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嵐の夜に(花散里の愛月)

 雷鳴が鳴り響く。その昔、龍は雷から生まれると聞いたことがあった。腹の底に振動する重低音を唸らせ、重たく垂れ込めた暗雲に紫電を走らせる様はなるほど、確かに龍に似ていなくもない。
 格子窓に叩きつける雨粒を眺める。曇った玻璃に指先を押し当てると、冷たく濡れた。夜半の嵐は始まったばかりで、まだ終わる気配もない。普段なら見通せる美しい湖の様子ものっぺりとした闇の奥にあった。
 散里は一人。夜着の襟を寄せ、足元から来る冷えに自然と身を震わせた。そろそろ寝台に入らなければ碧雲に怒られてしまいそうだった。一際散里に甘い女仙は、その体調の変化にも非常に敏感だ。
 名残惜しく窓から離れ、踵を返そうとした瞬間。かっと目の前が点滅したかと思えば、耳を劈く轟音を響き渡らせ盛大な稲妻が遠くない場所に落っこちた。
 あらゆるものを切り裂くような光の柱。その神々しさにしばし見惚れ、佇む。人には如何様にもできぬ。どうあっても制することのできない自然は美しい。たとえ人に牙向くことがあっても。それもまた、摂理。きれい、と自然に言葉が転がり出た。誰にも侵されない、侵すことのできない輝き。手折られれば萎れる花とも違う、刹那の結晶のごとき。

「散里?」

 外の空気が流れ込む気配と怪訝な声。衣擦れの音を纏って夜着に身を包んだ男が広い歩幅で近づいてくる。精悍な顔つきはほんの少し心配に彩られていて、散里は目を細めた。起きていたのか、と立て続けに鳴り響く雷鳴の中、男が問う。無骨な指先が不器用に髪を撫で、その温度に胸がいっぱいになる。低く優しい声音が怖くないかと尋ねるので、否定した。

「きれいです」
「そうか。雷が好きか?」
「はい」
「そうか。では、今度たくさん降らせてやろう」

 冗談かと思い、目をまん丸にして見上げれば、そこには存外真面目な顔をした伴侶がいて。散里は一瞬の間をおいて、堪えきれずに噴き出した。くつくつと肩を揺らす散里に男は―水脈と天候を司る龍は首を傾げる。その仕草がなお可笑しくて可笑しくて。

「嵐でもないのに雷様が落っこちて来たら皆が驚いてしまいます、律影様」
「…そうか」
「はい」

 多少納得いかない顔をしたままの男の手を、ゆったりと引く。外では光と音の洪水が未だ続いていたが、今宵は穏やかに眠れるはずだった。嵐の晩であろうとも、愛しい人の腕の中なら関係ない。その鼓動だけを聞いて、ただ穏やかな眠りへと落ちる。明日には嵐も過ぎ去って、きらきらと光る世界が散里を迎えてくれるだろう。



「嵐の夜に」


2015.01.04

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