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トリックオアトリート!(お客様次第でどちらでも!)

「青蜘蛛様」
 背後からかけられた声に振り返ればそこには全身を包帯でぐるぐる巻にされたミイラ男がいた。一瞬面食らった男娼館の主人はそうか今日はハロウィンかと暦を思い出して平常心を取り戻す。娼館に住まう男娼から従業員に至るすべての人間が仮装して接客する恒例のイベントは毎年なかなかの好評を博していた。
「「ご主人様は仮装しないんですか?」」
 ミイラ男の背後から双子のようにそっくりな少年メイドが美しいユニゾンで顔を出す。彼らは常と変わらぬ衣装を身にまとっているのかと思いきや、ヘッドドレスは蝙蝠のそれにとって代わり、フリルのついた白いエプロンには偽の血痕が飛び散っていた。
「俺は…客前には、出ないからな」
「えー残念」
「僕たちのご主人様だから吸血鬼とかいいと思うんです」
「あ、それいい!」
「口を慎みなさい。青蜘蛛様の前ですよ」
 たしなめる執事の声に些か自分たちでも喋り過ぎたと自覚しているのかメイドは揃って優等生な返事をする。その様子を鷹揚に見守っていた当の主人はふと窓の向こう側から聞こえてくる何やら騒がしい声にほぼ無意識のうちに尾を揺らした。ゴールドの瞳が見下ろした先、ロの字型をした館に取り囲まれるようにして作られた中庭には賑やかな色彩が踊る。
 虹色の羽をあしらった衣装をまとうのはその美貌でナンバーワンの地位を不動のものとするカメリア。血糊にボロを着込みゾンビになりきっているのは多彩なトークで人気のあるナルシスで狼男のつもりなのか獣の耳と尾を着けているのは筋骨隆々のヴィオラ。蝶なのか蛾なのかわからない羽根に触覚を揺らすのは幼い容姿を待つ年若きポピーで三角形の帽子に箒を手にしたのはスマートな長身と物腰が老年に受けているジニア。
 男娼館Spiderの誇る売れっ子男娼たちは手に手にメイク道具やら衣装やらを持って一匹の猫を追いかけていた。哀れその標的となっているのは何を隠そうかつてその名を轟かせた恐怖の死神であり、今や青蜘蛛の恋人、蜘蛛の愛猫として怠惰な日々を送るシガロ・ゼムンその人。彼は、彼にしてはとても珍しく慌てた様子で短い尻尾をぶんぶん振りながらけばけばしい仮装集団から必死に逃げ回っていた。
「いいでしょ猫ちゃんちょっとだけ!ちょっとだけだから!」
「可愛くしてあげるからーねえ逃げないで!」
「絶対!に!断る!!」
「あははは!」
「悪いようにはしないぞ」
「それって悪人の台詞」
 一群がぎゃあぎゃあと言い合いながら庭の中央に枝葉を広げるアカシヤの木を一周半した頃だろうか。誰かが、あ、青蜘蛛様!と叫ぶ。しまったと思ったときにはもう手遅れだ。呑気にこちらに手を振る五人組はいいとして、精神的疲労からか肩で息をする猫の六つ目がこちらを認識したと思った途端。キッと射殺さんばかりの鋭い視線が飛んでくる。背に走る悪寒は気のせいじゃない。見つかったら最後、八つ当たりとしてその凶悪な爪の一撃を受ける未来は想像に難くなかった。
「お前たち、俺の行方を喋るんじゃないぞ」
「承知いたしました」
「「ご武運を」」
 怒れる猫からは逃げるに限る。踵を返せば視界の隅で猫が素早く剣呑に移動を開始したところだった。踏みしめる足音まで聞こえてきそうな苛立ちを隠そうともしないで、彼はぶつけるあてのない怒りを振り絞るように吠えた。
「カルーアーー!!どこにいるー!」
 中庭に幾つも積まれたオレンジ色のジャックオランタンはそのあまりの気迫ゆえか、ごろりと一人でに転がり落ちる。けれどもそんな馬鹿騒ぎも大歓迎とばかりに逆さまになったかぼちゃお化けは変わらぬ笑みを浮かべていた。


2015.10.27

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