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嵐の夜に(宵々夜の花嵐)

 いよいよ嵐が近づいていた。うねる風に暴れる森の木々。叩きつける雨粒の勢いは増し、轟く雷鳴は闇夜を真昼のように明るく照らす。
 けれども、山の斜面を穿つように造られた洞穴の宮にまでは自然の猛威は届かない。狭い入り口と幾つかある玻璃の窓を板で塞いでしまえば、内部は驚くほど静かで、狼の耳に辛うじて風雨の音が届くだけだ。
 それでも常と異なる状況に誰もが言い知れぬ不安をおぼえるのだろう。明かりを灯した大広間には珍しいことに群れのほぼ全頭が集まっている。伏せて目を閉じているもの。時折、尖った耳をくるりと回すもの。若い牡は取っ組み合いに応じ、牝はお互いに寄り添って身体を温めている。年老いたものは目を細め、寝ているのか起きているのか。その影は長く伸び、洞穴の白い壁にまるで絵のように映し出された。
 外の嵐が嘘のように穏やかな時間。群れの頭目である征嵐も前足に顎を乗せ、腹に伴侶の心地よい重みを受けながら、夢と現の狭間をゆったりと行き来していた。一方の人の姿をした伴侶はと言えば、明かりを手元に引き寄せて先程からせっせと針仕事に忙しい。何を作っているのだろうか。寝ぼけたままふと思ったことは、勝手に声に出ていたらしい。美しい真珠色の瞳がこちらを見て、ふわと微笑んだ。ああ、きれいだ。

「匂い袋です。夏に摘んだ花を干しておいたので、詰めようと思って。征嵐様の分もありますよ」

 ほらと鼻先に吊るされた袋は確かに夏草と仄かに甘い花の香りがした。でも、それよりもっと香しいものを征嵐は知っている。どこまでも続く緑の草原を渡る風のような。それでいてどっしりと構えた大地にしとどに降る雨のような。うまく言い表すことはできないが、「それ」が征嵐にとって最も愛しくて、恋しい匂い。だから、その名を呼んで甘えてみせる。きっとかの人は困ったように笑って応えてくれるだろうから。
 山の神は現から夢へと戻る。なんであろうともそれを遮ることはできない。だって、幸福の甘露はただ享受するためだけにあるのだから。



「嵐の夜に」


2015.01.04

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