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現代帝都「白百合と脂身」

現代帝都。約1600字。神山火焔とその守護妖魔である八蘇、と雷電丸。やがてやって来る最期の日のお話。



 その日は終日麗らかな日差しが降り注ぐ小春日和だったように思う。
 主人の長い髪に隠れる肩口で、彼女の規則正しい呼吸音を子守歌代わりに、うとうとと微睡んでいた八蘇はふと目を覚ます。じゃりじゃりと無数の人が踏みつける砂利の音に混じり、遠くから甲高い笛の音が聞こえてくる。続いて人々の歓声、静々と続く衣擦れの音。まぎれもない寿ぎの雰囲気にも一切歩みを緩めようとしない主に慌てて呼びかける。
「火焔ちゃん!結婚式!」
 見たい!と音量に注意しながら叫べば、彼女はようやく周囲の空気に気が付いたようだった。一応、八蘇の要望に応えてくれるつもりらしい。石畳に沿って進む一行を遠巻きに囲む人混みの中に、彼女はごく自然にまぎれてみせた。
「花嫁さん綺麗だねえ」
「白無垢のわりに花飾りが派手だな」
「最近はああいうのが流行ってるんだよお」
 花嫁の髪には大輪の百合が飾られていた。穏やかな日の光の下、白い花弁は絹のように艶めき、ハレの日の女の横顔に文字通り花を添えていた。
「火焔ちゃんもああいうの似合いそう」
「ええ……」
「あ!でも花飾りだとちょっと火焔ちゃんぽくないからさ、代わりに私がくっついてあげる!色とか可愛いし、私!」
 そう言ってふん!と気持ち胸を張れば、珍しく彼女は驚きを露わにしたようだった。黄色と黒の、どう見ても毒々しい警戒色をした掌大の女郎蜘蛛の姿をした妖魔に視線を遣ると、実に、実に珍しいことにふっとその口許を緩めてみせる。
「それはなかなか」
「いい案でしょう?」
「ああ、悪くない」
 なんて。
 そんな冗談を交わしたこともまるで昨日のことのように思い出せるのに、当然ながら彼女がその生涯において花嫁の象徴とも言うべき白無垢を身にまとうことは終ぞなかった。
「…………」
「…………」
「…………」
「……もーいつまで泣いてんのさ、雷電丸……」
「泣いて、ねぇし!」
 ここでウソツキ、と同僚をなじるほど、八蘇は空気が読めないわけではない。
 抹香の残り香が鼻先を掠める。本来の人間の習わしに倣えば、すでに火葬されて骨のみとなるはずの主人は未だ棺桶の中で瑞々しい白百合に囲まれていた。
 奇しくもあのとき花嫁の髪を飾っていた花である。八蘇がその代わりを申し出て、案の定叶うことのなかった他愛もない思い出の象徴である。
 すでに人間の枠組みを逸脱した主は人間にしては随分と長生きしたが、幸か不幸かそこから完全に逸することはなかった。
 主は死んだ。
 八蘇の守護の妖魔としての役目は終わり、約束は果たされようとしている。それは当然八蘇と同様の契約を主と結んでいた土蜘蛛である雷電丸もだ。
「もう湿っぽいのやめようよー。火焔ちゃんに怒られるよ」
「御主人は、しん、だ!」
「だからそう言ってんじゃん……」
 雷電丸とはいつも以上に会話が噛み合わない。彼はかなり情緒が人間よりなのだろう。その点、八蘇は心の芯まで、骨の髄まで物の怪じみていて、悲しいとか辛いとか、そういう感情は全然ピンとこない。
 ただ、彼女が死んだことだけがわかる。
 もう彼女は起き上がらない。もう彼女は眉をひそめたりしない。もう彼女は八蘇の名前を呼ばない。もう彼女は目を開かない。だから、八蘇は、彼女を「食らう」。
「もういい?」
「……………ああ」
「やっとだよぉ、待たせてごめんね、火焔ちゃん」
 棺桶のふたを開ける。途端、噎せ返るような花の匂いに顔を背けたくなるのを必死に耐えた。なぜなら、その奥からなんとも無視しがたい、かぐわしい香りが漂ってくるのがわかったから。かつて我らの主人であったもの。今このとき、この儀式をもってして、我らの血肉となるもの。
「我ら使役の妖魔は粉骨砕身、あるじとなった御方を守って護った」
「我ら使役の妖魔は快刀乱麻、あるじとなった御方の敵を切って斬った」
「「ゆえにときは来たれり。あるじの御身も御霊もきれいさっぱり胃の腑に納め奉る」」
 おやすみ火焔ちゃん。それから。
「いただきます」

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