ibaraboshi***

home > 小説 > > Cat has nine lives.

Cat has nine lives.

 月が見たくなった。
 突然思いついて、先日偶然見つけた小さなバルコニーから一跳びで屋根へと登る。猫にとっては造作もない動きで瀟洒な娼館のてっぺんに降り立つと、そこには先客がいた。真白な紫煙が月に吸い込まれるように消えていく。長い手足を持て余し気味にした男はなぜか上半身裸だったが、理由はすぐに知れた。彼の脇腹から生えるのは節足の脚。黒く細かい毛の生えたそれは名の通り幾つかの節に分かれ、先には鋭く尖った鉤爪が付いている。恐らく普段は身体に折り畳むようにして密着させ隠しているのだろう。日に焼けていない肌は異形の脚の形に凹んでいた。
 男は無表情のまま、しいっと人差し指一本立てて唇にあてた。猫はふんと鼻を鳴らし、適当な場所で腰を下ろす。男娼館《Spider》の主の下僕の方が実は本当の蜘蛛だなんて笑えない話だと独りごちると彼は僅かに笑ったようだった。
 遠くクラクションの音が聞こえる。喧騒の街から外れ、隔離されたかのような錯覚をおぼえた。背徳の館には今日も快楽を求める雄が一人、二人、三人。
「十七人目の恋人からの受け売りなのですが」
 それが男の声だと認識するのに一瞬間が空いた。六つの目を怪訝に細めた猫に彼は相変わらず月を見上げて煙を吐く。白い光に照らされた蜘蛛脚は別の生き物ようにざわめいて震えた。
「今日は古い暦でハロウィーンという日なのだそうです。あの世からこの世へと死んだ者の魂が戻ってくるんだとか」
 なるほど。通りで。
 猫の瞳はすべてを見ている。ナイフのように鋭い瞳孔は薄闇でくるりと丸くなり、その姿を捉える。ゆらりぬらり。陽炎のように揺らめくのは情愛か、怨念か。男が己に張り付けた底の見えぬ仮面のごとき表情に、猫は嗤って吐き捨てる。
「貴様、俺のモノに手を出したら殺すぞ」
「滅相もございません、愛猫様」
 しゃあしゃあと言ってのけた男はどこからともなく取り出した携帯灰皿で火を揉み消すと、黒い脚を折り畳み、手にしていたシャツを羽織った。ひゅと生温かい風が吹いて髪を乱す。それを撫でつける様も淀みなく、男は不気味な蜘蛛から蜘蛛の執事へと変貌する。
「猫には九生と言うではありませんか」
 言外に醜悪な獣を九回も殺すなんてごめんです、と言ってのけて男は消えた。屋根の上には猫一匹。欠伸をして爪を伸ばす。
 空にはブリキ製の三日月一つ。欠けては満ちるニヤニヤ笑いを浮かべていた。


2014.12.27

新しい記事
古い記事

return to page top