようなエンジン音がしたかと思うと、黒子は見えぬ瞳で営業部第五地区担当者に合図して、颯爽と何処かへとトラックごと去っていった。後には亀マークのトラックが一台と少女が一人。ファイルの上で一生懸命ボールペンを動かしていた彼女は、よし、と営業スマイルに達成感を付け足して顔をあげた。
「通常死体取引×3、血液処理レベル1、利用可能メカニック(大)×1、それから、その他時間経費込み込みから会員割引で…こんなんなりまーす」
 少女がファイルを引っくり返してみせてくれる。そこに並んだゼロの数を一、十、百、と数えながら、アリスゼルは頷いた。まあ、妥当だ。今回は派手に血飛沫を飛ばすこともなかったから、中々に安価だし、メカニックの代金もまだ新品同様だから安い。それに別に料金はアリスゼルが払う訳ではないし。指し示された場所に乱暴にサインをしながら、背後の店を指し示す。
「督促状はこの店に付けといてくれ」
「承知致しました!ご利用有難う御座います!今後ともタートル清掃会社をどうぞ御贔屓に!」
 少女はぱたんと元気良くファイルを閉じると、誰もいない空に向かって「てぇっっしゅうぅぅぅ」と雄叫びをあげた。とっくにお前以外撤収してるぞ、という突っ込みは何時もながら無意味なので、アリスゼルはしない。ただ、栗色の髪を軽やかに揺らして一礼すると、少女はトラックの運転席に元来た通りに乗り込んで、エンジンをかける。鈍い機械の音とハンドルを切る手の動き。恐らく彼女自身、あんなコミカルな外見でありながら、相当の遣い手だと推測出来るのだが、何故わざわざ一清掃会社の営業部第五地区担当者に甘んじているのか。それは謎だが、まあ、アリスゼルには関係のない謎だった。彼女自身は兎も角、タートル清掃会社は依頼さえ受ければ、死体、メカニック、大金から生物まで、何でも秘密裏に処理する、言わば《ヤツハカ》の文字通り掃除屋で、アリスゼルのように仕事が絡んでも絡まなくても死体を量産するような職業に就いている者は正に常連客だった。
 火の魔機をフル稼働させながら、白んでいく空の方にトラックは走り去っていく。頭の上で横揺れしていたドルチェヴィータが、ちかちかと僅かに発光した。咥えた紫煙はもう根元まで灰になりかけていて、アリスゼルはそれを足元に落とすと踏み消した。紫煙が薄らいだ視界の向こうには、インディゴブルーを晒して、夜が明けようとしていた。また、日が昇る。今日という二十四時間。数千も数万年も前から変わらぬ繰り返し。変わったのは大地と、人々だけだ。
 アリスゼルは再びポケットに煙草のパッケージを取り出すと、一本紫煙の素を取り出した。髑髏のマーク付きのネズミのイラストに《モルモット》という銘が何とも不敵だったが、気にせずジッポーで火を点ける。ぼっと葉が燃え上がり、視界は再度紫煙に覆われた。それでも夜は明けていく。ゆっくりと、静かに。やがて商店街も気の早い活気に満ちるだろう。アリスゼルは真紅の髪を揺らめかせると、欠伸を一つ。今頃、長い夜のツケがきたようだ。眠い。眦に滲む涙を擦りながら、今日の寝床を勝手に最寄の友人宅に決めると、アリスゼルはじゃりと地面を踏んで踵を返した。紫煙が昇る。太陽が―昇り始めている。夜が明けるのだ、また、今日も。





「タートル清掃会社では正規事務員、実務員共に募集中! 貴方の経理、清掃、暗殺の経験を生かしてみませんか? 履歴書に経験の有無を明記の上、最寄の営業所まで!
TEL : 0025-36-9859-07*** (フリーダイヤル)」
………………アリスゼルは無言で張り紙の前を通り過ぎた………………………。


06/09/15

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