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羅生三世

落花雨の銀狐1
 雨が降っていた。白く煙るような雨だ。細かい雫が幾筋も天上から降り注ぎ、土も木々も草も花も人さえも濡らす。降り注ぐ雨音には国境も街も関係なかった。それは、曇天に覆い尽くされた斉(サイ)の国、王都も例外ではない。立ち並ぶ蘇 […](更新日:2016月9月2日)
落花雨の銀狐2
 宴が催されていた。  遊戯台の設置された広間には妓楼・銅屋に莫大な銭を落とす上客が何十人。その相手として、酌をし、舞を踊り、楽を弾き鳴らす女はそれよりももっと多い。華やかな花魁衣装に華やかな髪飾り。焚き染めた香の匂いは […](更新日:2016月9月4日)
落花雨の銀狐3
 本作品は性描写を含みます   通された部屋は上客用のようだった。一つ離れに整えられた部屋は広く、暖を取るための火鉢がちろりちろりと燃えている。瓦屋根を叩くのは水の音。今日もまだ細かい細かい雨が降り続いているようだった。 […](更新日:2016月9月4日)
落花雨の銀狐4
 風が吹く。新緑を打ち鳴らす爽やかな涼風の余韻に、山の全てが応えるかのようにざわめく。白水晶が所々に見え、豊かな山肌には美しい花が咲き、清流の流れが緩やかな音を立てる麗峰の名は幽蕾山。神仙が降りし場所だからこその美麗故、 […](更新日:2016月9月4日)
花紡ぎ人
 美しく整えられた庭先だった。もう牡丹の花弁は散ってしまったが、それに変わるように初夏の花が咲く。山躑躅に夏椿、額紫陽花の密やかな花が開くかと思えば、山脈を伝って流れる銀色の小川の畔には花菖蒲が咲く。もうそろそろ梔子の花 […](更新日:2016月9月19日)
蒼天に妖の唄
 神仙は基本的に殺生御法度。当然のことながら、己が口にするものでも生き物を殺してはならぬということになっている。しかしわざわざ定められずとも、仙となれば誰もが生臭を口に入れるのを自然と躊躇うものらしい。天羽は以前は好物だ […](更新日:2016月9月19日)
月瑯々
 大きな望月が空にぽっかりと浮かんでいる。  紺色の夜空に砂金のように散りばめられた星と、並々ならぬ存在感を宿して浮かぶまん丸の月。今宵は満月。冴え冴えと射るような白金の光は常日頃よりも明るく、薄い雲から天羽の眼前に広が […](更新日:2016月9月19日)
巡り紅葉の刻を
 白い半紙を小鳥が留まった青銅の文鎮で押さえると、天羽は真っ直ぐに背筋を伸ばし、真剣な面持ちで筆を走らせた。留紺の着流しに絞り染めの羽織を肩から掛けるに留め、文机の上には硯と墨と共に古ぼけた本が一冊。恐らく長い間湿気の溜 […](更新日:2016月9月19日)
白雪の夢見る頃に
 寒椿が咲く。季節は大寒。比較的温暖な地域に属する幽蕾山霞晶洞にも僅かながら雪が積もる朝のある時期だ。  四季を計算しつくして整えられた庭は無論、春の華やかさを待って、静かに沈黙している草木が多いのだが、それでも、艶やか […](更新日:2016月9月19日)
泡沫の童遊び
 神仙には風呂に入るという習慣がない。  正確には風呂に入る必要がないと言うべきだろうか。そもそも神仙とは生物の理を超越した存在であり、その気になれば食事も睡眠も何ら摂ることなく、数十年数百年と命を繋いでいくことができる […](更新日:2016月9月19日)
蜜色の月酔い
 遠くから楽の音が聞こえてくる。高らかに弦を爪弾くのは宮廷にお抱えの一級の楽師たちであろう。性能の良い鼻と耳にはよく届く。宮廷人たちの笑い声と杯を打ち鳴らす音、豪勢な食事、芳醇な酒。席を賑わすのは美しく着飾った女たち。紅 […](更新日:2016月9月19日)
嵐の夜に~落花雨の銀狐編~
 瓦屋根を雫が叩く音がする。重たい雨戸を引き開ければ、生ぬるい風が顔に吹き付けた。嵐が来るのかも知れない。降りしきる霧のような飛沫を顔に受けながら、女はぼんやりと曇天を見上げた。  雨が降れば思い出す。まだ苦界に身を沈め […](更新日:2016月9月19日)
黄金鹿の花妻 一、女郎花
 淋の国の西南に位置する宗山(ソウザン)は広大な尾根を持つ国内屈指の名峰である。青々とした木々が立ち並び、小さな花々が咲き乱れ、美しい小川、豊かな湿地帯を幾つも抱き、その恵みは麓の村々へももたらされる。南方に延びる街道は […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 二、葛
 宗山の中腹、山頂からも麓の村からも離れた森の中に萩の生まれ育った家はある。広葉樹を切り開いた土地はそこだけぽっかりと日が差し、大きな陽だまりのように暖かい。薄暗い獣道から出てくると、いつもその明るさに目が眩みながらも心 […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 三、桔梗
 最初に弓を与えられたのは七つの時だった。  竹を削って歪曲させ、麻を拠った弦を張っただけの簡素な品ではあったが、幼い萩が目を輝かせて手に取るには充分だった。畜産がほとんど行われていないこの地域にとって、狩りは貴重な獣肉 […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 四、撫子
 どこか遠くで長く長く鳶が鳴き、峰々に反響してはこだまとなる。  長月が急ぐように過ぎ、神無月に入って数日。山は徐々に粧う準備を始め、遠目に見える高地は紅や黄へ日に日に変容していく。憎らしいほどの晴天に風は乾いて緩く、ど […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 五、芒
 重湯を煮る。米の香りは水に溶け、冷ややかな空気を少しだけ退けてくれる。ぽってりした汁をお椀によそり、温度を吸った木の器を両手で包んだ。こぼさぬように盆にのせると、匙を添える。起き上がれるのかどうかもわからない。ただ、何 […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 六、藤袴
 二羽の木菟が夜を通して連れてきた医師は非常に有能だった。  若白髪混じりの癖毛に大きな薬箱を担いだ男は手慣れた手つきで患者の脈を診て薬を飲ませ、一昼夜ほど滞在するとすぐに次の村へ向けて去って行った。無論、処置を受けた養 […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 七、萩
 踏み入れた足裏が落ちた葉に包まれてふわりと沈む。土の匂いが色濃く匂いたち、樹齢数百年を超す古い巨木の小道をゆく。肉厚な樹皮の合間を縫うように生い茂る羊歯はまだ鮮やかな緑色を掌のように広げている。古い森だった。萩も普段は […](更新日:2016月10月23日)
黄金鹿の花妻 了
「もういいってば、ばあちゃん!」 「いけません!神仙様のところへそんな格好で行かせられますか!」  神無月吉日。山はすっかり秋の装いを深め、朝晩の空気は澄んで霜を伴う。だが、昼餉の時間を過ぎればまだ日差しは充分に温かく、 […](更新日:2016月10月23日)
野花に白露
 風が吹いては音もなく一葉、一葉。鮮やかな色彩は日毎色褪せ、なにもまとわぬ寒々しい枝が増えていく。時は進み、巡る季節に里山も街も森も例外はなく、それはここ、菘明山刹谷洞も同様である。  深山に深く根を張る大樹のごとき聖域 […](更新日:2016月10月23日)
春雷が呼ぶ
 彼方の空を這い回っていた遠雷が雨雲を伴って徐々に近づき、やがて降り始めた雨粒は未だ固く閉じた蕾や若芽を急かすかのように叩く。次第に強まる雨脚が白い帯のように山を撫でれば、一足早く顔を出した下萌えの上を幾度もすべり落ち、 […](更新日:2016月10月23日)
夜鳥の巣
 暗闇は二羽にとってなんの障害にもならなかった。 音もなく翻る翼は立ち並ぶ木立の隙間を危なげなく縫い、月が照らしあげる夜を鋭く柔く裂いて行く。耳元で鳴る風は若葉の匂いを含み、金色の瞳には静かに滑る影しか映らない。まるで先 […](更新日:2016月10月23日)
嵐の夜に(花散里の愛月)
 雷鳴が鳴り響く。その昔、龍は雷から生まれると聞いたことがあった。腹の底に振動する重低音を唸らせ、重たく垂れ込めた暗雲に紫電を走らせる様はなるほど、確かに龍に似ていなくもない。  格子窓に叩きつける雨粒を眺める。曇った玻 […](更新日:2016月10月23日)
嵐の夜に(宵々夜の花嵐)
 いよいよ嵐が近づいていた。うねる風に暴れる森の木々。叩きつける雨粒の勢いは増し、轟く雷鳴は闇夜を真昼のように明るく照らす。  けれども、山の斜面を穿つように造られた洞穴の宮にまでは自然の猛威は届かない。狭い入り口と幾つ […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月1
斉の国 南方山中に翡翠の湖あり 名を浬鳴湖(りめいこ)という かの大池 国を潤す梁江(りょうこう)の源とされれば 篤く尊ばれ 龍神住まうとされる ―龍は人の嫁を取る― 古き言い伝えに従って 花と楽と生娘を捧ぐ祭 未だ 辺 […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月2
 かたかたかたと、散里を乗せた籠が揺れる。  辺りを包むのは、龍神の加護を讃える楽の音と暗闇。大勢の人間が籠の周囲を一緒に歩いていくのが気配で解る。散里は籠の出入り口である御簾の向こうに覗く、微かな闇を眺めながらぼんやり […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月3
 水の音が聞こえた。  だからというわけでは恐らくないのだろうが、散里はふと眼を覚ました。見慣れない天井。記憶が曖昧だが、しかし、それが自室の太い梁ではないということは解った。異様に天井までの距離が遠い。張り巡らされた梁 […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月4
 日は二度沈み、二度昇った。部屋へとやって来るのは碧雲ばかりで、かの龍の姿はあれ以降散里は見ていない。何も訊かぬ散里に何を思ったのか、碧雲が御方は御勤めがお忙しいので御座います、と言って慰めてくれた。すぐに片付けられて此 […](更新日:2016月10月23日)
花散里の愛月5
 本作品は性描写を含みます   彼に抱きかかえられたまま、訪れたのは散里がこれまで過ごしていた奥宮とは違う場所だった。水晶の咲き誇る回廊を抜け、黒い大きな柱の間をくぐれば、巨大な石の門があって、それを人の姿をした龍が押し […](更新日:2016月10月23日)
天楽の昼下がり
 空を往く。一匹の漆黒の龍が水中を駆けると同様に、天空の海を駆けていた。巨躯が風を切る度に、雲が裂け、旋風が起こり、ふわりと涼しい風が散里の頬を撫でる。高い、高い、空の上。真っ直ぐ前を向けば、視界を埋め尽くすのは白い雲と […](更新日:2016月10月23日)
恋を知る花
「主は伴侶を貰い受けはしないのかえ?」  目の前で優雅に茶を啜っていた純銀の大狐を本性とする神仙は唐突にそう言った。  長い髪に真紅の瞳を有する彼は、幽蕾山霞晶洞が主、銀紗羅真君。かつて袁王が三世の世を荒らしまわった折に […](更新日:2016月10月23日)
翡翠之薫風
 蓮崋山玲央洞は浬鳴湖が中心に位置する。  標高こそ低いものの、その周囲を莫大な水量を湛える翡翠色の湖に囲まれ、更に洞への入り口である大門を水中に設けることにより、神域としての必要不可欠な清浄さを限りなく保ち続けている。 […](更新日:2016月10月23日)
比翼の鳥が如く
 夜毎涼しい風が吹くようになってきている。雨が降る度に気温は下がり、夏の終焉を知らせてくれる虫たちの音が微かだが耳に残るようになっていた。  葉月の終わり。もうすぐ処暑を迎えようかというある晴れた日。浬鳴湖の中心部に忽然 […](更新日:2016月10月23日)
月に香りて白梅や
 ふと、眼が覚めた。温かなぬくもりの中で眼を覚ます要因などあろうはずもないのに、散里はもぞもぞと身を捩る。まだ尚暗い、弥生の早朝。部屋の中に灯された篝火だけがゆらゆらと澄んだ空気に影を作り、あとは高い天井に反響する水音が […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐1
 東山道(とうざんどう)は斉(サイ)の国王都から壽(ジュ)の国までを繋ぐ千里を超そうかという主要街道である。  日々、何万とも知れぬ行商人や旅人が道を行きかい、彼らの発するざわめきや金がやがて道沿いに街を作る。この桂芳( […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐2
 今宵も雀小路に暮れの気配が迫る。しっとりと濡れた空気は昼過ぎまで降っていた煙雨のせい。湿気のせいできしきしと軋む廊下を歩くのは立待亭の妓女、月草。今日も憂鬱な表情を整えることのない長い髪の向こうに隠し、そろりと吐き出す […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐3
 細く針のようだった月は徐々に肥え始め、立待亭には再び日常の景色が戻っていた。  あの日、結局彼はみっともなく泣き出した月草を宥めすかしただけで妓楼を後にした。何が何やらわからぬまま、嵐のように現れては去って行った男。突 […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐4
「王手」 「お?」  紅で「相」と書かれた丸い駒を細い指先が一手動かし、先手から後手へ手は移る。縦横九本の線が引かれた盤上には二色の駒が古の戦乱を模して配置され、さながら耳を澄ませば剣戟や馬の嘶きが聞こえてくるようだ。戦 […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐5
 夢を見ていた。  はっきりとそれが現実ではないと知れたのは、一面に広がる銀色の野原のせいだ。見たこともない草木がゆらゆらと吹く風に揺れている。空は何処までも深い紺碧で散りばめられた金石の如き星が時折ちかちかと瞬いたり、 […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐6
 振り返る。予めわかっていたその姿。土色の髪。まるで棒のような痩躯は圧迫感など皆無であるはずなのに、何故か月草の心にこうも恐怖を煽らせる。細い眼から放たれる視線がじっと此方を見ている。血の気のない唇。牙など見えるはずもな […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐7
 無意識の内に後退しようとして背後にある大樹に気付く。男は相変わらず薄笑いの表情を浮かべて、まるで体重など感じない足取りで森の中を進んで来る。小枝を踏み折る音さえ聞こえない。生き物の気配に満ち溢れながらも静寂が支配した空 […](更新日:2016月10月23日)
宵々夜の花嵐8
 どうやって此処まで来たのか、月草には道中の記憶がさっぱりない。  気が付けば月草のしがみ付いた戌神は森の中に忽然と現れた岩肌に開いた洞穴に滑るように入って行くところだった。夜の気配とは違う湿った空気が身を包みこむ。しん […](更新日:2016月10月23日)
三世考
地理の章 北方の律国 【壽-ジュ】  一年の半分を雪と氷に閉ざされる最北方を領土とする国。  国領のほとんどが寒冷地の為、農作業ができる時間は限られ、その上一度不作に陥ると膨大な死者が出る。それ故、国政では備蓄や農耕への […](更新日:2016月10月23日)
「羅生三世」掌編集
■月夜に歌えば 2015.08.26  ゆらゆらと揺らめく世界でひとりぼっちだった。母は死に、父は死に、同じ色をした卵から生まれた兄弟たちは死んだ。寿命だった。みんな、みんな、己の生を全うして死んでいった。  では、「私 […](更新日:2017月1月13日)
羅生三世 実り多き山粧う
 あれほど大気に満ちていた水の気配はすっかりと消え、いつの間にやら風は乾いて天は碧く高い。一雨ごと明確に空気は移ろい、再び肌に馴染んだ季節がやって来る予感は否が応でも萩をそわそわと落ち着かない気持ちにさせていた。 「よい […](更新日:2017月9月25日)

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