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現代帝都「ほう、ほけきょ」

現代帝都、約2000字、「金魚妓楼・和金亭」に登場する禿・まこもととくさの新年のお話。
※「金魚妓楼・和金亭」を読んでいなくても読めますが、ちょっと不親切です。



 大晦日から松の内にかけて裏吉原は喧騒の真っ只中にある。
 餅つきに狐舞、年始の宴に仕事始め。楼主や花魁の姐さんたちはもちろんのこと、見世番や芸者、出入りの台屋に至るまでいつも以上に忙しない日々が続く。
 それらがようやくひと段落するのは睦月も七日を迎え、七草粥が振る舞われる頃である。
 朝から台所では米を炊く匂いが漂い、朝帰りの客と姐さんたちに漏れなく配られたあと、ようやくまこもたちのような禿や従業員たちの番となる。
 和金亭は裏吉原を代表する三大大見世の一つだ。客にはたっぷり与えて、見世の者にはほんのちょっぴりなんてケチな真似はしない。
 漆塗りのお椀に山盛りよそってもらった粥はなんと焼き餅入りで、聞けば姐さんたちからの心付けとのこと。子供の姿をしたまこもは有難く熱々のそれを腹いっぱい平らげ、先程ようやく部屋へと戻ってきたところだった。
 楼内の風呂は混んでいるからと琉金姐さんはらんちゅう姐さんと連れ立って、銭湯へと出かけてしまった。まこもは当然供を申し出たのだけれど、琉金は例の真顔で優しくまこもの頭を撫で、ゆっくり食べなさい、とやんわりそれを拒否した。
 かくして、まこもには久方ぶりに何をするでもない時間が生まれてしまった。
 部屋に戻ったと言ってもすることもない。手習いは姐さんがいないのにする気にはなれないし、かと言って片付けなくてはいけない雑務もない。ぼんやりと火鉢の中の灰が崩れる音を聞きながら、畳の上に座る。こういうとき、まこもは一等自分が空っぽであることを思い知らされる。なんにもない、なんにも持たない。「あの日」からちっとも変わっちゃいない。食べて、出して、息をして。ただエラを動かすだけの、生き物。それが、「私」だ。
「まこも」
 控えめな声に、はたと我に返る。
 慌てて顔をあげれば、襖の隙間からひょこりと覗く頭があった。緑の黒髪、黒々としたまなこ、そして人形のような無表情。子供らしくない鉄面皮をかぶり、楼内のあちこちで何を囁かれても動じる素振りすら見せない不動の精神を持つ。彼女こそが和金亭の花魁の一人、らんちゅう太夫付きの禿、とくさだ。
「ど、どうしたの?」
 とくさは畳の上から廊下の様子を注意深く窺うと、そっと後ろ手に襖を閉めた。一匹の蟻も通れぬほどきっちり閉じる、その常ならぬ用心深さに思わずまこもも居住まいを正す。
 火鉢を挟んで差し向かって座ると、彼女は早速、袂の中に手を突っ込んだ。
 大事そうに取り出されたのは爽やかな香りを放つ経木の包み。すでにまこもがなんとなく察したとおり、開かれたそこには淡い緑色の小さな菓子が二つ、行儀よく鎮座していた。思わず肩に入っていた力も抜ける。
「うぐいす餅、姐さんからもらったんだ。一緒に食べよ」
「え、でも、とくさが姐さんからいただいたのに……」
 甘いものは貴重だ。よって菓子は貴重だ。この見世の稼ぎ頭である姐さんたちならいざ知らず、まだ見習いの禿であるまこもたちにとって滅多に口にできるものではない。それはとくさも同じはずで、しかも見かけによらず大食らいな彼女のことだ。できれば二つ食べてしまいたいだろうに。
「いいの。まこもにあげたかったから」
「そう、なの?」
「うぐいす餅、嫌い?」
 整った顔立ちに一瞬影が差す。その様は花がしおれるのにも似て、どうにもまこもは黙って見ていられない。
「う、ううん!大好き!」
 慌てて言い繕えば、それとわからぬほどにとくさの顔がほころんだようだった。俯いて咲く水仙のように。その横顔は儚くて、美しい。
「いただきます」
 一人、一つ。摘まめば柔らかい餅は指の腹のとおりにへこむ。一口にはいささか大きいような気もするが、さりとて千切れば青大豆の粉が舞い散る。迷った挙げ句、まこもは餅をえいやとばかりに口の中に押し込んだ。
 それを見ていたとくさもまこもの真似をする。そういう、一見それとわからぬところに彼女の童女めいた仕草が現れるのは常のことだった。
「ほいひい」
「…………食べてから喋らないと姐さんに叱られるよ」
 叱られる、という単語に反応したのかは定かではない。しかし、とくさは以降口を開くこともなく、よく噛んで餅を咀嚼すると実に幸福そうな顔をして見せた。うまいまずいは辛うじてわかるものの、味わって食うということが未だによくわからぬまこもとは対照的な姿だ。
「おいしかった」
「うん。ありがとう、とくさ」
 まこもの言葉にとくさは満足げに口の端を緩める。そこに青大豆の粉が残っていることに気付くのはいつだってまこもで、だから呆れたようなため息はもうただの格好だけだと二人ともわかっている。
 取り出した懐紙で子供にしてやるように彼女の口元を拭う。子供の姿をした物の怪が子供の姿をした物の怪の世話を焼く様子がどれほど滑稽か、まこもは理解している。それでも。
「ありがとう、まこも」
「どういたしまして」
「姐さんたち帰ってくるまで一緒に遊ぼう?」
「いいよ。何する?」
「花札」
「花札好きだねえ」
「うん。絵が綺麗」
 他愛のない日々を送る。まるで、姐さんたちみたいに。

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