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その他 青年ギロチンと少女アイアン・メイデンの平凡な日々

 ジャッジメントシティの空は常にどんよりと曇っている。
 否、常に、とは言い過ぎた。
 週に一度ならず二度、薄雲をささやかに切り裂いて仄かな陽光が蜜色の石畳や赤いアパートメントの屋根や灰まみれの掃除屋たちが顔を覗かせる煙突を照らす。けれど、それ以外の日常においてはやはり街は曇天に覆われていた。湿った風は生乾きの洗濯物を揺らし、道行く人は肩を竦めてコートの前をきつく合わせる。街にやって来た花売りや風船売りは陰鬱とした空気に早々に商売を諦め、街には必要最低限の商人だけが出入りするようになった。
 街の住人たちは慎ましやかで静かな暮らしを望んでいた。日々が平穏であれば身が捩れるほどの退屈すら厭わなかった。
 なぜなら「彼ら」はこの街にやって来るまでに嫌というほど陰惨で残酷な「生」を謳歌して来たからだ。
 彼らは人間の手によって作られた「道具」だった。
 この地球上で最も多様な道具を作り出した人間は最初は自らの生命を維持するため、やがて自らの暮らしを豊かにするため、そして最終的には人間を人間の手で傷付け、痛め付け、殺すための道具を作り出した。
 それが「彼ら」。世界各地で作られた拷問具、処刑具が人間の姿をとったモノ。
 そしてここはそんな彼らが寄り集まって住まう街。人間の世界と地続きながら決して人間には認知されることはない。猫だけが知っている路地裏の隙間、星の瞬きのわずか、子供たちが物心つく前に見る夢。そこには単なる道具としての役割から逃れた道具たちが人間と同じように暮らしている。
 ギロチンもそんな道具たちの一人だった。
 その名からもわかる通り、ギロチンは処刑具だった。その原型は古代から存在するが、「ギロチン」としての名を確固たるものとしたのは中世フランスだ。近世への足音が聞こえ始めたこの時代、主に貴族たちの処刑法といえば剣を使った断頭だった。だが、これには処刑人の技量が問われる。もっと言えば八つ裂き刑やその他の刑においてもタイミングによって受刑者の苦痛を増してしまう恐れは常にあった。罪の重さは同じであるにも関わらずだ。
 これを憂えたのが一人の博愛主義者だ。彼は信仰心と医者という職業によって培った知識によって「平等」な刑を与えるための処刑具を作り出す。男の名はギヨタン。そして彼の名にちなんで名付けられた処刑具こそがギロチンだ。
「…うう…う…」
 ギロチンは厚いカーテンの引かれた自室で布団に潜り込んだまま、犬のように呻いていた。
 ジャッジメントシティに住む処刑具、拷問具たちはその経緯から鬱屈した性質の者が少なくない。ギロチンも例に漏れずその一人だと言えるだろう。彼は週に四度は朝が来てもベッドから出ることが出来ない。
 思考のすべてがぐるぐると出口のない暗い闇へと陥り、身の内から染み出したそれは四肢をどんよりと重くさせる。頭は痛く、視界も霞んで見えにくい。頰は熱く、それなのにほんのわずかな光さえ恐ろしくて、とても布の鎧を剥ぐ気にはならなかった。
 苦しくて、何かしなくちゃいけないのに何もできない。指も目も動かない。紡ごうとした言葉はすべて獣のような声に変わってしまう。その自分の声すらもたまらなく嫌で、今すぐ世界が滅びればいいと思う。この苦しみや痛みが消え去るならそれもいい。
 いや、本当に?
 一秒後の自分が否定する。果たして「僕」はその罪の重さに耐え切れるのか?無理だ。きっと無理だろう。今だって、切って切って切って切って、ただ切り落とした物言わぬ首に、虚ろな眼球に、非難され続けているというのに。苛まれ続けているというのに。
「ああ……ギヨタン、ルイ、サンソン…僕は…!」
「ボンジュー、ムッシュー。ご機嫌いかがかしら?」
 小鳥の囀るような声とともに寝室のドアがノックされ、同時に革靴が軽やかに床を叩いた。
 ギロチンは抱えていた頭を解放し、もぞもぞと布団から顔を出す。否、家主の同意なく勝手に寝室まで入ってくる顔見知りの闖入者に対して、そうせざる得ない。
 視線をドアの方へとやれば、案の定そこにはミントグリーンにレースをたっぷり使ったワンピースを可憐に着こなした少女がいた。蜂蜜色をしたブロンドを輝かしく広げ、青い瞳を大きく見開いた彼女はボンジュー、とわざわざもう一度はっきりした声で繰り返す。
「何しに来たんだ、アイアン・メイデン」
「お誘いに来たのよ、ギロチン。朝食がまだでしょう?マダム・ティーポットのお店にクロワッサンを食べに行きましょう」
「そういう気分じゃない」
 ばっさりと切り捨てても少女は気分を害した風はなかった。
 何しろ長い付き合いである。処刑具ギロチンが人間の姿をとったギロチンと、その実在を疑われながらも圧倒的知名度を誇る処刑、拷問具「鋼鉄の処女」が人間の姿をとったアイアン・メイデン。発生した時代が似通った彼らはこの街で出会い、自然と多くの言葉を交わすようになった。このとき、ギロチンが二十代半ばにもなろうかという薄暗い青年で、アイアン・メイデンが精々十になろうかという瑞々しい少女であるという外見上の差異は大した問題にはならなかった。
「また、そんなことを言って」
「ほっといてくれ…僕は気分が悪いんだ」
「週の六日はそんなことを言っているじゃない。今日は何が悲しいの?貴方の髪が今日のお天気みたいに鈍色なこと?それとも貴方の瞳が断頭台に流れる血のように真紅なことかしら?」
「それはいつもだよ」
「あら。それなら、何も問題はないわね」
 ないのか?彼女がそう断言すると、不思議とその通りのような気がするから、まるで魔法にでもかかった気分になる。
 ギロチンはおずおずとベッドの上に座り込んで少女を見た。彼女のキラキラと光る、一点の憂いないようなガラス玉に似た瞳を見ていると、同じ道具として妙な自信すら湧いてくるのだ。
「少し気力が出ていらした?」
「うん…ちょっとだけ」
「マダムのところでカフェオレを飲みましょう。きっともっと元気になるわ」
 にこりと微笑まれ、ギロチンもつられて唇を歪ませる。彼女が言うからにはきっとそれは正しいのだろう。いつだって、どこだって、身の内に閉じ込めた人間を無数の鋼鉄の棘で貫き、失血死させるための道具は誠実な真実しか語らない。
「君は角砂糖三つだったかな」
「ええ、よくご存知ね」
 少女と青年は連れ立って古ぼけたアパートメントを出る。街は静まり返り、相変わらずどんよりと曇った空がどこまでも続いていた。その色は昨日も今日も、きっと明日も変わらないのだろう。この街が、この街であり続ける限り。


2017.12.10

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