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FGO キミの手に林檎一つ

「あっ!いたいたマスター!」
 聞こえてきた快活な声に首を捻るよりも早く、視界の端にぴょんと元気な桃色の三つ編みが揺れたその瞬間、朱花の右手は少女とも少年ともつかない掌にしっかりと捕まえられ、足はいつの間にか走り出していた。
「アストルフォ!?」
「朝からマスターのこと探してたんだ!やっと見つけた!」
 握りしめられた掌の力は思ったより強いけれど、でも決して痛くはない。朱花の手を引いて走る姿は小鹿のように軽やかで、でも思ったよりずっと力強い。
 シャルルマーニュ十二勇士の一人にしてライダークラスのサーヴァント、アストルフォは勇ましい印象が先行する中世の騎士としては中性的な容姿をしていた。本人も女性とも男性とも付かない言動をするものだから、朱花は今でも時折戸惑う。たとえ、天真爛漫が身上でとにかく陽気な彼のことが決して嫌いではないのだとしても、どう接していいやら一瞬一瞬で迷うのだ。
「ど、どこに行くの!?」
「庭!」
 朱花の問いに簡潔に答えると、彼は口の端だけで笑って見せた。その言葉通り、どうやら朱花は彼に手を引かれたまま、カルデアのほぼ中央に向かっているようだ。雪と氷に閉ざされた高地に広大な敷地と施設を有するカルデアにおいて最も広い空間。それが人工の太陽光や雨、緻密な計算をもって配置された植物や池によって自然循環を可能にした室内庭園、通称「庭」だ。
 軽い音を立てて自動ドアが開く。途端にむわっとした特有の土いきれと湿気、それから圧倒的な緑の匂いが鼻先へと押し寄せた。濡れた石畳の目地に鮮やかな緑色の苔が生えている。実際は外光など決して届かない内部空間でありながら、設定された時計に従ってふわふわと羽のような光が穏やかに降り注いだ。日向ぼっこをしていた蜥蜴は人の気配に素早く隠れ、のんびりと飛ぶ黄色い蝶に反して忙しないのは熊蜂。薔薇の花は甘い芳香を放ち、木陰で鈴蘭は群れて揺れる。
 いつ来ても屋内とはとても思えない、自然の様子にほっと和んだ。思えば朱花の人生の大半はこうした物言わぬ草花に囲まれて過ごして来た。無機質で清潔なカルデアの居心地が悪いわけでは決してない。それに余りにも濃密で多彩なここでの経験によって、白い空間はすでに朱花の身にすっかりと馴染んでしまった。それでも、三つ子の魂百までとはこのことだろう。やはり金属の光沢を放つ白い壁よりも、内臓のようにケーブルが脈打ち冷却ファンが唸りをあげる管制室よりも、必要最低限のものが揃えられただけの自室よりも、朱花はこの庭の方がより深い呼吸をすることができる。
「こっち、こっち!こっちだよ、マスター!」
 アストルフォが一層高い声で朱花を呼ぶ。そういえば彼は朱花をどこに連れて行こうとしているのだろうか。遅ればせながら気になってきたところで、ようやく彼は足を止めて朱花の手をぱっと放した。
「あれ!」
 やって来たのは庭園を流れる小川が始まるところ、つまり円形をした庭の最北に位置する場所になぜかぽつんと植えられた低木の前だった。しばらく朱花は彼がなぜなんの変哲もない木の姿を見せたかったのかわからなくて考え込む。しかし、その青々と茂った葉の隙間に真っ赤に熟れた果実を見つけるとようやく緩やかに予想がつき始めた。
「林檎…?」
 庭園は緻密な管理によって限りなく外に近い環境が作り上げられているが、それでもまったく同一なわけではない。この閉じた箱庭では四季は巡らない。ゆえに冬の寒さや夏の暑さによって実るような果樹は植えられていることには植えられているのだが、それが結実することはほとんどなかった。しかし、目の前にあるのは確かに林檎の木で、実っているのはつやつやと美味しそうな光沢を放つ林檎に見える。そうか、これを見せたかったのか。遂に合点がいって隣に立つサーヴァントの顔を見遣れば、朝焼けに似たピンク色の瞳がきらきらと輝いて朱花を見ていた。
「マスター、あれ欲しい?」
「え?」
「マスターが欲しいなら、ボク取ってくるよ!こう見えて木登りは得意なんだ」
「ちょ、待って、アストルフォ!」
 今にも林檎の木に向かって突進しそうな彼を慌てて押し留める。基本的に善意の塊であり、マスターである朱花を心から慕ってくれているサーヴァントはその静止に怪訝そうな顔をする。たぶん彼には果実を愛でるとか、唯一無二の物を共有したいといった思考が最初からないのだろう。けれど、それは単に環境の違いからくる差異であって、このときにおいてもまったく重大な問題になるはずもなかった。朱花はほんのちょっとだけ高い、彼の目を見つめて一つ一つ言葉を紡ぐ。
「たった一つだけなのに、もいでしまうのはもったいないよ」
「ええ…そうかなあ…ボクはマスターが喜んでくれるならそれでいいけど…」
「それなら、ここでピクニックしよう?サンドイッチと紅茶を用意して林檎の木の下で食べるの」
 どうかな、と問うた朱花に言葉で答えるよりも明白にその表情は答えを物語っていた。爛々と輝いた目の色はすでにサンドイッチの具材について考えが飛んでいるからに違いない。
「うん!いいね!それすごくいいよ、マスター!」
「よかった」
「そうと決まれば早速厨房を借りよう!」
 ボクねえ、卵のサンドイッチが好きだよ、とにこにこと話しながら彼は当たり前のように朱花の手を取る。それを当たり前のように受けていいのか、逡巡は一瞬で朱花の脳裏をよぎって消えた。たとえどんなにその容姿が可憐でも、たとえどんなにその言動が軽薄でも、朱花にとってアストルフォは。
「ボク、知ってるんだ。貯蔵庫にとっておきのシードルがあるって!」
「私の自慢の騎士様」
「へ!?」
「アストルフォは、私の自慢の騎士様だなと思って」
 見つめた頰が見ている先からゆるゆると緩む。きゅっと握られた手に熱がこもった。ぶんぶんと振られた頭に連動して三つ編みが踊る。ふあっと開かれた瞳は午前の光の中でより一層きらめいた。まるで朝日を受けた朝露が騎士が掲げる剣の切っ先にも似たきらめきを放つみたいに。
「キミこそ!なんて素敵なマスターなんだろう!」
 そう高らかに叫んだ声が辺り一帯を歓喜の歌のように震わせた。


2017.12.24

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