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青き星と天の物語 4

第四夜

「「ぼくたちが助けてあげようか?」」
 美しいユニゾンは苦痛と疲労で朦朧とした大蛇の意識を柔らかく打った。七、八メートルはあろうかという長躯を荒縄で縛りあげられ、棍棒で滅多打ちにされ、ナイフで切りつけられ、満身創痍となりつつもまだ死ぬことを許されぬ生き物は薄い皮膜のまぶたをどうにか開く。白く霞む視界には湿った洞窟の苔むした岩肌のまだら模様や無数の脚を動かして這い回る虫の影が映り、腐った水の臭いがぐずくずと鼻を穿った。
 頭部と体部の繋ぎ目かと辛うじてわかるような括れに縄を巻かれ、天井から吊るされた大蛇は石榴色の瞳を小さく動かして視線を下へと遣る。視界に入る身動き一つ取れない身体には生々しい傷が浮かび、密林に住まう漆黒の大蛇カニバリーパイソンと双璧をなし「砂礫にひそむ白金」とさえ謳われた美しい銀色の鱗は見る影もなかった。
 声はすぐそばから聞こえた。声色は一つは少年のもので一つは少女のものだろうとどうにか判別できるものの非常によく似ていた。蛇の目で認識することができる顔もまた二人の人の子は鏡で映したようにそっくりだった。大樹の幹のような髪に夜が明ける直前の北の空のような瞳の色。背丈は同じ、骨格も同じ、おそらく流れる血の色も同じなのだろう。彼らは大きな宝玉にも似た目をこぼれんばかりに見開いて、臆すことなく大蛇を見上げてくる。
「ねえ、助けてあげようか?」
「その代わりぼくらの言うことなんでも聞いてもらうことになるけど」
「「いいよね?」」
 それが天使の救済でないことを大蛇は重々承知していた。なぜなら大蛇に頭領殺しの罪をかぶせ、このような仕打ちを受けざる得ない状況に追い込んだのは他ならぬ彼らなのだから。爛々と揺らめく虹彩はさながら悪魔の隠した地獄の宝。手に取れば破滅が待っていると知っていて、けれど大蛇には正常に思考を稼働させるだけの余地はすでになかった。痛い、苦しい、辛い。苦痛だけが身の内でのたうち回り、出口を求めて彷徨っていた。とにかく逃げたい一身だった。死にたくない、一身だった。そこには選択肢など当然用意されていない。
「……わかっ、た…言うことを聞く……」
 喉の奥から絞り出した声に少年少女は無邪気に喜んでみせる。けれども続けざまに提示された解放の条件は決して幼稚なそれではない。
 以降、決して人間の言葉を発さぬこと。人間を襲わぬこと。命令には絶対に従うこと。例外はないこと。盗賊団の一味には無闇に近付かないこと。逃げようとしないこと。与えられたものは拒否せずに食べること。与えられた装飾で身を飾ること。用意された真綿の寝床で眠ること。そして、二人の夜伽の相手をすること。
「そうだ。名前を決めなきゃ」
「そうね。何がいいかしら」
「ぼくらに因んだ名前がいいよ」
「ぼくはステラ」
「ぼくはエステル」
「ぼくらは星」
「それなら空の名前はどうだろう?」
「それならラズワルドはいかが?」
「砂漠の民の言葉だね。意味は天」
「そう、天」
「いいね」
「素敵よ」
「天は星にありて」
「星は天へと還るのよ」
 こうして大蛇は彼らに名を与えられ、盗賊団と行動を共にすることになった。頭領を殺したとされる大蛇を傍に置くことを快く思わない者は当然いたが、すでに盗賊団の実質的な支配者となっていた彼らに意見することができる者は誰一人としていなかった。
 盗賊団の新たな頭は二人の兄妹。兄の名はエステル、凄まじいナイフ捌きと恐ろしく知恵の回る悪魔の申し子。妹の名はステラ、鮮やかな立ち回りで白刃を閃かせる美しき悪魔の寵児。
 そんな彼らの傍には常に一匹の毒蛇が控えている。艶かしく光る白金の鱗は一つ一つが精巧な細工物のようで、嵌め込まれた果実の瞳は砂漠に沁み落ちる甘露のよう。獣たちさえ自在に言葉を操るこの世界で言語を禁じられた一匹の蛇は正しく彼らの持つ生きる装飾品であり、それ以上の意味など何一つ持っていなかった。

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