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ヤツハカ

皆殺しイヴリースと俺ととても簡単な譲渡契約について
 どうしてこんなことになったのか。考えても悩んでもわからなかった。  揺れるジープの荷台。手首には手錠、足首には足輪。苦痛と空腹と眠気。すべてがない交ぜになって、男の表情をゆがませていた。黒い髪に黒い瞳、遠視のため手放せ […](更新日:2016月10月29日)
Cat has nine lives.
 月が見たくなった。  突然思いついて、先日偶然見つけた小さなバルコニーから一跳びで屋根へと登る。猫にとっては造作もない動きで瀟洒な娼館のてっぺんに降り立つと、そこには先客がいた。真白な紫煙が月に吸い込まれるように消えて […](更新日:2016月10月29日)
ペンギンと焼肉「凍土亭」
 まずは屋号である。木板に力強く書かれた「凍土亭」という名からは一体なんの店なのか全く検討もつかない。冷たいものしか出てこないのではないか、いやいやアイスクリーム屋じゃないか、それにしては店構えがなどと冷やかしの客が店先 […](更新日:2016月10月29日)
食欲性恋愛衝動 1
 物音が遠くから近づいてくる。なんだろうか。給餌の時間にはまだ早いはずだ。  目を開けると目の前には常と変わらぬただ薄っすらとした闇だけが広がっていた。ほぼ無意識のうちに舌を素早く出し入れすると、二股に別れたそれは鋭敏な […](更新日:2016月10月29日)
食欲性恋愛衝動 2
 端的に言うと、メルキュリアは非常に優秀な男爵のつがいとなった。  彼は男爵との交尾を拒むことは一切なかった。舌同様二股に別れた生殖器を二つの穴で咥え込む様は淫靡で妖しく、また男娼としてあるまじきことに演技というものを知 […](更新日:2016月10月29日)
食欲性恋愛衝動 3
 悲鳴のような泣き声はこの世の終わりのように響き渡り、ある者は苛々を募らせ、ある者は不安定になり、ある者は胃痛を悪化させた。他方、館を取り仕切る役目を持った男はといえば、眉間に深い皺を刻んでいつものように仁王立ちで腕を組 […](更新日:2016月10月29日)
きらわないで、メアリ・アン
 後ろ手に閉めた扉がバタンと鳴って外界との拒絶を明確にする。「蜘蛛の巣」へと戻ってきた青蜘蛛は毛の長い絨毯を一歩一歩踏みしめて歩きながら、眉間に寄った皺を揉む。  ここにはどんな雑音も届かない。たとえ鉄の牢獄を震わせる蝙 […](更新日:2016月10月29日)
His Midsummer Night's Dream
 じりじりと照りつけるような炎天下。ヤツハカの夏は年の早いうちから始まって一向に終わる気配を見せぬまま申し訳程度に終息し再びやって来る。巡り巡る季節が繰り返されること早幾度目か。再生復興都市No.17ヤツハカと押し付けが […](更新日:2016月10月29日)
気狂い龍と赤のアリス
 咥え煙草から立ち昇る煙は快晴の空へ溶け、緩やかに吹く風が落ちる灰を舞いあげる。真紅の髪を遊ばせて立つは狩人、獲物は人間。異形の証たる長耳は彼らの怒号を拾い、真紅の瞳は装填される弾丸を目敏く見つけ、伸びやかにしなる四肢は […](更新日:2016月10月29日)
僕らはジャックにはならねどもかぼちゃのパイは美味しくいただく
 気がつけばキッチンの片隅でそれは異質な存在感を放っていた。鮮やかなオレンジ、大きさは子供の頭よりも更に大きく、大の大人がどうにか両手で抱えられるくらいだろうか。これほど巨大なかぼちゃをギムレットは見たことがなかった。い […](更新日:2016月10月29日)
結局のところ幸せになりたかったんだろ、パンプキンヘッド?
 それは不幸な事故だった。  赤髪赤眼の古い友人が今日はハロウィンだろとそう律儀な性格でもないくせにかぼちゃのパイと巨大なジャックオランタンを持参したのが一時間前。アンティチークの帰還にあわせてお茶の時間にしようかと湯を […](更新日:2016月10月29日)
トリックオアトリート!(お客様次第でどちらでも!)
「青蜘蛛様」  背後からかけられた声に振り返ればそこには全身を包帯でぐるぐる巻にされたミイラ男がいた。一瞬面食らった男娼館の主人はそうか今日はハロウィンかと暦を思い出して平常心を取り戻す。娼館に住まう男娼から従業員に至る […](更新日:2016月10月29日)
キャット&バスルーム
「今日こそ風呂に入ってもらうぞ、シガロ!」  目の前に立ち塞がる壁は一歩も退く気がない意志を示すように仁王立ちとなり、嫌々見上げた長躯に据えられた顔は常ならぬ厳しい表情だった。数十分にも及ぶ追いかけっこの末、廊下の隅っこ […](更新日:2016月10月29日)
最果ての旅立ち
 その日は朝から曇天が広がり、強い風が吹いていた。樹影を整えられたばかりの街路樹はざわざわと音を立てて横揺れし、常ならば塵一つ落ちていない通学路には折れた小枝やビニール袋など様々なものが散乱していた。出窓の鉢植えをしまい […](更新日:2016月10月29日)
青き星と天の物語 1
第一夜  それは「星」と名付けられたある兄妹のお話です。  とある砂漠のオアシスで、とある悪名高き盗賊団が束の間の休息をとっていたときのことでした。  大耳のスーラが聞きつけたのは抜け落ちるような蒼天にも怯まぬ赤ん坊の泣 […](更新日:2016月10月29日)
青き星と天の物語 2
第二夜  紺碧の夜空には落っこちてきそうなほどまあるい月が昇り、辺り一面を白い光で照らし出す。遮るもののない砂の海を乾いた風が吹き抜ければ、ぱらぱらとこぼれ落ちる粒はまるで地上に降り注いだ星のようだった。  静かな、静か […](更新日:2016月10月29日)
青き星と天の物語 3
第三夜  それは兄妹が十七つ年を数えたある日のことでした。  盗賊団の頭領が死にました。  殺したのは一匹の毒蛇でした。  一匹の毒蛇だ、ということにされました。  皆は悲しみに暮れ、やがて怒りの矛先をその蛇へと向けまし […](更新日:2016月10月29日)
青き星と天の物語 4
第四夜 「「ぼくたちが助けてあげようか?」」  美しいユニゾンは苦痛と疲労で朦朧とした大蛇の意識を柔らかく打った。七、八メートルはあろうかという長躯を荒縄で縛りあげられ、棍棒で滅多打ちにされ、ナイフで切りつけられ、満身創 […](更新日:2016月10月29日)
青き星と天の物語 5
第五夜  二人は毎夜代わる代わる大蛇とまぐわいにやってきました。  兄のエステルが来る夜は一人と一匹は沈黙を愛し、鱗の擦れる音と水音だけが響きました。  妹のステラが来る夜は一人と一匹は歌を愛し、少女の甲高い嬌声がいつま […](更新日:2016月10月29日)
青き星と天の物語 6
第六夜  嘆きの歌は三日三晩昼夜を問わず続き、悲しみ疲れて皆が寝入った頃、そっと物言わぬ少女の元へと近寄ったのは一人の少年と一匹の大蛇。  砂漠で咲く白い花に囲まれて目を閉じている少女はまるで眠っているかのようだった。む […](更新日:2016月10月29日)
青き星と天の物語 7
第七夜  大蛇は重たくなった腹をかばうように慎重にとぐろを巻き、静かに瞳を閉じました。水の気配が身を包み、星々の声は眠りを誘います。  二人は一人であり、一人は二人でした。エステルはステラを愛し、ステラはエステルを愛して […](更新日:2016月10月29日)
人生上のアリア
 厚さ一センチに及ぶ書類の束の最後の一枚まで漸く眼を通し終わり、アリスゼルは深く息を吐いた。  かつて猫が支配していたギルド南館のホールに人影はない。正確な時刻は解らないが、すでに明け方近いのだろう。たとえ夜が本番の《ヤ […](更新日:2016月10月30日)
ノスタルジック・エイジア
 アカシアの花から甘い香りが漂ってくる。  熱帯性の気候を有するヤツハカは年中蒸し暑く、過ごしやすい午後とは縁遠い土地なのだが、それでも今日は何の気紛れか随分と心地よい風が東の方から吹いていた。そよそよと耳をくすぐる風に […](更新日:2016月10月30日)
午後三時のバターナイフ
 男娼館《Spider》は上空から見ると巨大なロの字を描いているように見える。  南側に当たる正面玄関と薔薇園から見れば単に立方体の巨大な屋敷のようなのだが、三階建ての本館を奥に向かって進むと東西の端に渡り廊下が設置され […](更新日:2016月10月30日)
冷めたスープのような幸福
「シガロ、」  低い声が耳を打つ。柔らかい温度が全身を包んでいて、寝返りを打つとふかふかと肩口が布の海に沈む。この温もったベッドから逃れるのは拷問に等しい。不満を示すように尾を振るが、肝心の相手には布の中に埋もれて見えて […](更新日:2016月10月30日)
荊の下でさえ猫は鳴く
 雨が降り続いていた。深く沈んだ曇天はどれほどの水を貯えているというのか、降り止む素振りも見せず白く煙る雨を降らせ続ける。濃密な水の匂い。ばしゃ、と一つ水溜りを踏みしめると、シガロは漸く辿り着いたアーチに人知れず息を吐い […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 1
『―西暦2998年。三回目のミレニアムを間近に控えて浮かれ騒ぎに身を投じていた人類を襲ったのは、聖人の奇跡などではなく、九度目の世界大戦だった。  過去八度も繰り返された戦争の教訓を結局生かすことは出来なかった。世界平和 […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 2
 視線があった。何しろ此方は六つも眼があるのだから、圧倒的に不利である。  射抜くような鋭いイエローゴールド。短く切り揃えられた髪は深いオリーブグリーン。その耳はやはりくすんだ濃緑の鱗に覆われ、そのまま首筋へと繋がってい […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 3
 監獄の中は暗く、冷たく、そして寒かった。人の気配は立ち消えて、痛いぐらいの静寂。「最低限生きていけるだけ」の栄養は常に透明な管によって強制的に摂取させられていた。ピッピッ規則正しく続く電子音。視界の隅を黄色い液体が流れ […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 5
 男娼館Spiderの重厚なエントランスを何時も通り顔パスで通り抜け、シガロは「COBWEB」と書かれたドアの前までやって来た。  姉に会う為にはこの男の部屋を通過しなければならない、ということは解っていたのだけれど。い […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 4
 シガロ・ゼムンは再生復興都市No.6《トードホール》のスラム街にある小汚いアパートメントの一室で生まれた。  両親は共に人間で、二年前に生まれたシガロの姉もまた人間だったが、社交界に出席する訳でもなく、上等な教育を受け […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 6
 夜が更ける。煌々と輝くネオンの明かりを飲み込むように夜が迫ってくる。熱気はとりあえずの落ち着きをみせつつも、日の出の灼熱を焦がれるように地面の下に燻っている。遠い喧騒。甘ったるい腐りかけの果実が緩い風に乗って流れてくる […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 7
 にやにや笑いだけを残した猫は果たしてそれ以外の全てを何処にやったのだろうか。  シガロ・ゼムンは今までの人生に誇りなどない。名誉もない。愛情もない。名声もない。金などもってのほか。けれど、シガロはこれまで生きてきた中で […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 8
 午前十一時。昼の中途半端な時間を照らす太陽の日差しは強く、街は熱気に包まれていた。遠くに見える建物が陽炎でゆらゆらと歪んでいる。白色の空は乾いているようで、しかし、相変わらず空気はたくさんの湿気を含んでいる。熱が体に纏 […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 9
 新世界暦3051年、または死神暦696と45年の九月第二週。有り触れたカレンダーの一日。有り触れた午後の茹だるような暑さの時間。有り触れた喧騒に包まれていた《ヤツハカ》の街を、一発の轟音が揺るがせた。  その日、隊列を […](更新日:2016月10月30日)
Lost in Daydream 10
 結論から言うと、ボルドー・カッツィアは見事に「私の城」に返り咲いた。  あの日の出来事は「表向き」過激派テロリストによる反機構活動とされた。公式発表によれば、殉職者三十六名を出しながらも、WROの隊列は奮戦し、テロリス […](更新日:2016月10月30日)
STEEL WOLF on the BED
 何処からか犬の遠吠えが聞こえて、ギムレットはピンと耳を立てた。薄昏い月光に照らされた、これ以上なく散らかった部屋。その真ん中に正に主役と言わんばかりに鎮座する堂々とした広いベッドの上、腹這いに寝そべっているのは大きな犬 […](更新日:2016月10月30日)
UNCAGED RED DESIRE -r
 アリスゼルが青蜘蛛の元を訪ねたのは、あの騒動から五日後。今日から遡って七日前の話である。  恋人ができる。キスをする。抱きしめ合う。そして、その後の展開と言えば、昨今道端の野良猫に訊いても、間髪入れずに正しい答えが返っ […](更新日:2016月10月30日)
UNCAGED BLUE DESIRE
 目の前で繰り広げられている光景が夢であるのならば楽で良いのだが、という夢想を抱いたアリスゼルは、一度その真紅の瞳を閉じてみた。一、二、三。真っ黒な視界から逃れる為に眼を開く。目の前の光景は、相変わらず。仕方なく、アリス […](更新日:2016月10月30日)
UNCAGED RED DESIRE -b
 本作品は性描写を含みます   ばさりと身に纏っていた服を脱ぎ捨てる。今正に夜を迎えようとしている窓の外は一面の紫苑から紺青へと変わりつつあり、鮮やかな色水を流し込んだようなその空の色を惜しみながら、アリスゼルはカーテン […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 1
 紫煙が湿気を押しのけて、空へ昇る。街を少し離れ、深い密林に敷かれた街道を一人の青年がのんびりてくてく歩いている。  褐色の肌は透き通るような不思議な色合いで何事にも例え難い。手足はすらりと長く、どちらかと言えば華奢、だ […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 2
 噎せ返るような熱気が空気という空気に満ちている。息を吸い込めば、纏わりつくような湿気が肺まで到達するようで、誰もが恨みがましげに空を見上げるが、そこには爛々と輝く炎の天体が堂々と鎮座しているだけだ。抜けるような青い空。 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 3
 容赦ない弾丸の嵐によって最早板切れと化したテーブルが、ぎぎぎ、と楽しくない音をたてて崩れ落ちた。見渡す限りにテーブルというテーブルは穴が空き、椅子という椅子は引っくり返り、一部は見事に木っ端微塵。おまけにカウンターの向 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 4
 その後。  蚤という名の侵略者から己の身を救う為、駆除剤を手に入れたアリスゼルは、何となく成り行きのまま、身体中の毛皮を蚤という名の悪魔に受け渡してしまった犬までまとめて救う羽目になり。狭い自宅のバスルームに、一人と一 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 5
 朝。薄ぼんやりと開いた瞳の隙間から差し込む日差しでアリスゼルは大まかな今の時刻を知った。今日も暑くなるのか、窓硝子とカーテン越しにすでにギラギラとした太陽が覗き、殊更憂鬱な気分を煽るが、一年を通して太陽がない朝の方が珍 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 6
 ―あれから三日。  軍部は何をもたついているのか、それともアリスゼルの棲家が簡単に発見に至るには足りない余程のあばら家なのか、三日間、即ち七十二時間経過しても何の音沙汰もない。無論、彼らがすでにアリスゼルと、そして目標 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 7
 眼が覚める。  むくりと起き上がって時計を確認するとすでに昼過ぎ。相変わらず真紅の髪をがしがしと掻き回しながら、何時も通りアリスゼルはベッドヘッドの煙草を手に取る。ジッポーで火を点けて、まずは一服。ゆるりと舞い上がる紫 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 8
 《ヤツハカ》で最も巨大で最も荘厳な建造物。それは街のほぼ中心に位置する世界復興機構第十七分団支部だと言える。白亜の石造りの外門を正面に、ひたすら白い壁の建物がまるで一個の小さな街のように広大な敷地に広がっており、周囲は […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 9
 哀れな研究員ヤン・ゼーヴィスが言っていた階段は割りと簡単に見つかった。重厚な金属のドアをIDで開き、ぽっかりと口を開けた階段をほぼ踊り場を足場に跳躍する形で下りていく。何か、もっと、エレベーターとかないのかこの建物。腹 […](更新日:2016月10月30日)
UNLOCKED HEART RED 10
 結局。あの後、混乱した現場から紛れるように逃げ出して、どうにか軍部の証人喚問に召集される、などという自体は免れ。その足でほとんど真夜中、迷惑も省みず叩いた《病院》の《医師》は、大層呆れた顔で傷だらけの一人と一匹を迎えて […](更新日:2016月10月30日)
コルコバードの月抱けば
 小さな鍋にくつくつと沸いた湯の中で、じゃがいものニョッキが道化師が得意なジャグリングのように踊っていた。  外は夕暮れ時。天窓からは斜めになったオレンジ色の光が差し込み、キッチンを鮮やかに染め上げている。ごく慎ましいス […](更新日:2016月10月30日)
優しい口付けのようなアルティチュード
 日が暮れようとしていた。何百、否、何千何万もの人々に踏みつけられてきたスラム街の路地の土が湿り気を帯びる。普段、歩き慣れた苦楽商店街を少し離れ、ネーヴェもその土をやはり踏みつけて歩いていた。落ちかけた西日が建物と建物の […](更新日:2016月10月30日)
夜話にウォッカマティーニを ~ Seconds!
 ぼんやりと意識が目覚めた。視界は生成り色の柔らかな布。まだ起動を始めて間もない頭が考える。これはベッドだ。当然だ。鼻先を掠める自分の匂い。沈む身体は極上に重たいが、此処は確かに自分の寝床。青い瞳に映る世界はすでに明るく […](更新日:2016月10月30日)
夜話にウォッカマティーニを
 アリスゼルは半眼になって目の前の惨状を見下ろした。  惨状。そう正しくそれは惨状と言っても良いだろう。ドーム状に繰り抜かれたみたいな部屋にはふかふかの真綿と水苔が、いっぱいに敷き詰められ、ともすれば足が取られて転んでし […](更新日:2016月10月30日)
夜話にウォッカマティーニを ~ EMPTY!
 ぶわっと紫煙が刷ける世界の向こうからエンジン音がやってくる。  戦闘の余韻に興奮している二匹の大蛇は早々に下がらせ、一人夜明け前の空を眺めていたアリスゼルは、射抜くような真紅の瞳をゆったりと音のする方にやった。遠めに見 […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 1
 漸く氷の礫のような雨が止んだ、早春だった。  気温は日ごとにぐんぐん上昇し、乾ききった冬の季節を経て、ちょうど良い具合に水分も得た大地は活力を取り戻し、そう、ブラックマーケットの舗装されていない僅か十センチ程度の店と店 […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 2
 地下室の改築に要した時間は約三日だった。元よりネーヴェが保持していた膨大な量の書物やガラクタは、三つあった地下室の中の一つに集められ、階段を降りてすぐの最も広い部屋は総タイル張りの床が漸くお披露目となり、アンティークの […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 3
 本日、八の第二周期、四日目。世界は事もなく、茹だるような、蒸しあがるような熱が続く街、《ヤツハカ》の片隅。獣商を営む一人の異形の青年―ネーヴェは長い髪を高く結い上げ、くぉんくぉんくぉん、と気の抜けた音を発するファンが、 […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 4
 二つの卵が感動的な孵化を遂げてから今週で約半年。言い換えて六ヶ月。季節は早春から初秋へ移った。しかし、年中最低気温が十七度を下回ることのない《ヤツハカ》では、秋めくと言ってもそれは路傍の草や低木のこと。確かに頬を撫でる […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 5
 今まで地下に降りるに当たって、憂鬱な気分になったことなど、ただの一度もなかった。だが、現在、ネーヴェは憂鬱だ。しくしくと何か得体の知れない棘が引っ切り無しに心臓を苛み、指先が痺れてくる。階段の上から下までは僅かな距離。 […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 6
『ネーヴェねぇ…難儀な名前』  開口一番、彼女がそう言った言葉のアクセントまでも、ネーヴェは正確に覚えている。紫煙を燻らせ、ツンと尖った顎が女性らしからずスタイリッシュな彼女は《ネール》という名を持っていたが、ネーヴェは […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 7
 一つ大きく息を吸ってから、鍵を開ける。それは掛けた時とほぼ同様の、がっちゃんという金属音をたてて、静かに開かれた。何時も通り緩やかな空気が支配した空間が出迎える。何時もと、以前の《何時も》と違うのは賑やかな出迎えの声が […](更新日:2016月10月30日)
愛する夜のブルーマルガリータ 8
 本作品は性描写を含みます   そもそも異形というのは身体に余分なパーツが多いもので、それが頭部や顔ならばまだ良いのだが、首から下となれば人間用に作られた服が全く持って着用に不便だという重大な問題を抱えることになる。無論 […](更新日:2016月10月30日)
タルトを食いやがったのはドチラ様?
 店の入り口は酷く解りづらい。それはネオン輝くいやらしい繁華街の片隅にあり、店頭には何の看板もありはしない。ただ、地下一階へと導く階段が薄暗く口を開けており、それを知り得る人々だけが顔を、身を隠すように、闇に滑り込む。十 […](更新日:2016月10月30日)
チェシャ猫は斯く語りき
 猫の鳴き声が聞こえる。  鬱蒼とした薄闇に包まれた部屋で、シガロ・ゼムンは煙のように眼を覚ました。しかし、「眼を覚ます」と言っても、彼の場合はその両眼を当たり前に、当たり前のように開くのではない。その紫苑色の髪と紫苑色 […](更新日:2016月10月30日)
ジャバウォックの餃子
 気が付いた時にはすでに記憶は曖昧になりかけていた。濁っていく視界。弛緩していく身体。指先一つまともに動かない停滞の予感。それが《寄生》されることなのだと、その時の蜜蜂には全く理解出来なかった。否、正確に言えば《蜜蜂にな […](更新日:2016月10月30日)
カルーセルは飛んでゆく
 店には大きな煉瓦造りの古風な竈があるが、現在それを使用することは技術的にも物理的にも不可能だった。実際、このような《超古典的》用具を扱える人間は今や世界に酷く限られている。余程なマニアか余程な長生きか。少なくとも後者の […](更新日:2016月10月30日)
イカれたお茶会とドーナツ
 不機嫌そうな猫はそれでも男の誘いに終には呆れと共に根負けしたらしく、付き合っても宜しいですけれど、と言った。  鈴の鳴るような声。まるで少女のようでもあり、しかし瑞々しく熟れた情婦のようでもある。しなやかな身体を覆う真 […](更新日:2016月10月30日)
眠りネズミは狩られない
 キィと鳴った扉を潜り抜けていく主人の背中を見送って、アンティチークは緩やかに長い毛に覆われた尾を振った。天窓から差し込む光は凶悪な威力を失い、徐々に空は宵闇に包まれる。落ちていくのは灼熱の太陽。何処とも知れぬ場所へ落ち […](更新日:2016月10月30日)
ハンプティ・ダンプティに問う
 ただでさえ、人混みの中に紛れるように存在しているブラックマーケットは気温が上昇し易い。行き交う人々の雑踏。途切れることなく、朝も昼も夜も続く。むあっとした熱は隣の料理屋台の店主が茹で上げる米麺の湯気だ。喧騒は嫌いではな […](更新日:2016月10月30日)
チェス盤に赤のクイーン
 街には何時も腐臭が満ちている。太陽の関係だとか、大陸移動の関係とかで、四季は曖昧になりつつあるが、しかし、それでも冬は寒く、春になれば温かく、夏になれば茹だるように暑い、とかそういう感覚は辛うじて残っていた。コンクリー […](更新日:2016月10月30日)
「ヤツハカ」掌編集
■気狂い龍と赤のアリス 2015.08.30  咥え煙草から立ち昇る煙は快晴の空へ溶け、緩やかに吹く風が落ちる灰を舞いあげる。真紅の髪を遊ばせて立つは狩人、獲物は人間。異形の証たる長耳は彼らの怒号を拾い、真紅の瞳は装填さ […](更新日:2017月1月13日)
あゝ甘やか、砂糖菓子ついばむ鳥よ
 熱帯の外れに位置するこの都市は季節を問わない高温と湿気にいつだって苛まれている。日が落ちてから昇るまで、太陽が隠れるわずかな間こそ気を緩めることができるけれど、逆に言えば白く霞んだ空に直視できないほどの熱球が引っかかっ […](更新日:2017月2月20日)
The scapegoat can't escape. ~陰鬱な山羊と牙を持たぬ虎のお話~
 本作品は性描写を含みます   エルダータイガー(Elder Tiger)  南方密林地帯の食物連鎖の頂点に立つ大型のネコ科肉食獣。黄褐色に特徴的な縞模様の毛並み、体長は雄の成体で2mほど。その最大の特長は長く発達した上 […](更新日:2017月4月9日)
ヤツハカ ウォッシャブル・ベイビー
 夜明けから気温はウナギ昇り、食中毒警報は日常茶飯。どこからともなく現れる雷魚は絶え間なく吠え、昨日降ったスコールが酸っぱい匂いを拡散しながら不快指数を押し上げる。  そんなヤツハカにも年に数度、なんの誰の気まぐれか、驚 […](更新日:2017月9月10日)
ヤツハカ 人類愛、その極論
*** 本作はヤツハカの通常の時間軸から数百年後のIF設定となります *** 『おはようございます、ヒューマン。起床時刻になりました。本日のヤツハカシティ第十七特区の天気は晴れときどき雨。午後は雷魚の活性化が予想されます […](更新日:2019月4月13日)

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