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落花雨の銀狐3


ud24 本作品は性描写を含みます ud24


 通された部屋は上客用のようだった。一つ離れに整えられた部屋は広く、暖を取るための火鉢がちろりちろりと燃えている。瓦屋根を叩くのは水の音。今日もまだ細かい細かい雨が降り続いているようだった。侍女は提灯の灯りを手に先に、部屋へと進み、奥にある行灯へと慣れた手付きで火を灯した。ぼんやりとした灯りに照らされる室内。僅かな調度品と畳の上に用意された一組の布団が妙に生々しい。侍女は己の成すべきことを終えると、一礼し去っていった。
 しばらく外の簀子を僅かな重みが踏む音が聞こえ、やがて何の音もしなくなった。ただ、静かな雨の気配だけが満ちる。薄闇の中、天羽は今まで感じたこともないような緊張感を覚えながら、探るような足取りで畳を鳴らした。振り返らずとも解る。銀色の髪に真紅の瞳を持った女は天羽のすぐ後ろにそっと立っている。何を思うか。何を知るか。また、何を望むのか。天羽には何一つ知れない思考を抱いて、衣擦れの音がする。天羽は思わず肩を竦めた。すると、背後でまるで鈴が揺れたように笑う気配。それは嫌味なものでは決してない。言うなれば、木蓮が風に鳴るが如く。ほんの僅かな芳香が運ぶ甘やかさ。愛おしい、と声一つで言うかのような気配に、天羽はそっと己の背を顧みる。

 女は微笑んでいた。

 僅かな灯りの元で、けれども確かな存在感を持って。現実的な彼女の存在と、まるで幻想的な天羽の思考。女がいる。一人の女だ。美しく芳しい彼女の魅力は性的とも心的とも言いがたく、しかし、豊かな銀色の髪に艶めいて光る、真紅の瞳、なだらかな肩に広く開いた胸元から解る豊かな乳房。折れそうなほどに細い腰とあえかな四肢。眼では理解しているのだ。此処にいるのは女。晶白太夫と名付けられた、最高級の遊女。
 だが、天羽の心はそうは言わなかった。何故か、銀色の雄狐と彼女の姿は常に重なっているように見えるのだ。瞬きした瞬間に垣間見えるのは、あの時、霧雨の中で見た純銀の毛皮に九本の尾。白牡丹の合間で舞う、美しき獣。しなやかだが逞しい巨躯で小さな風を起こすその姿に見惚れる。天羽が今、女を目の前にして感じる憧憬は正にそれ。

 雨の音と水の気配。牡丹のように麗しい大華が、薄闇の中でふうわりと、笑う。

 高鳴った。美しく弧を描いた紅の唇のせいではない。その笑みは、天羽にとって恐怖と恋情と官能を同時に呼び起こすもの。まるで、ずらりと牙の並んだ獣が目の前で唇を舐めているよう。まるで、身をすり寄せ尾を振って愛おしいと鳴きたいよう。まるで、天羽の首筋に今にも食いかからんとしているかのような獣は、女の身の細い腕をそっと伸ばし。
 天羽の胸をとっと押した。それはどう考えても細腕一つで出せるような力ではない。呆気なく体勢を崩した天羽は、寄り添うように身を預けてきた女と一緒に布団の中に倒れこむ。どさっという軽い打付けの音の後、目の前には真紅。彼女は完全に天羽の身体の上に乗りかかるような形で、顔を近づけている。天羽の飴色の瞳や紅鳶色の髪全てを、値定めるように。傷一つない指先がそうっと伸びてきて、天羽の髪に触れる。ツツツと施される愛撫は否が応でも熱を呼び覚まし、天羽は震えた。女は笑う。さぞや楽しいように。その白い頬を天羽の首筋へと擦りつける。

「漸く逢えたのう。何故に、あの時は逃げてしもうた?主(ぬし)は我に懸想したのではないのかえ?」

 女が言う。まるで白水晶が煌くが如くだが、女にしては低い声だった。ぞくりと背筋を震わせて、天羽は銀色を見る。嗚呼、最早、疑うべくでもないのだ。彼女は言った。「何故、逃げたのか」と。天羽はこの女の前で逃げたことなどない。彼女は言った。「懸想したのではないか」と。そうだ、天羽は確かにあの時、あの場所で、一匹の白い雄狐に心を震わせた。落花雨の中を踊る銀狐。人と一線を画す妖のもの。今、天羽に迫る遊女は明らかに、人ではない。

「我が怖ろしいかえ?」
「…あ、」
「良きや。主が我に惑うも当然のこと。だが、我もあの日の逢瀬の雨を忘れられんと、此処まで来てしもうた。ふふ、可愛がってはくれんかえ?それとも我は主の好みには合わんかの?」

 女の手が伸ばされる。天羽の腕はほっそりとした指先に囚われ、導かれる。女の豊かな二つの乳房の片方に。滑らかな肌の上を衣がすべり、顕わになった白い柔らかな肉に促されるまま天羽の掌が触れる。別に童貞というわけではない。女の身体に触れるのも初めてではないというのに、これほどまでに露骨な官能を天羽はこれまで知らなかった。全身の血が沸騰するかのようにざわめく。着実に伝わる体温は、確かに女がこの世のものだと伝えてくる証。だが、天羽は妙な異質を覚えて落ち着かなかった。確かに感じる情欲がある。しかし、それは今、天羽が愛撫する、乳房に対してではないのだ。求めるままに疼くのは、もっと深い処にある。もっと、本能的で獣的な場所に。《それ》が何かは天羽には解らない。だが、どうしようもない戸惑いを伝えるように女を見上げれば、彼女は静かに首を傾げた。可愛らしいと思う。美しいと思う。しかし、女は天羽の求める全てではない。

「どうしたえ?我では気に入らぬか?」
「…そうでは、」
「なれば………、ふふ、それとも主は我に抱かれる方が嬉しいかえ?」

 それはたぶん、彼女の冗談だったのだろう。他愛もない、閨での戯言。馬鹿を言うな、とその言葉を一笑に付してしまえれば良かったのに。嗚呼、けれども、どうしたことなのか。
 天羽は反射的に肩をびくりと跳ねさせた。次いで全身の血が急に沸騰するのを止められず、みるみるうちに頬が紅潮する。まるで自分でも気がつかなかった秘密を唐突に暴かれてしまった人のように。騒がしい鼓動を止められない。目許が熱い。泣いているのかもしれなかった。視界が水の膜を通したかのように揺らいでいる。眼を見開いた、女の表情。彼女から逃げるように、天羽はずるりと上半身だけで身体を引き摺った。だが、それよりも早く彼女の、否、美しき銀狐の腕が、天羽を逃さぬようにと抑える。彼女の細く冷たい両手が天羽の頬を包み込んだ。歪んだ瞳の向こうの彼女が、低い声で、言う。

「最早、戯れでは効かぬ」
「…?」
「そのように美しい顔をされては如何に歳月三千の大妖(おおあやかし)とはいえ、叶わぬよ。良きや。我が主を抱こう。主の望むように、交わろう」

 声が落ちる、風が鳴った。
 ざわざわと空間そのものが鳴り、女の姿がぐにょりと歪む。思わず顔を庇った天羽の前で、銀色の光が膨れ上がり、咲き誇る。僅かに鼻先をくすぐるのは最早紅の匂いなどではなかった。雨の気配。牡丹の香。肌に触れる、艶やかな銀色の毛皮。呆然と眼を見開く天羽を温かな体温が包む。その巨躯全てで天羽を抱きしめるように、現れるのは純銀の色彩。薄闇の部屋の中、唐突に妖の本性を現した彼女―否、彼の九本の尾が天羽の目の前で優雅に揺れる。思わず真紅の瞳を捜して視線を遣れば、天羽の頭のすぐ傍に、あの射抜くような眼を持った獣の顔があった。長い鼻面に黒い鼻。三角形の耳をそばだて、伺うように天羽をじっと見つめている狐に、天羽はそっと笑って見せた。
 これが、彼が、天羽があの日、霧雨の中で出遭い、心奪われた妖の本来の姿。瞬時に見惚れ、惑い、震えた、あの狐に、天羽は擦り寄ってその顎を撫でた。くるると切ない声が喉の奥から響く。それが恋の唄ならば良いのにと思えば、彼がより一層身を寄せて、天羽を全身で抱きしめた。毛皮の向こう側から響くのは、静かで心地良い鼓動の音。雨音に混じり込むようなその規則正しい音色に微笑むと、天羽、と低い声が胸へと響く。穏やかな樹木が奏でるようなその声が、巨躯の銀狐の本来持つものなのだと気がつくのにそう時間はかからなかった。ただ、見上げる。柘榴の実のような、赤を。

「天羽、」

 彼が呼ぶ。優しい声色。それでいて欲情を含んで、甘い。獣の顔が近づいてきて、天羽の鼻先を舐め、唇を舐める。求められている、と感じただけで震える身体を抑えながら、薄く口を開けば、すぐに熱っぽい舌が滑り込んできた。ぞわりと口内を這うのは、まるで生き物のような獣の舌先。上顎を撫で上げられ、送り込まれる唾液に酔う。人のそれとあまりに違う器官を用いて行われるのは、最早口付けではなかった。「交わり」という言葉が身に沁みる。何処であろうと、柔らかい皮膚を重ね合わせるのは、交わりに他ならない。くちゃと蠢く彼の舌を噛まぬよう、必死になって天羽は口を開く。快感を引き出され、促される。舌を、という声のない懇願を聞いてか、彼が一旦唇を離した。
 悦楽の為に霞んだ視界の向こうに真紅の瞳をした銀色の獣がいた。天羽、と彼が名を呼ぶ。それに応えようと何事か紡ごうとしたところで、はたりと天羽は気がついた。彼の名を、未だ天羽は知らぬ。晶白太夫、と父は呼んでいたが、それは銀狐が化けた遊女の名。それは天羽を抱く獣の名ではないのだろう。それとも妖には名などないのか。視線を彷徨わせた天羽に、全て見抜いたようにそっと彼が喉の奥で笑った気配がした。

「愛し名も呼べぬは辛いかえ?」
「………………、」

 憮然として黙り込めば、彼は今度こそ本当にくつくつと笑った。そして、天羽の顔に柔らかい頬の毛を擦りつけながら、低い美声を惜しみなく天羽に告げる為に囁く。柔らかな声色は、そのまま聞き入ってしまいそうなほどに、心地良い。

「そう拗ねるでない。我の名は幽蕾山霞晶洞(ゆうらいざんかしょうどう)が主、銀紗羅真君(ぎんしゃらしんくん)」
「銀、紗羅……?」

 繰り返した名にぐらりとしたよろめきを感じた。妖、妖、と天羽は呼んできたがとんでもない。一山と一洞を与えられるのは玉帝黄龍にその地位を認められた者のみ。そして、名に持つ真君は高き神仙の証。天羽を機嫌良さそうに抱く銀狐は、すでに数千の時を経て昇仙した九尾の天狐なのだ。恐らくその神通力たるや、山も河も自在にするほど。今更ながらにとんでもないものに魅入られてしまったと天羽は頬を引き攣らせたが、しかし一向に天羽が人であろうと、男であろうと、どうでも良いらしい狐は九尾を揺らめかせてまた笑う。

「主はそう大仰に呼ばわずとも。灼銀(しゃくぎん)、と呼びや」

 落とされた名は成る程彼に相応しいような気がして、天羽は灼銀、とその言の葉を素直に唇の乗せた。すると、嬉しそうに眼を細める狐がますます身を寄せて天羽を抱く。毛皮の温もりは何ものにも抗いがたく心地良い。人でないものに抱かれて、何を狂ったか、と言われても、最早構わなかった。あの瞬間からすでに定まっていた。天羽は真紅の瞳と優しい声の大狐からもう逃れられはしない。愛しきけだもの。天羽は許された彼の名を、呼ぶ。

「灼銀、」
「そうや」
「………灼銀、」
「嗚呼、もっと呼びや、天羽…」

 愛し、という呟きと共に口付けが降ってくる。再び口内を犯そうかという舌を、天羽は今度は進んで受け入れた。舌先を伸ばせばひちゃりと水音と共に熱が交わる。獣のずらりと並んだ牙に舌先が触れ、少しだけ身が竦んだが、恐ろしさはなかった。ただ、浮ついたような高ぶりが徐々に背を這い上がってきて、天羽はぎゅっと目の前の銀色にしがみ付く。何かに縋りたかっただけなのに、その行為は思う以上に天羽を安堵させた。此処に、寄りかかる誰かがいるということ。獣のじゃれるような、それでいて煽るような口付けに応えながら、天羽は眼を細める。すると、銀狐もまるで同じように眼を細め、ちゅっという音を残して舌を離した。名残惜しいように口を開ける天羽と獣の間を、銀色の唾液が糸を引く。直接劣情に訴えるような光景に天羽が全身を粟立たせると、気配だけで獣が笑ったようだった。愛し、とまた彼が言う。

 ふわりと温かな風が吹いたのはその時だった。獣が急に視線を落としたかと思えば、彼は天羽の着物の帯を、器用に口先で引っ張って解いてしまう。まあ、確かにこれから交わろうというのに着衣のままでは致すことも出来まい。納得はしつつも脱がされることなど、それも獣の鼻先を使って着物を剥がされたことなどない天羽は無性に気恥ずかしくて、思わず視線を自分から逸らす。薄闇の視界の中、触れる冷たい空気とそれ以上に寄り添う毛皮の温もりに、すでに自分がほぼ纏わぬ姿だと知らしめられる。そして、彼の濡れた冷たい鼻が腹に触れた。下穿きさえも呆気なく脱がされ、天羽は一瞬びくりと震えた。顕わになった男性器を彼がじっと見ているのが解る。真紅の瞳、妖の色合い。しばらく羞恥に耐え難く目許を潤わせていた天羽に、感嘆のような低い声が響く。その声色は、柔らかいが、けれど。

「嬉しや…主も望んでくれるのかえ?」

 我と交じり合うことを。

「…しゃく、ぎん…」

 名を呼べば、堪らないと言わんばかりに性急に獣が体勢を変えた。天羽の右足をその身体全体で持ち上げて、勝手に敷布の上に転がしてしまう。ぐるりと反転した視界と更に晒されてしまった性器に慌てふためく天羽を尻目に、狐は足の間に入り込んで舌を出した。肉の色をした軟体器官が天羽の緩く立ち上がりつつある男性器を舐め取る。ぞわりと走るのは、強烈な快感と震え。熱を帯びた舌先は水音をたてながら、容赦なく天羽を責め立てる。
 耐え難く押し寄せるような悦楽に天羽は敷布を強く握り締めた。だが、逃そうと思っても逃げようと思っても、獣の愛撫から逃れる術は天羽にはなかった。それにきっと狐も今更天羽を喰わずして、何処かへ行くつもりもないのだろう。攻撃のような責め立ては留まることなく、血と熱を集めた性器と睾丸を唾液で濡らし、そして、後孔へと伸びる。
 天羽だって、妓楼の生まれだ。男がその身に同じ性を受ける意味を知らなかったわけではない。
 しかし、いざ自分の身に降りかかるとなれば話は別で。露骨に窄めた舌が、襞をかき分けるように舐め取る感覚は。天羽を羞恥で死なせるには十分値する。最早、快感と恥でこれ以上ないくらいに赤くなった目許を腕で覆い隠しながら、霞む視界でちらりと銀色の獣を見れば、彼は一向に機嫌が良さそうに九本の尾を揺らしながら、天羽の股の間に顔を埋めている。死にたい。何を血迷ったか、自分は今正に獣に抱かれようとしているのだ。否、すでにもう抱かれてしまったというべきか。ぐちゅりと音を立てて、唾液を含んだ舌が後孔へと差し込まれる。それは凶悪な嫌悪感とそれから認めたくない微かな、ほんの僅かな快楽を引きずり出す。そう、本当に拒むならば今すぐにでも銀狐の腹を蹴り上げて、着物を引っつかみ、逃げ出すなり何なりしてしまえば良い。自室に戻り、行灯に火を灯して、身を清め、明け方まで書に没頭する。そうすれば、今宵のことはきっと悪い夢で片付いてしまうだろう。まだ、間に合う。まだ、天羽には逃げ道が残されている。だが、

「天羽、」

 名を呼ぶ彼が顔を上げる。己の唾液とそして天羽が零す先走りの液体で濡れた口先は壮絶な色香を放っていた。どきりとするような真紅の瞳。けれど、その奥に陵辱めいた欲望は一切なく、彼は気遣わしげに天羽に問う。

「天羽、痛みはないかえ?」
「………ああ、」
「一度達するか?恐らく我を受け入れるは相当痛みを伴う故」

 なれば先に、と言う彼に恐らく悪気はないのだ。たぶん、天羽たちとは根本的に性への認識が異なるのだろう。その言葉だけでこれから起こることへの恐怖と好奇に眩暈がするような天羽とは対照的に、彼は自分の言葉を実行するため、天羽の性器を柔らかく口に含んだ。存分に熱を集めて反り立つ性器に当たる牙と、熱い舌の刺激は酷なほど。吐息だけで絶頂を迎えてしまいそうに臨界点の近い天羽を知ってか知らずか、彼は舌先で鈴口を嬲る。その、悦楽ときたら。呆気なく、声にもならない悲鳴を残して弓形に背を反らせ、天羽は達する。吐き出される白濁の体液を口で受け止めながら、天羽の痴態を眺める銀狐は幸福そうに喉の奥で笑った。びくびくと余韻で震える男さえも、愛しくてしょうがないというふうに。囁き落とされる睦言。繰り返される甘い言葉を吐精の倦怠感に沈みながらも聞いていた天羽は、唐突に視界が引っくり返り、またも慌てた。まるで風が吹いて紙が舞うでもしたように。天羽は今度はうつ伏せで敷布の上に、転がっている。何となく嫌な予感がしてそっと後ろを顧みれば、銀色の獣が顔を近づけながら、声を落とすところだった。天羽、と名を呼んで。

「腰を上げておくれ」

 やはり。四肢で囲われるように巨躯持つ狐に跨られた天羽は、未だ燻る熱を自覚しながらもなけなしの矜持に唇を噛んだ。解っている。天羽がうつ伏せになり、腰を突き出しでもしない限りは、彼は天羽の中には入れないのだろう。そして、此処まで受け入れてしまった以上、天羽もいい加減に腹を括ったつもりで、あったが。いざとなれば理性がキリキリと胃を痛める。恐らく到底人など及ばぬ体躯の獣の楔は、規格外の大きさに違いないのだ。それを後孔に受け入れ、あまつさえ行為の為には彼に尻を突き出すような格好を取らなければいけない。果たしてその羞恥の連鎖に天羽の思考は保っていられるのか。はっきり言えば、自信はない。正直、ない。

「天羽、どうしたえ?気分でも悪いか?」

 しかし、彼は言う。気遣わしげな声音。天羽の首筋に性的ないやらしさを全く感じさせない仕草で擦り寄り、顔を覗く。甘やかされている。解っている。解ってしまった。灼銀は、どうあっても、天羽を愛しく思ってくれる。その身は妖、基、神仙。一山と一洞を治める真君の身でありながら、何の取り得もない高が妓楼の放蕩息子に熱を入れ、全身を使って愛してくれる。もう解っていた。彼は天羽を心より求める。そして、その想いは天羽も、同じ、だ。

 覗き込んでくる獣の鼻先に唇で少しだけ触れた。ちゅ、と音を残せば、驚いたように見開かれる真紅にそっと微笑み、天羽は散々嬲られたせいで重たい下半身を引き摺ると、よろよろと腰を持ち上げる。無言のままに了承の返事を返した天羽に、彼は甚く感激したのか、親愛の頬擦りを数回すると、ひたりと身を寄せてくる。明らかに解る、彼の昂ぶり。後孔に押し付けられる熱の塊のような獣の男性器に身を竦ませれば、ゆっくりな、と静かな声が耳へと吹き込まれた。彼の前足が肩の前で踏みしめられる。力を込めた獣の腰が、天羽へと身を埋めようと進められる。ぐちっと、濡れた音。散々に愛撫を受けていたせいだろう、出血などという悲惨な事態にはならなかったが、それでも、痛いものは痛い。押し入ってくる圧倒的な質量に、息さえも侭ならない。止まりそうになる呼吸を、彼の声が促す。息をしてや、と言う声音の、優しいこと。まるで今、正に背後から自分を犯している獣の声とは思えぬ心地良い音色に、天羽は汗を滲ませながら、うっとりと聞き惚れた。ずりずりと内壁を抉る男性器に、痛みと苦しみを感じながら、それでも、満たされる。甘い、吐息。吹き込まれるのは、灼銀の幸せそうな声。温かい毛皮に存分に包まれて、天羽は、一体感に酔いしれる。

「天羽…埋まったえ。苦しいか?」
「ん…すこ、し…」
「堪忍してな。主に悦をやれたら良いのだが…初夜ではそうもいかんて」

 堪忍な、ともう一度だけ呟いて、ずるりと灼銀が埋まった性器を動かした。天羽の呼吸が十分に落ち着いたのを、見計らってのことだろうが、それでも急激な刺激に天羽は溺れた人のように喘いだ。意味にならない言葉が落ちる。痛みと、痛み。内壁を擦りあげる硬い男性器と同時に零れるくちゃくちゃっという水音が居た堪れない。だが、時折その頭部がある一点を突く度に、天羽の声が艶めいて震えるのに、恐らく灼銀はとっくに気付いていたのだろう。気がつけば、彼はその場所を重点的に責め立てている。こつこつと粘膜壁を刺激されて、天羽は思わず唇を噛んだ。しかし、止めや、という優しい声と共に獣の舌先が天羽の唇を舐め、呆気なくその堰は打ち崩される。

「や、あ、…っ」
「…、天羽、」
「う、あ、灼銀…っ」
「解っておるて。…主の中で放っても良いか?」

 意味も解らず必死で天羽は頷いた。ただ、膨大な快楽と痛みから逃れたくて頭を振った天羽に、押し寄せるのは刺激。がくんと身体全体が揺れるほどに腰を突き出され、揺すられる。ぐちゃっと音を立てて性器が出し入れされる様子が、生々しく想像できて天羽は堪らず痛みと他の何かで濡れた眼を強く瞑った。天羽、と獣の優しい声が快楽で濡れている。嗚呼、彼も同じなのか、と思えば唐突に胸が満ちて、天羽は痛みと快感の中で小さく微笑んだ。

 そして、一際強く悦楽を覚える場所を彼の性器が強く突き上げて。天羽は声にならない悲鳴と共に達した。先程よりも長い吐精は内にいる彼の性器をも強く締め上げてしまう形となり、内壁で露骨に感じる彼自身が数秒遅れて、ぞわりと震えた。ぎゅうっと抱きしめるように獣の身体が天羽を圧迫し、次いでぶわと温かい体液が天羽の中で弾けた。絶頂を迎えたばかりの身体には強すぎる刺激に震える天羽に、濃厚な白濁が注がれる。熱そのもののような。天羽の内に留まりきれない精液は、ずるりと己を抜き出した獣に続くように、どろどろと内股を伝って流れ出す。その感覚が不快で、心地良い。崩れ落ちるように膝を落とせば、天羽、と獣が名を呼んだ。もう何度繰り返されたのだろう。すっかり彼の声音で呼ばれることに慣れてしまった天羽が気だるげに顔を向ければ、優しい真紅と眼があった。

 微笑む。手を伸ばす余力もなく、ただ笑えば彼は嬉しそうに喉の奥で鳴いて、天羽に擦り寄ってくる。銀色の美しい獣。天羽を抱いた彼は、もう他に何も言うことはないように、ただ、その言葉を口にする。相変わらず優しい音で。

「天羽、我と一緒に来ておくれ。共につがいになろうえ」

 つがいに。その本当の意味を、天羽はよく解っていないのかもしれない。神仙と人と、どれほどの時間が許されているのか。けれど、天羽は何を捨てることになっても、何を見限ることになっても、今目の前の優しいけだものと離れたくは無かった。惜しみなく愛情と恋情をくれる彼とならば。《つがい》でも良いと思った。手を伸ばせば、確かに存在する、彼と。だから、天羽は言の葉を作る。一生消えることのない約束を口に乗せる。微笑んで、彼を愛そう。

「ああ…行くよ、灼銀」






 一緒に。






 翌朝、七日もの間、街に降り続いた雨は止んだ。金雀枝が薫り高く咲き誇る中を人々が笑顔で通り過ぎる中。街の中央にある、とある高級妓楼から大旦那の一人息子と一人の遊女とが、二人揃って忽然と姿を消していた。


06/06/01

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