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八槍演舞

 長大な土壁に囲まれた昔ながらの庄屋屋敷といった風情の家屋は帝都から電車で一時間あまりの場所にあった。とは言っても今は最早住まう人のいなくなって久しいあばら屋である。雑草が伸び放題の庭は風が吹く度に波のような音を立て、破れた障子戸の奥の暗闇には得体の知れぬ何かの気配が常に犇きあっていた。軒下に光る目はなんだろう。ただの獣であれば良いのだが。
 まさかそんなはずはなかろうなと自ら希望的観測を打ち消して、八塚ノボリはうんざりと鴨居を潜る。足元の畳は所々腐って時折思いもしないほどに深く沈み込んだ。先行く姉のカケルは器用に罠を避けて妹の一歩、二歩先を行く。天井の四隅に張り巡らされた白い靄のような蜘蛛の巣にはどれも律儀に八本ずつの脚が見え隠れしている。破れた茅葺の屋根からは月の灯りが差し込み、点々と行く先々でスポットライトのように部屋の内部をぼんやりと浮かびあげた。最早風雨
を凌ぐ術もない荒れ果てた屋敷の内部には幽霊を描いた掛け軸が染みだらけで転がっていたり、どこからか飛んできた草の種が芽吹いて市松人形に絡んでいる。その程度ならまだ良い。白々と曝される白骨の眼窩は一体何を訴えているというのか。曲がりなりにも人並みの感性を兼ね備えている妹と異なり、毎度そこら辺りをこぞって母親の腹に置き忘れてくる姉は平然としゃれこうべを手にとってふむと首を傾げた。
「小さいな。子供か」
「…そうな」
「しかもまだそれほど古くない…」
 推測しただけで興味を失ったらしいそれを姉は無造作にぽいと投げ捨てる。罰当たりがと念のため毒づこうとしたときだった。
 ふと、空気が変わる。
 たった今姉の手から放物線を描いて床に落ちたしゃれこうべがころころと転がって行く。畳の敷居を越え、倒れた襖の脇を抜け、やがてひたりとこちらを向いて直立する、その先。一際強くなる腐臭、血臭、獣の匂い。やはり差し込む月の光。本性を隠しきれず、ひょっとしたら隠す気もなく、その妖怪はいた。存在していた。
「旧鼠か」
 姉が低く唸る。否、それは獲物を目の前にした舌舐めずりか。着物を着た人間の首から上だけを巨大な鼠の頭に挿げ替えたような悪趣味な姿の妖怪はゆっくりとこちらを振り返る。裸の尾が軽く振られ、積み上がった頭蓋の山を打ち崩す。そして、前歯を剥き出しにしたかと思えば。

 嗤う。

「ノボリ!」
「わかってるよ!」
 反射的に横へと跳ぶ。今の今まで姉妹が立っていたところには髑髏の大群が歯を鳴らしながら押し寄せた。
 一本、いやもう一本欲しいところだと考えた次にはもう両手に槍が握られている。気配を感じて振り向きざまに勢い良く振るうが手応えは軽く、いつの間にか無数の鼠たちに周囲を囲まれていることに気付く。息遣いは無数。あちらの柱にもこちらの柱にも穴の空いた天井にも床下にも縦横無尽、見渡す限りの獣の群れ。
 舌打ち。こういう細かい「作業」は八塚姉妹には向いていないというのに。
「やれ、数が多いな」
 妹と同様に両手に槍を携えた姉がどこかのんびりと呟く。その声を背で聞きながらどうする?と問うと悠然とした理論が淀みなく返ってくる。
「私たちは小さい標的を一つ一つ狙うのは苦手だ」
「そうだな」
「かと言って小さい標的を一網打尽にする術もない」
「そうだな」
「そうとなれば」
「答えは一つ」
 構え良し。狙い良し。危険を察知したのか一斉に飛びかかってくる鼠たちを無視するの良し。
「「はなから頭狙うまで!!」」
 駆ける。狙うは大将首ただ一つ。まずは一歩踏み込んでノボリの右手の切っ先が旧鼠の鼻先を掠める。獣は僅かに後ろに逃れ、けれどもそれを見逃さないカケルの左手が鋭く繰り出されると、人に化けた着物の袂を突き刺し破る。絹を裂く音に怯んだのか怒ったのか牙を剥く獣を鼻で笑い、ノボリは強く床を蹴る。相手の懐、強くなる獣の匂いと腐臭。口を閉じる、息を止める。刺す。狙うは胸元、僅かに逸れるが手応えあり。悲鳴、怒号、悲鳴、怒号。よろめいた妖怪にけれど追撃の手は緩まない。跳躍したカケルが空から迫る。目標、右目。刺さる、否、割る。獣の頭蓋はばかんと音を立てて割れ、響き渡る断末魔の声。脳漿と返り血をまともに浴びるノボリ。気が狂ったように辺りを切り裂く獣の爪を受けぬよう、少し距離を取る。
「さすが溝鼠。しぶといな」
「…くっせえ…」
「ノボリ、止めを刺すぞ」
 返事をするまでもなく、姉は勝手に準備に移っていた。ふわりとその漆黒の髪が風もないのに舞い上がり、その周囲に銘は各々奇数がふられた四本の槍が浮かぶ。仕方なくノボリも準備を開始。姉と同様の現象が発生し、こちらには各々偶数の銘を持つ槍が四本。全部で八本。山を取り巻き、娘を食らった古の大蛇の頭の数と同じ数の白刃が姉妹が自在にする武器の一連なりの真の姿だ。
「それでは受け取れ」
「八本だからな。結構重たいぞっと」
 これといった緊張感もなかったが、その言葉を合図とし、一斉に凄まじい速度で姉妹の手元を離れて行った槍は違うことなく獣へと突き刺さり、間違うことなくその皮を破り骨を砕き臓物を蹴散らし、誤ることなく絶命させた。暗闇を這い、人を喰らう化け物はそれを上回る化け物によって、いとも容易く。
「やはり雑魚相手とはいえ、ときどきは八槍使ってやらねばな」
「あー風呂入りてえ」
 今度こそ本当に気の抜けた姉妹の声が静まり返った屋敷跡に朗々と響く。夜空に浮かんだ丸い月は二人分の影を長く細く長く荒地へと伸ばしていた。


2015.03.14

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