ibaraboshi***

home > 小説 > > ナイトメア・サーカス

ナイトメア・サーカス

「レディース!アーンド!ジェントルメン!」
 愉快な音楽はトランペットに打楽器を伴ってどこからともなく鳴り響き始め、七色のバルーンは空へ高く舞い上がり、紙吹雪は視界を埋め尽くすほどに降りしきる。けれども街の窓は固く閉ざされ、一つも開くことはない。華々しいサーカス団の開演に拍手を送る観客はどこにもいない。
 誰にも見ることの許されない演目はなれば誰のために催されるというのか。知っているのはたったの五人。四人の魔女と一人の女王。
 だから今日もそのサーカス団の団長ーもとい白の魔女ことメフィストフェレス・ナイトメアは艶めくベルベットのリボンを巻いたシルクハットを器用に片手でくるくると回し、銀の兎の頭が付いたダークブラウンのステッキを掲げ、貝釦が眩い白いシャツに染み一つない白いグローブ、細身の白いネクタイに銀糸で縁取りされた白いハーフパンツを履いて、空中で優雅に腰を折る。不在の観客へ向けて。否、今から正にステージに上がらんとする「招かれざる客」へと向けて。
「本日はナイトメア・サーカス団のステージにお集まりいただきましてありがとうございます!満員御礼大感謝!団員一同、身の引き締まる思いでございます!」
 口上を述べる彼女の目の前で暗い闇が音もなく広がっていく。それは晴天の下に突如現れた本物の夜の闇であり、何もかもを飲み込んできた生臭い世界の澱であり、ぎらついた牙を隠そうともしない獣でもある。あたかも生き物であるかのように、否、捕食を目的とするという意味では正しく生き物であるそれは徐々にその本性を曝け出す。爪、牙、鉄錆の吐息、威嚇の唸り。醜悪な世界の敵は真白の魔女の前に立ちはだかる。まるで本能的に彼女らを敵と認識しているように。そしてそれは絶望的に正しいのだ。世界の敵は魔女の敵。「四音の魔女」の末席に名を連ねるメフィストフェレスにとってもそれは全くもって例外ではない。
 切り揃えられた白銀の髪が揺れる。紺碧の夜空に浮かぶ一番星に似た銀瞳が光る。掲げたステッキには何の意味もない。魔女は言葉によって理を解し、言葉を介して理を意のままにする。彼女のそれは言ってみればパフォーマンスだ。
「闇夜よ、蠢きさざめく夜たちよ」
 詠唱は開始され、促されたように空間が淀む。敵はこの好機を逃すはずもないが、その牙が魔女に届くよりも早く二筋の閃光が闇に向かって怯むことなく飛びかかる。それは獅子。雪よりも白い毛並みをまとった弾丸が咆哮をあげ、空中を自在にし、命じられるままに牙を剥く姿は曲芸に応じているように見えなくもない。
「白の星を五つ掲げよ、捧げる心臓は暗き赤の血を流し、その光の贄とならん」
 魔女の言に従って天に五つの星が瞬き始める。ひゅんひゅんと高速で明滅する光はその速さ故なのか、それとも魔女が捧げた心臓のためなのか、鮮やかな赤をまとって更に輝きを増す。
「奔流」
 光は溢れ、白き太陽を際立たせる。
「博愛」
 怨敵は吠え、獅子もまた吠える。
「審判」
 魔女の瞳は底光りし、その赤い夜は見開かれる。
「磔刑」
 処女の生き血を啜ったがごとき。
「浄化」
 塔のてっぺんには少女が立つ。まるで、そのときを待っているかのように。だから、魔女は口を開く。幕引きはいつだって彼女にしかできない仕事だ。
「落ちよ!天命を携えし雷よ!」
 瞬間の静寂、続く轟音。
 魔女の言葉どおり光は上から下へと愚直に走り、闇の塊のような敵を貫いた。焼かれた身体ははらはらと剥がれ、壊れた声は空中にばらまかれて、やがて霧散する。
 白の魔女はふうと息を吐き、己の元に戻ってくる二頭の獅子を迎えた。まるで糸を手繰るように。その獣に意思はない。魔女が奪ってしまったから。魔女は人形しか操れない。操れぬものしか傍に置かない。それがルールだから。
「皆々様、お楽しみいただけましたでしょうか?これにてナイトメア・サーカス団の演目は最後」
 髪が風にあおられて舞い上がり、表情は伺えない。シルクハットが危なげなくその手の中に納まり、彼女は開幕時と同様に優雅に礼をする。
「これぞ魔法、正に魔法!わたくし自らによる消失の不思議、とくとご覧あれ」
 そう言ったが最後、白い軌跡をわずかに残して本当に彼女は消えてしまった。そこには魔女の姿は跡形もなく、そこには魔法の形跡などどこにもない。
 そして、時を同じくして止まっていた時計の針が再び動き出したかのように街がざわめきを取り戻す。小鳥が飛び立ち、屋台は煙を吐き出し、アパートメントの窓は開かれ、洗濯物は風を受けてはためく。
 見渡せど、見上げれど、悪夢のようなサーカスもサーカスのような悪夢も、もうどこにもいなかった。


2015.03.15

新しい記事
古い記事

return to page top