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現代帝都「思い出に甘く」

 いつかの現代帝都。約600字。神山家の姉弟、神山火焔と神山遊馬のいつかの話。
 百貨店の屋上にある小さい遊園地みたいなやつ、いつの間にか見なくなったよね。



 滅多にあることではなかったが、遊馬と火焔が二人で出かけるとき、姉は必ず弟を連れて百貨店の屋上へと向かった。
 化粧品の独特の匂いに満ちた一階を通り抜け、エレベーターガールの優雅なお辞儀を受けて、七階のその上へ向かう。
 喧騒は遠く、時折聞こえるクラクションはおもちゃのものみたいだった。売り場のおよそ半分ほどのスペースを解放した屋上にはよく手入れされた花壇、七色のパラソル、子供用の滑り台にブランコが整然と並び、無邪気な歓声に満ちていた。一番目立っているのは馬と馬車が合わせて十もないような小型のメリーゴーランドで、欧羅巴の移動遊園地で使われていたとの触れ込みのあるそれには常に行儀のよい子供たちがにこにこと列を作っていた。
 姉は遊具には目もくれず、トリコロールカラーの庇を付けた小さな売店でいつもアイスクリームを買ってくれた。
 二人並んでベンチに座り、甘い菓子をなめる。食べるのが遅い遊馬と違い、あっという間にアイスを平らげた姉はぼうと空を見上げていた。
 青空に浮かぶアドバルーン。何するでもなくそれを目で追っているような、何も見ていないような姉の横顔を盗み見ながら、遊馬はいつも以上にゆっくりと食べた。
 溶け落ちたクリームが指を汚す。いつの間にか姉の黒々とした目がそれを見て、素っ気なく言った。
「舐めちゃいな」
 神楽姉さんであれば絶対に言わない言葉に嬉しくなって、素直に従う。とっくに生ぬるい、アイスクリームでもなんでもないそれは、何故か舌の上で無性に甘かった。

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