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1 首尾の松
 威圧的な電子音は一向に鳴り止む気配がない。  尾神静牙(おがみ しずが)は鈍い呻き声をあげると寝返りを打った。百九十を超える長躯が沈む布団は昨日の内に誰かが(十中八九住み込みのお手伝いである佳代さんだが)干してくれたお […](更新日:2016月10月16日)
2 引手茶屋
 尾神家前当主であり静牙の祖父である尾神清牙(おがみ せいが)は正真正銘尾神一族の偉大な「親父さん」であった。  祖父は主に女性と賭け事における奔放さで祖母や母を散々に泣かせてはいたが、仁義に厚く弱きを助け強きを挫く生き […](更新日:2016月10月16日)
3 初会
 本作品は性描写を含みます   徐々に傾いてきた西からの陽光が廓の町並みを焼き尽くすように差していた。  前を行く小柄な男は晩夏にも関わらず榛色の羽織をまとい、まだ日暮れ前だというのに茶屋の屋号が入った箱提灯を提げている […](更新日:2016月10月16日)
4 裏を返す
 夢を見ていた。果てのない闇の中は茫洋とした空気に満たされ寒くもなければ温かくもない。静牙はそんな空間に上も下もわからぬままぽっかりと浮いている。ぼんやりと見下ろした自分の身体は見慣れた人間のもので、なぜか一糸もまとって […](更新日:2016月10月16日)
5 馴染み(前)
 信号が青に変わる。ほんの一瞬無人となるスクランブル交差点にはすぐさま歩行者が流れ込み、人波に押し出されるような形で静牙もスニーカーの足を路上のストライプへと踏み出した。大学から自宅への通学経路において唯一の大通りは人と […](更新日:2016月10月16日)
6 馴染み(後)
 本作品は性描写を含みます   宵の喧騒、すれ違う人々は憔悴しきった現世の男を怪訝な目で見ながらも声をかけることはしない。あの世もこの世もおんなじだ。皆、己の安寧を害してまで人と関わろうなんざしやしない。「この世」に楽土 […](更新日:2016月10月16日)
7 心中
 目が覚めるとまだ部屋の中は薄い闇が支配していた。どことなく気怠い身体を引き起こしながら記憶を辿る過程で己が一糸まとわぬ姿のまま畳の上で寝ていたことに気付く。見下ろした手は確かに人間のもので、触れた顔は確かに人間のもの。 […](更新日:2016月10月16日)
「暗夜戀心中」後記
「暗夜戀心中」完結までお付き合いいただきましてありがとうございます! 普段完結した作品は後日談として短編をアップしていくことが多いのですが(今回もそうする予定ではありますが)、諸々語り足りないところもあるので後記という形 […](更新日:2016月10月16日)
黄金鹿の花妻 一、女郎花
 淋の国の西南に位置する宗山(ソウザン)は広大な尾根を持つ国内屈指の名峰である。青々とした木々が立ち並び、小さな花々が咲き乱れ、美しい小川、豊かな湿地帯を幾つも抱き、その恵みは麓の村々へももたらされる。南方に延びる街道は […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 二、葛
 宗山の中腹、山頂からも麓の村からも離れた森の中に萩の生まれ育った家はある。広葉樹を切り開いた土地はそこだけぽっかりと日が差し、大きな陽だまりのように暖かい。薄暗い獣道から出てくると、いつもその明るさに目が眩みながらも心 […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 三、桔梗
 最初に弓を与えられたのは七つの時だった。  竹を削って歪曲させ、麻を拠った弦を張っただけの簡素な品ではあったが、幼い萩が目を輝かせて手に取るには充分だった。畜産がほとんど行われていないこの地域にとって、狩りは貴重な獣肉 […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 四、撫子
 どこか遠くで長く長く鳶が鳴き、峰々に反響してはこだまとなる。  長月が急ぐように過ぎ、神無月に入って数日。山は徐々に粧う準備を始め、遠目に見える高地は紅や黄へ日に日に変容していく。憎らしいほどの晴天に風は乾いて緩く、ど […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 五、芒
 重湯を煮る。米の香りは水に溶け、冷ややかな空気を少しだけ退けてくれる。ぽってりした汁をお椀によそり、温度を吸った木の器を両手で包んだ。こぼさぬように盆にのせると、匙を添える。起き上がれるのかどうかもわからない。ただ、何 […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 六、藤袴
 二羽の木菟が夜を通して連れてきた医師は非常に有能だった。  若白髪混じりの癖毛に大きな薬箱を担いだ男は手慣れた手つきで患者の脈を診て薬を飲ませ、一昼夜ほど滞在するとすぐに次の村へ向けて去って行った。無論、処置を受けた養 […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 七、萩
 踏み入れた足裏が落ちた葉に包まれてふわりと沈む。土の匂いが色濃く匂いたち、樹齢数百年を超す古い巨木の小道をゆく。肉厚な樹皮の合間を縫うように生い茂る羊歯はまだ鮮やかな緑色を掌のように広げている。古い森だった。萩も普段は […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 了
「もういいってば、ばあちゃん!」 「いけません!神仙様のところへそんな格好で行かせられますか!」  神無月吉日。山はすっかり秋の装いを深め、朝晩の空気は澄んで霜を伴う。だが、昼餉の時間を過ぎればまだ日差しは充分に温かく、 […](更新日:2016月10月23日)
野花に白露
 風が吹いては音もなく一葉、一葉。鮮やかな色彩は日毎色褪せ、なにもまとわぬ寒々しい枝が増えていく。時は進み、巡る季節に里山も街も森も例外はなく、それはここ、菘明山刹谷洞も同様である。  深山に深く根を張る大樹のごとき聖域 […](更新日:2016月10月23日)
春雷が呼ぶ
 彼方の空を這い回っていた遠雷が雨雲を伴って徐々に近づき、やがて降り始めた雨粒は未だ固く閉じた蕾や若芽を急かすかのように叩く。次第に強まる雨脚が白い帯のように山を撫でれば、一足早く顔を出した下萌えの上を幾度もすべり落ち、 […](更新日:2016月10月23日)
夜鳥の巣
 暗闇は二羽にとってなんの障害にもならなかった。 音もなく翻る翼は立ち並ぶ木立の隙間を危なげなく縫い、月が照らしあげる夜を鋭く柔く裂いて行く。耳元で鳴る風は若葉の匂いを含み、金色の瞳には静かに滑る影しか映らない。まるで先 […](更新日:2016月10月23日)
嵐の夜に(花散里の愛月)
 雷鳴が鳴り響く。その昔、龍は雷から生まれると聞いたことがあった。腹の底に振動する重低音を唸らせ、重たく垂れ込めた暗雲に紫電を走らせる様はなるほど、確かに龍に似ていなくもない。  格子窓に叩きつける雨粒を眺める。曇った玻 […](更新日:2016月10月23日)
嵐の夜に(宵々夜の花嵐)
 いよいよ嵐が近づいていた。うねる風に暴れる森の木々。叩きつける雨粒の勢いは増し、轟く雷鳴は闇夜を真昼のように明るく照らす。  けれども、山の斜面を穿つように造られた洞穴の宮にまでは自然の猛威は届かない。狭い入り口と幾つ […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月1
斉の国 南方山中に翡翠の湖あり 名を浬鳴湖(りめいこ)という かの大池 国を潤す梁江(りょうこう)の源とされれば 篤く尊ばれ 龍神住まうとされる ―龍は人の嫁を取る― 古き言い伝えに従って 花と楽と生娘を捧ぐ祭 未だ 辺 […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月2
 かたかたかたと、散里を乗せた籠が揺れる。  辺りを包むのは、龍神の加護を讃える楽の音と暗闇。大勢の人間が籠の周囲を一緒に歩いていくのが気配で解る。散里は籠の出入り口である御簾の向こうに覗く、微かな闇を眺めながらぼんやり […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月3
 水の音が聞こえた。  だからというわけでは恐らくないのだろうが、散里はふと眼を覚ました。見慣れない天井。記憶が曖昧だが、しかし、それが自室の太い梁ではないということは解った。異様に天井までの距離が遠い。張り巡らされた梁 […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月4
 日は二度沈み、二度昇った。部屋へとやって来るのは碧雲ばかりで、かの龍の姿はあれ以降散里は見ていない。何も訊かぬ散里に何を思ったのか、碧雲が御方は御勤めがお忙しいので御座います、と言って慰めてくれた。すぐに片付けられて此 […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月5
 本作品は性描写を含みます   彼に抱きかかえられたまま、訪れたのは散里がこれまで過ごしていた奥宮とは違う場所だった。水晶の咲き誇る回廊を抜け、黒い大きな柱の間をくぐれば、巨大な石の門があって、それを人の姿をした龍が押し […](更新日:2016月10月23日)
天楽の昼下がり
 空を往く。一匹の漆黒の龍が水中を駆けると同様に、天空の海を駆けていた。巨躯が風を切る度に、雲が裂け、旋風が起こり、ふわりと涼しい風が散里の頬を撫でる。高い、高い、空の上。真っ直ぐ前を向けば、視界を埋め尽くすのは白い雲と […](更新日:2016月10月23日)
恋を知る花
「主は伴侶を貰い受けはしないのかえ?」  目の前で優雅に茶を啜っていた純銀の大狐を本性とする神仙は唐突にそう言った。  長い髪に真紅の瞳を有する彼は、幽蕾山霞晶洞が主、銀紗羅真君。かつて袁王が三世の世を荒らしまわった折に […](更新日:2016月10月23日)
翡翠之薫風
 蓮崋山玲央洞は浬鳴湖が中心に位置する。  標高こそ低いものの、その周囲を莫大な水量を湛える翡翠色の湖に囲まれ、更に洞への入り口である大門を水中に設けることにより、神域としての必要不可欠な清浄さを限りなく保ち続けている。 […](更新日:2016月10月23日)
比翼の鳥が如く
 夜毎涼しい風が吹くようになってきている。雨が降る度に気温は下がり、夏の終焉を知らせてくれる虫たちの音が微かだが耳に残るようになっていた。  葉月の終わり。もうすぐ処暑を迎えようかというある晴れた日。浬鳴湖の中心部に忽然 […](更新日:2016月10月23日)
月に香りて白梅や
 ふと、眼が覚めた。温かなぬくもりの中で眼を覚ます要因などあろうはずもないのに、散里はもぞもぞと身を捩る。まだ尚暗い、弥生の早朝。部屋の中に灯された篝火だけがゆらゆらと澄んだ空気に影を作り、あとは高い天井に反響する水音が […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐1
 東山道(とうざんどう)は斉(サイ)の国王都から壽(ジュ)の国までを繋ぐ千里を超そうかという主要街道である。  日々、何万とも知れぬ行商人や旅人が道を行きかい、彼らの発するざわめきや金がやがて道沿いに街を作る。この桂芳( […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐2
 今宵も雀小路に暮れの気配が迫る。しっとりと濡れた空気は昼過ぎまで降っていた煙雨のせい。湿気のせいできしきしと軋む廊下を歩くのは立待亭の妓女、月草。今日も憂鬱な表情を整えることのない長い髪の向こうに隠し、そろりと吐き出す […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐3
 細く針のようだった月は徐々に肥え始め、立待亭には再び日常の景色が戻っていた。  あの日、結局彼はみっともなく泣き出した月草を宥めすかしただけで妓楼を後にした。何が何やらわからぬまま、嵐のように現れては去って行った男。突 […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐4
「王手」 「お?」  紅で「相」と書かれた丸い駒を細い指先が一手動かし、先手から後手へ手は移る。縦横九本の線が引かれた盤上には二色の駒が古の戦乱を模して配置され、さながら耳を澄ませば剣戟や馬の嘶きが聞こえてくるようだ。戦 […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐5
 夢を見ていた。  はっきりとそれが現実ではないと知れたのは、一面に広がる銀色の野原のせいだ。見たこともない草木がゆらゆらと吹く風に揺れている。空は何処までも深い紺碧で散りばめられた金石の如き星が時折ちかちかと瞬いたり、 […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐6
 振り返る。予めわかっていたその姿。土色の髪。まるで棒のような痩躯は圧迫感など皆無であるはずなのに、何故か月草の心にこうも恐怖を煽らせる。細い眼から放たれる視線がじっと此方を見ている。血の気のない唇。牙など見えるはずもな […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐7
 無意識の内に後退しようとして背後にある大樹に気付く。男は相変わらず薄笑いの表情を浮かべて、まるで体重など感じない足取りで森の中を進んで来る。小枝を踏み折る音さえ聞こえない。生き物の気配に満ち溢れながらも静寂が支配した空 […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐8
 どうやって此処まで来たのか、月草には道中の記憶がさっぱりない。  気が付けば月草のしがみ付いた戌神は森の中に忽然と現れた岩肌に開いた洞穴に滑るように入って行くところだった。夜の気配とは違う湿った空気が身を包みこむ。しん […](更新日:2016月10月23日)
食欲性恋愛衝動 1
 物音が遠くから近づいてくる。なんだろうか。給餌の時間にはまだ早いはずだ。  目を開けると目の前には常と変わらぬただ薄っすらとした闇だけが広がっていた。ほぼ無意識のうちに舌を素早く出し入れすると、二股に別れたそれは鋭敏な […](更新日:2016月10月29日)
食欲性恋愛衝動 2
 端的に言うと、メルキュリアは非常に優秀な男爵のつがいとなった。  彼は男爵との交尾を拒むことは一切なかった。舌同様二股に別れた生殖器を二つの穴で咥え込む様は淫靡で妖しく、また男娼としてあるまじきことに演技というものを知 […](更新日:2016月10月29日)
食欲性恋愛衝動 3
 悲鳴のような泣き声はこの世の終わりのように響き渡り、ある者は苛々を募らせ、ある者は不安定になり、ある者は胃痛を悪化させた。他方、館を取り仕切る役目を持った男はといえば、眉間に深い皺を刻んでいつものように仁王立ちで腕を組 […](更新日:2016月10月29日)
きらわないで、メアリ・アン
 後ろ手に閉めた扉がバタンと鳴って外界との拒絶を明確にする。「蜘蛛の巣」へと戻ってきた青蜘蛛は毛の長い絨毯を一歩一歩踏みしめて歩きながら、眉間に寄った皺を揉む。  ここにはどんな雑音も届かない。たとえ鉄の牢獄を震わせる蝙 […](更新日:2016月10月29日)
僕らはジャックにはならねどもかぼちゃのパイは美味しくいただく
 気がつけばキッチンの片隅でそれは異質な存在感を放っていた。鮮やかなオレンジ、大きさは子供の頭よりも更に大きく、大の大人がどうにか両手で抱えられるくらいだろうか。これほど巨大なかぼちゃをギムレットは見たことがなかった。い […](更新日:2016月10月29日)
結局のところ幸せになりたかったんだろ、パンプキンヘッド?
 それは不幸な事故だった。  赤髪赤眼の古い友人が今日はハロウィンだろとそう律儀な性格でもないくせにかぼちゃのパイと巨大なジャックオランタンを持参したのが一時間前。アンティチークの帰還にあわせてお茶の時間にしようかと湯を […](更新日:2016月10月29日)
トリックオアトリート!(お客様次第でどちらでも!)
「青蜘蛛様」  背後からかけられた声に振り返ればそこには全身を包帯でぐるぐる巻にされたミイラ男がいた。一瞬面食らった男娼館の主人はそうか今日はハロウィンかと暦を思い出して平常心を取り戻す。娼館に住まう男娼から従業員に至る […](更新日:2016月10月29日)
キャット&バスルーム
「今日こそ風呂に入ってもらうぞ、シガロ!」  目の前に立ち塞がる壁は一歩も退く気がない意志を示すように仁王立ちとなり、嫌々見上げた長躯に据えられた顔は常ならぬ厳しい表情だった。数十分にも及ぶ追いかけっこの末、廊下の隅っこ […](更新日:2016月10月29日)
人生上のアリア
 厚さ一センチに及ぶ書類の束の最後の一枚まで漸く眼を通し終わり、アリスゼルは深く息を吐いた。  かつて猫が支配していたギルド南館のホールに人影はない。正確な時刻は解らないが、すでに明け方近いのだろう。たとえ夜が本番の《ヤ […](更新日:2016月10月30日)
ノスタルジック・エイジア
 アカシアの花から甘い香りが漂ってくる。  熱帯性の気候を有するヤツハカは年中蒸し暑く、過ごしやすい午後とは縁遠い土地なのだが、それでも今日は何の気紛れか随分と心地よい風が東の方から吹いていた。そよそよと耳をくすぐる風に […](更新日:2016月10月30日)
午後三時のバターナイフ
 男娼館《Spider》は上空から見ると巨大なロの字を描いているように見える。  南側に当たる正面玄関と薔薇園から見れば単に立方体の巨大な屋敷のようなのだが、三階建ての本館を奥に向かって進むと東西の端に渡り廊下が設置され […](更新日:2016月10月30日)
冷めたスープのような幸福
「シガロ、」  低い声が耳を打つ。柔らかい温度が全身を包んでいて、寝返りを打つとふかふかと肩口が布の海に沈む。この温もったベッドから逃れるのは拷問に等しい。不満を示すように尾を振るが、肝心の相手には布の中に埋もれて見えて […](更新日:2016月10月30日)
荊の下でさえ猫は鳴く
 雨が降り続いていた。深く沈んだ曇天はどれほどの水を貯えているというのか、降り止む素振りも見せず白く煙る雨を降らせ続ける。濃密な水の匂い。ばしゃ、と一つ水溜りを踏みしめると、シガロは漸く辿り着いたアーチに人知れず息を吐い […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 1
『―西暦2998年。三回目のミレニアムを間近に控えて浮かれ騒ぎに身を投じていた人類を襲ったのは、聖人の奇跡などではなく、九度目の世界大戦だった。  過去八度も繰り返された戦争の教訓を結局生かすことは出来なかった。世界平和 […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 2
 視線があった。何しろ此方は六つも眼があるのだから、圧倒的に不利である。  射抜くような鋭いイエローゴールド。短く切り揃えられた髪は深いオリーブグリーン。その耳はやはりくすんだ濃緑の鱗に覆われ、そのまま首筋へと繋がってい […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 3
 監獄の中は暗く、冷たく、そして寒かった。人の気配は立ち消えて、痛いぐらいの静寂。「最低限生きていけるだけ」の栄養は常に透明な管によって強制的に摂取させられていた。ピッピッ規則正しく続く電子音。視界の隅を黄色い液体が流れ […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 5
 男娼館Spiderの重厚なエントランスを何時も通り顔パスで通り抜け、シガロは「COBWEB」と書かれたドアの前までやって来た。  姉に会う為にはこの男の部屋を通過しなければならない、ということは解っていたのだけれど。い […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 4
 シガロ・ゼムンは再生復興都市No.6《トードホール》のスラム街にある小汚いアパートメントの一室で生まれた。  両親は共に人間で、二年前に生まれたシガロの姉もまた人間だったが、社交界に出席する訳でもなく、上等な教育を受け […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 6
 夜が更ける。煌々と輝くネオンの明かりを飲み込むように夜が迫ってくる。熱気はとりあえずの落ち着きをみせつつも、日の出の灼熱を焦がれるように地面の下に燻っている。遠い喧騒。甘ったるい腐りかけの果実が緩い風に乗って流れてくる […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 7
 にやにや笑いだけを残した猫は果たしてそれ以外の全てを何処にやったのだろうか。  シガロ・ゼムンは今までの人生に誇りなどない。名誉もない。愛情もない。名声もない。金などもってのほか。けれど、シガロはこれまで生きてきた中で […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 8
 午前十一時。昼の中途半端な時間を照らす太陽の日差しは強く、街は熱気に包まれていた。遠くに見える建物が陽炎でゆらゆらと歪んでいる。白色の空は乾いているようで、しかし、相変わらず空気はたくさんの湿気を含んでいる。熱が体に纏 […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 9
 新世界暦3051年、または死神暦696と45年の九月第二週。有り触れたカレンダーの一日。有り触れた午後の茹だるような暑さの時間。有り触れた喧騒に包まれていた《ヤツハカ》の街を、一発の轟音が揺るがせた。  その日、隊列を […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 10
 結論から言うと、ボルドー・カッツィアは見事に「私の城」に返り咲いた。  あの日の出来事は「表向き」過激派テロリストによる反機構活動とされた。公式発表によれば、殉職者三十六名を出しながらも、WROの隊列は奮戦し、テロリス […](更新日:2016月10月30日)
STEEL WOLF on the BED
 何処からか犬の遠吠えが聞こえて、ギムレットはピンと耳を立てた。薄昏い月光に照らされた、これ以上なく散らかった部屋。その真ん中に正に主役と言わんばかりに鎮座する堂々とした広いベッドの上、腹這いに寝そべっているのは大きな犬 […](更新日:2016月10月30日)
UNCAGED RED DESIRE -r
 アリスゼルが青蜘蛛の元を訪ねたのは、あの騒動から五日後。今日から遡って七日前の話である。  恋人ができる。キスをする。抱きしめ合う。そして、その後の展開と言えば、昨今道端の野良猫に訊いても、間髪入れずに正しい答えが返っ […](更新日:2016月10月30日)
UNCAGED BLUE DESIRE
 目の前で繰り広げられている光景が夢であるのならば楽で良いのだが、という夢想を抱いたアリスゼルは、一度その真紅の瞳を閉じてみた。一、二、三。真っ黒な視界から逃れる為に眼を開く。目の前の光景は、相変わらず。仕方なく、アリス […](更新日:2016月10月30日)
UNCAGED RED DESIRE -b
 本作品は性描写を含みます   ばさりと身に纏っていた服を脱ぎ捨てる。今正に夜を迎えようとしている窓の外は一面の紫苑から紺青へと変わりつつあり、鮮やかな色水を流し込んだようなその空の色を惜しみながら、アリスゼルはカーテン […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 1
 紫煙が湿気を押しのけて、空へ昇る。街を少し離れ、深い密林に敷かれた街道を一人の青年がのんびりてくてく歩いている。  褐色の肌は透き通るような不思議な色合いで何事にも例え難い。手足はすらりと長く、どちらかと言えば華奢、だ […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 2
 噎せ返るような熱気が空気という空気に満ちている。息を吸い込めば、纏わりつくような湿気が肺まで到達するようで、誰もが恨みがましげに空を見上げるが、そこには爛々と輝く炎の天体が堂々と鎮座しているだけだ。抜けるような青い空。 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 3
 容赦ない弾丸の嵐によって最早板切れと化したテーブルが、ぎぎぎ、と楽しくない音をたてて崩れ落ちた。見渡す限りにテーブルというテーブルは穴が空き、椅子という椅子は引っくり返り、一部は見事に木っ端微塵。おまけにカウンターの向 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 4
 その後。  蚤という名の侵略者から己の身を救う為、駆除剤を手に入れたアリスゼルは、何となく成り行きのまま、身体中の毛皮を蚤という名の悪魔に受け渡してしまった犬までまとめて救う羽目になり。狭い自宅のバスルームに、一人と一 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 5
 朝。薄ぼんやりと開いた瞳の隙間から差し込む日差しでアリスゼルは大まかな今の時刻を知った。今日も暑くなるのか、窓硝子とカーテン越しにすでにギラギラとした太陽が覗き、殊更憂鬱な気分を煽るが、一年を通して太陽がない朝の方が珍 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 6
 ―あれから三日。  軍部は何をもたついているのか、それともアリスゼルの棲家が簡単に発見に至るには足りない余程のあばら家なのか、三日間、即ち七十二時間経過しても何の音沙汰もない。無論、彼らがすでにアリスゼルと、そして目標 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 7
 眼が覚める。  むくりと起き上がって時計を確認するとすでに昼過ぎ。相変わらず真紅の髪をがしがしと掻き回しながら、何時も通りアリスゼルはベッドヘッドの煙草を手に取る。ジッポーで火を点けて、まずは一服。ゆるりと舞い上がる紫 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 8
 《ヤツハカ》で最も巨大で最も荘厳な建造物。それは街のほぼ中心に位置する世界復興機構第十七分団支部だと言える。白亜の石造りの外門を正面に、ひたすら白い壁の建物がまるで一個の小さな街のように広大な敷地に広がっており、周囲は […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 9
 哀れな研究員ヤン・ゼーヴィスが言っていた階段は割りと簡単に見つかった。重厚な金属のドアをIDで開き、ぽっかりと口を開けた階段をほぼ踊り場を足場に跳躍する形で下りていく。何か、もっと、エレベーターとかないのかこの建物。腹 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 10
 結局。あの後、混乱した現場から紛れるように逃げ出して、どうにか軍部の証人喚問に召集される、などという自体は免れ。その足でほとんど真夜中、迷惑も省みず叩いた《病院》の《医師》は、大層呆れた顔で傷だらけの一人と一匹を迎えて […](更新日:2016月10月30日)
コルコバードの月抱けば
 小さな鍋にくつくつと沸いた湯の中で、じゃがいものニョッキが道化師が得意なジャグリングのように踊っていた。  外は夕暮れ時。天窓からは斜めになったオレンジ色の光が差し込み、キッチンを鮮やかに染め上げている。ごく慎ましいス […](更新日:2016月10月30日)
優しい口付けのようなアルティチュード
 日が暮れようとしていた。何百、否、何千何万もの人々に踏みつけられてきたスラム街の路地の土が湿り気を帯びる。普段、歩き慣れた苦楽商店街を少し離れ、ネーヴェもその土をやはり踏みつけて歩いていた。落ちかけた西日が建物と建物の […](更新日:2016月10月30日)
夜話にウォッカマティーニを ~ Seconds!
 ぼんやりと意識が目覚めた。視界は生成り色の柔らかな布。まだ起動を始めて間もない頭が考える。これはベッドだ。当然だ。鼻先を掠める自分の匂い。沈む身体は極上に重たいが、此処は確かに自分の寝床。青い瞳に映る世界はすでに明るく […](更新日:2016月10月30日)
夜話にウォッカマティーニを
 アリスゼルは半眼になって目の前の惨状を見下ろした。  惨状。そう正しくそれは惨状と言っても良いだろう。ドーム状に繰り抜かれたみたいな部屋にはふかふかの真綿と水苔が、いっぱいに敷き詰められ、ともすれば足が取られて転んでし […](更新日:2016月10月30日)
夜話にウォッカマティーニを ~ EMPTY!
 ぶわっと紫煙が刷ける世界の向こうからエンジン音がやってくる。  戦闘の余韻に興奮している二匹の大蛇は早々に下がらせ、一人夜明け前の空を眺めていたアリスゼルは、射抜くような真紅の瞳をゆったりと音のする方にやった。遠めに見 […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 1
 漸く氷の礫のような雨が止んだ、早春だった。  気温は日ごとにぐんぐん上昇し、乾ききった冬の季節を経て、ちょうど良い具合に水分も得た大地は活力を取り戻し、そう、ブラックマーケットの舗装されていない僅か十センチ程度の店と店 […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 2
 地下室の改築に要した時間は約三日だった。元よりネーヴェが保持していた膨大な量の書物やガラクタは、三つあった地下室の中の一つに集められ、階段を降りてすぐの最も広い部屋は総タイル張りの床が漸くお披露目となり、アンティークの […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 3
 本日、八の第二周期、四日目。世界は事もなく、茹だるような、蒸しあがるような熱が続く街、《ヤツハカ》の片隅。獣商を営む一人の異形の青年―ネーヴェは長い髪を高く結い上げ、くぉんくぉんくぉん、と気の抜けた音を発するファンが、 […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 4
 二つの卵が感動的な孵化を遂げてから今週で約半年。言い換えて六ヶ月。季節は早春から初秋へ移った。しかし、年中最低気温が十七度を下回ることのない《ヤツハカ》では、秋めくと言ってもそれは路傍の草や低木のこと。確かに頬を撫でる […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 5
 今まで地下に降りるに当たって、憂鬱な気分になったことなど、ただの一度もなかった。だが、現在、ネーヴェは憂鬱だ。しくしくと何か得体の知れない棘が引っ切り無しに心臓を苛み、指先が痺れてくる。階段の上から下までは僅かな距離。 […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 6
『ネーヴェねぇ…難儀な名前』  開口一番、彼女がそう言った言葉のアクセントまでも、ネーヴェは正確に覚えている。紫煙を燻らせ、ツンと尖った顎が女性らしからずスタイリッシュな彼女は《ネール》という名を持っていたが、ネーヴェは […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 7
 一つ大きく息を吸ってから、鍵を開ける。それは掛けた時とほぼ同様の、がっちゃんという金属音をたてて、静かに開かれた。何時も通り緩やかな空気が支配した空間が出迎える。何時もと、以前の《何時も》と違うのは賑やかな出迎えの声が […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 8
 本作品は性描写を含みます   そもそも異形というのは身体に余分なパーツが多いもので、それが頭部や顔ならばまだ良いのだが、首から下となれば人間用に作られた服が全く持って着用に不便だという重大な問題を抱えることになる。無論 […](更新日:2016月10月30日)
君と僕の記念すべきなんでもない夏だから
 夏休みを一週間後に控えた放課後の教室は浮ついた空気に満ちていた。  期末テストが終わった今、あとは補講と球技大会ぐらいしかこなすべきイベントはなく、それが終われば全校生徒が待ちに待ったと言っても過言ではない夏休みの到来 […](更新日:2016月10月30日)
祝福すべきは平々凡々たる僕らの日常
 夏だ。夏休みだ。学生にとって夏といえば夏休みであり、夏休みといえば夏といっても過言ではないくらい、愛すべき季節が今年もやってきた。  連日の猛暑を諸共せず部活動に励む者もいれば、涙ぐましい労働でお小遣いの底上げを狙う者 […](更新日:2016月10月30日)
その他 碧の蛇王0
ラクルカント王国 - Kingdom of the Lacrcant -    西方をアリーティア海に面し、その他三方を果ても見えぬ砂漠に囲まれた王国。  国土のほとんどは荒涼とした荒野と白亜の砂漠だが、キリーヒ湖をはじ […](更新日:2017月10月22日)
その他 碧の蛇王1
 熱く乾いた風が吹き続ける乾季も半ばを過ぎた頃だった。  今年はもうないだろう、と神官たちが胸を撫で下ろした頃合いを見計らったかのようにそれはやって来た。青く澄み渡る空の向こう、一筋の灰色の雲がむくりと鎌首をもたげたかと […](更新日:2017月10月22日)
その他 碧の蛇王2
「我が名はラフィーガ。本来の名は伝統と威厳に溢れるそれはそれは美麗なものだが、いささか人間には発声しにくいのでな」  これならおぬしも呼びやすかろう。  そう続けた神は開口一番文句を言った割に友好的だった。  半人半蛇な […](更新日:2017月10月28日)
その他 碧の蛇王3
 その日、メドゥの元に眠りを運ぶ精霊はなかなかやって来なかった。  枕が変わったのもあるだろうし、何より昨日まで身を埋めていた狭くて固い箱とは雲泥の差の寝床がちっとも落ち着かない。神様の奉仕役になったからといって、メドゥ […](更新日:2017月11月3日)
その他 碧の蛇王4
 一番鶏が鳴く。高窓から差し込む光は床の上に美しい薄紅色の模様を描き、開いたばかりの瞳に触れる空気は清冽だった。 「………」  背後から聞こえてくる寝息は穏やかで目覚める気配は微塵もなく、あれほど頑なに拘束していた腕もど […](更新日:2017月11月11日)
その他 碧の蛇王5
 こうしてメドゥの予想とは少し異なる蛇神様との生活は幕を開けた。  ラフィーガ、と自ら名乗った神様は逸話通り神として相応しい要素を確かに持ってはいたけれど、基本的には気まぐれで知識欲旺盛で、総括すると幼くして聡明な子供の […](更新日:2017月11月18日)
その他 碧の蛇王6
 乾季とは雨が降らぬ季節のことを言う。だから、天を焼くほどの苛烈な太陽の光は当たり前で、カラカラに乾いた大地のひび割れも当然で、井戸の水位が下がるのもいつものことであるというのに。どうしてもメドゥは不安を拭いきれない。今 […](更新日:2017月11月25日)
その他 碧の蛇王7
 ラクルカント王国辺境の地、第七神殿周辺には相変わらず雨が降らなかった。まだ井戸は干上がらないし、噴水は絶え間なく水を撒き散らしているし、ナツメヤシも枯れていない。巡回するキャラバンによれば周辺のオアシスも豊かに水を湛え […](更新日:2017月11月26日)
その他 碧の蛇王8
「今なんと?」  正直に言ってしまえば、そのときメドゥが最も気にしていたのは果たしてこの胸の内の動揺が外に漏れてしまってはいないかということだった。  メドゥにとって感情を露わにしないことは重要な処世術の一つだった。たと […](更新日:2017月12月2日)

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