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青き星と天の物語 6

第六夜

 嘆きの歌は三日三晩昼夜を問わず続き、悲しみ疲れて皆が寝入った頃、そっと物言わぬ少女の元へと近寄ったのは一人の少年と一匹の大蛇。
 砂漠で咲く白い花に囲まれて目を閉じている少女はまるで眠っているかのようだった。むせ返るような花の香りは死者の魂を黄泉路へと導くと言われている。彼女もまた白く煙るように花の咲き乱れる道を下る最中なのだろうか。大蛇にはわからなかった。
 兄は妹の髪を愛おしげに撫でると素早く白い布で彼女を包み込んだ。この先何があろうとも自ら駆けることのない脚を抱え、この先何が起ころうとも自ら広げられることのない腕を取り、重たい肉の塊となった彼女を背負うと行こうと短く告げた。
 アジトを抜け出せば風のない夜の砂漠が永遠のように広がっていた。
 濃紺の空には小粒のダイヤモンドをばら撒いたかのような満天の星が広がり、ちかちかと各々が好きなように瞬いていた。昼間とは打って変わって冷ややかな空気が身を包む。妹を連れた兄の足は二人分の重みを受けて一歩踏み出す度にざくりと砂の中へと沈んだ。その後ろを音もなく大蛇は着いて行く。まるで黄泉への旅路だと大蛇は思った。
 彼が何を考えているのか大蛇には手に取るようにわかっていた。大蛇にとっていつしか彼らは特別に成り果てて、また彼らにとってもそれは同様だったのだ。
 やがて一人と一匹は砂礫に覆い尽くされそうになっている小さな洞窟へと辿り着いた。
 小さな入り口をくぐり、小さな道を通り、小さな最深部のうろへと足を踏み入れると、外とは異なる湿った空気が鱗を撫でた。
 兄は背から妹を慎重に下ろし、どうにか平かな地面へと寝かせるとその白い衣装を剥ぎ取った。あっという間に一糸纏わぬ生まれたままの姿となった彼女の髪、額、鼻、頬、唇、鎖骨、乳房、二の腕、手の甲、へそ、淡い茂み、太腿、膝、脛、足の甲、足の指と順々に丁寧にゆっくりと口付けを落とすと、再度名残惜しそうに彼女の唇にキスをした。その青い瞳に憂いはなかった。迷いはなかった。いつだってそうだった。賢しい兄は兄妹にとって正しい道を誤ることはしない。純粋な正しさで彼らは彼ら自身を導いてきた。そう、それはまるで夜空に一等光るあの星のように。
 兄はすっと立ち上がると纏っていた盗賊の衣装を脱ぎ捨て、妹と同じく一糸纏わぬ姿となった。そうしてすっかり身軽になってしまうと妹の死体を抱き上げ、大蛇を見上げてこう言った。
「ぼくたちを食べて、ラズワルド」
 それは兄の声であり、また妹の声でもあった。懇願でも哀願でもない、ただの命令。大蛇に選択の余地はなく、また兄妹にもそれはなかった。紺碧の目は真っ直ぐに大蛇を見つめ、その一瞬を少しも見逃すまいと全神経を集中させているようだった。大蛇はわずかにまぶたを伏せ、その視線から逃れようとしたがそれは敵わなかった。どこまでも続く天穹の色はどう足掻いたところで天と名付けられた大蛇と表裏一体だ。あの四つの目に囚われたそのときから、退路などとうに塞がれていた。
 大蛇はゆっくりと長躯をうねらせ、上手に二人の兄妹を呑み込めるよう大きく口を開いた。
 毒液の滴る長い牙が今から罪を犯す凶刃のように戦慄き、全身の鱗が今から罰を受ける罪人のように竦んだ。赤黒い大蛇の口内を間近で見てもエステルは目を逸らさなかった。その青色はただ一言、早くと促しているように思えた。
 ずくりと鈍い音を立てて牙が刺さる。埋もれた皮膚が、触れた骨が、溢れ出した血液が、果たして兄ものなのか妹のものなのかはわからない。生きているはずの兄は悲鳴一つあげず、まるで死んでいる妹と一体化しているかのようだった。大蛇は余計な思考を排除して、ただ無心で目の前の獲物を喰らう。
 ぐっぐっと喉を動かし、全身をうねらせ、彼らを彼らの希望通り腹の内に納めてしまうまで一体どれほどの時間がかかっただろう。それは一瞬のようでいて、永遠のようでもあった。
 いつしかそこには盗賊の首領を務める狡猾で残忍な兄妹はどこにもおらず、ただ一匹の大蛇が佇んでいるばかりだった。

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