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UNLOCKED HEART RED 10

 結局。あの後、混乱した現場から紛れるように逃げ出して、どうにか軍部の証人喚問に召集される、などという自体は免れ。その足でほとんど真夜中、迷惑も省みず叩いた《病院》の《医師》は、大層呆れた顔で傷だらけの一人と一匹を迎えてくれた。ギムレットの傷は大したことなく、銃弾が掠めた裂傷を消毒するに留まったが、しかし、問題はアリスゼルの方だった。困った時のお医者様、普段は獣商を営む麗人ネーヴェは、珍しくその表情に変化を来たすと、開口一番、不可能、と呟いた。何故、歩いていられるのか、と。その上、無言でその長い指先をアリスゼルの脇腹の傷口に突っ込んだのだから堪らない。思わず、辺りも時間も考えず、ぎゃー!と悲鳴をあげたアリスゼルに、彼はふむ、と頷き、神経は死んでいない、と言った。
 ネーヴェは、確かに良い医者だと、アリスゼルは思っているのだが、それにしても、患者に対する思いやり、というものが、圧倒的に欠如している、と痛感した瞬間だった。あまりの痛みにしくしく泣くアリスゼルを綺麗に無視して、消毒と縫合の準備を始めるネーヴェに、ギムレットは始終おろおろして歩き回るばかりだった。どうも本能的に、青い翼の麗人が只ならぬ人物だと察したらしく、彼は最初から最後までネーヴェには何となく頭が上がっていなかった。
 それでも、何とか麻酔、縫合、消毒までが無事終了し、二日後に来院するよう言い渡されてたのが四日前。一応、言いつけ通り抗生物質を飲み、包帯を替えていたアリスゼルであるが、抜糸を終え、もう少々の痒みしかない傷口に、包帯もなにもないだろう。ベッドの上でべたんと座りながら、くるくると消毒薬臭い包帯を外していく。褐色の肌が徐々に晒され、金属片が思い切り食い込んだ上に切り裂いた(らしい)脇腹は、目立たなくはあるが、それでも傷跡を残してしまっていた。しかし、今更傷が一つ増えたぐらいでは全く気にしないアリスゼルは、ただ治りかけの傷口が痒いことが気になる。つい爪を立てて、バリバリと掻き毟ってしまおうとする指先を。ぱくん、と後ろから伸びえてきた獣の口が優しく、咥える。
「寝てたんじゃねぇのかよ、ギィ…」
「今、起きた」
 蒸し暑い午後。扇風機と窓全開で昼寝に勤しんでいたのは一人と一匹。なんだか療養と称してだらだらと過ごす内に、アリスゼルはギムレットの腹を枕にして寝るのが習慣になってしまった。勿論、夜寝る時は彼と寄り添う合うように、寝ているのだが―いや、そんな生活実態を暴露している場合ではなく。氷の魔機を四足に備えているせいか、暑い中、毛皮に包まれていても問題ないらしい彼は、アリスゼルが張り付いても何も言わず、アリスゼルも彼に張り付いても、別に暑くない、どころかちょっとひんやりして心地良いので、自然と密着率は上がってしまっている。アリスゼルは常々世に言う「バカップル」とやらの気持ちが解らなかったのだが。成る程、こういうことだったらしい。
「もう包帯を外してしまったのか?」
「ああ。治ってんだから、問題ないだろ」
「……痕が残ったな…」
「別に今更だ。気にしねぇよ」
 そう言うアリスゼルに、けれども彼は切なそうに蒼い瞳を細めると、ぐいとその顔を伸ばし。アリスゼルの脇腹に、口先を近づけると。べろり、と長い舌を伸ばして、舐めた。思わず、ぞくうと背筋を伸ばしたアリスゼルを知ってか知らずか、彼は褐色の肌をぺろぺろと舐め続ける。それは犬にとって見れば、舐める行為というのは、親愛の表現だとか、傷を治す意味だとか、そういう色んな意味があるのだろうけれど。人にしてみれば。その行為は、ただ、くすぐったい。
「こ、こら、ギィ、やめ、やめろ…っ、く、くすぐってぇ…!」
 くく、と腹を捩らせながらアリスゼルが逃げ出すと、ギムレットは漸く舐めるのをやめた。ぱさりと尾を揺らして。まだ笑いの余韻を残して顔を引き攣らせているアリスゼルとは対照的に、彼は浮かない、感じだ。耳は垂れがちであるし。蒼い瞳も憂いを含んでいる。また、何か難しいことを考え込んでいるのか。元は野生動物の癖に悩み多き人生を送る犬の頭をアリスゼルはくしゃくしゃと撫でる。彼は、促されるように、口を開いた。
「私は…貴方を守ると言った割りに…この有様だ。私が、弱いばかりに」
 言っている内に落ち込んでくるのか、徐々に小さくなっていく声は、けれどもアリスゼルの性能の良い耳にしっかりと届く。そして、そのあまりと言えばあまりの内容に、呆れた吐息を止めることは出来ない。よりにもよって何を言い出すかと思えば、この犬は。守るとか、有様とか、弱いとか、嗚呼、全く、本当に。どうしてこう考え方が谷底真っ逆さまなのか、と、己が断崖絶壁へと一直線に飛び込む性格だとは自覚していないアリスゼルは、耳の先を下げながらも、声をあげる。
「あの、なあ!俺は守るとかそういう柄じゃねぇよ!お前だって解ってんだろ、俺は強い、お前はそうでもない。それで良いんだ。お前が弱かろうが、俺が強かろうが…んなの関係ねぇ」
 がしがし、と先程より強い勢いで彼の頭を撫で回しながら言えば、彼は蒼い瞳を一つぱちくりと瞬いて。そうして、ゆっくりと瞳を細めてみせた。その、愛しい、と言わんばかりの色を浮かべて、ギムレットはアリスゼル、と呼ぶ。甘ったるい、バリトン。何処までも、アリスゼルを甘やかしてやまない、その声、その色、その、全てで。
「そんな貴方だから、私は貴方を、守りたい」
 愛されている、という事実に―。
「………………………………そりゃ、どうも…」
 幾ら何でもまだ慣れず、長い耳の先まで真っ赤に染めるアリスゼルに、彼はぱたぱたと機嫌が良さそうに尻尾を振るう。そして、また名前を呼ばれて。アリスゼル、と何度呼ばれても、もう何百回も呼ばれている自分の名前だというのに、緩く全身抱きしめられるような愛しさを募らせて、アリスゼルは彼に視線を合わせる。すると、蒼い瞳が、すぐ間近で。嗚呼、また、甘い甘い色を含んでアリスゼルを呼ぶ。その綺麗な色に、もう何度囚われたことか。
 触れ合うだけのキスを。
 獣の口先と人の唇と。少し不器用で、けれども確かに愛情のこもったキスを。啄ばむように何度も繰り返す。ちゅ、ちゅ、ちゅ、と馬鹿みたいに、飽きることなく、それでも続けるキスを、やがてどちらかが可笑しくなって、笑い出すまで。そうして、そうやって、生きていこう。何時の間にか、こうして寄り添い合っていた心を、もう、離したりしないように。ずっと、ずっと、守ったり、守られたりしながら、他愛もない会話を交わし、豪華でもない食事を作り、一緒に眠り、目覚めて、歩いて、そうして、生きてゆけたのならば。

 きっとそれは、他でもない《幸せ》と呼べる、生き方だろうから。

 一体、何度目のキスを繰り返した頃だろうか。どちらともなく、ぐううと盛大な腹の音が部屋に響き渡る。見遣れば、そろそろ日は傾いて、夕暮れ時。一階の中華屋からも良い匂いが漂い始める、正に頃合、というやつだった。蒼い瞳と赤い瞳と、思わずじっくりと見合わせた一人と一匹は、その時になって、漸く可笑しくなって、笑い出す。
「とりあえず、飯だ。ギィ、何が食いたい?」
「そうだな…久々にパンケーキが良いな」
「んあーそうだなー…じゃあマッシュポテトとチキンソテーもつけてパンケーキにするか」
「ああ」
 毎日が、ふわりと抱きしめたくなるぐらいに愛しくて。温かくて。
 そんな、毎日を。
 今日から、始める、貴方と一緒に。ずっと、一緒に。



Do you find your "HEART RED"?
It's beautiful , vivid , strong , tender and loveable.

UNLOCKED HEART RED is the END.


06/11/19

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