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現代帝都 「焼きそばとカンナ」

 現代帝都に登場する尾上シキと狭山流雨子のなんでもない夏の日のお話。もう夏も終わりだなーと思って書きました。



 首を振る扇風機が真ん中に戻ってくる度にカタタタと妙な音が鳴る。
 何年も前から壊れているようなのだが、使用するには問題ないと判断されたのだろう。青緑色の羽は客間から流れ込んだ線香の匂いが微かに残る居間の空気を緩慢に混ぜていた。
 ブラウン管の中では高校球児が汗を流し、砂埃が舞う。賑やかなスタンドとは対照的に、茶色と白の二色しかないようなグラウンドでは静と動が繰り返し映される。投げる動作、飛ぶボール、白、白、白。やがてサイレン。
「シキーお昼ご飯、焼きそばでいいですかー?」
 エプロンを手に廊下から顔を覗かせた流雨子を、二つ折りにした座布団にのせた頭をわずかにずらすことで見上げる。シキのそんな怠惰な様子に「まるで休みの日のお父さんですね」と女は苦笑し、その父親なる生き物を大して知りもしないのに、なんの淀みもなく言い切ってみせる姿に感心した。
 流雨子は共感性が高いわりに、他者を他者と割り切っているところがあって、その絶妙なバランス感がシキにとっては心地よい。流雨子は己の境遇を嘆く。ありふれた転落と、あったかもしれない幸福を夢想して涙する。けれど、決して誰かとその不条理を、悲しみを、怒りを、やるせなさを、共有しようとはしない。伝えない。話さない。理解しない。どうせ無意味だと諦めている。私の苦しみは私だけのものだと独占する。それは、ああ、なんて。
「シキ?」
「……ちなみに焼きそばじゃないときは何になるッス?」
「お素麺です」
「焼きそばで」
 即決だった。くすくすと笑いながら流雨子は台所へと消える。やがて、まな板の上を包丁がリズミカルに動く音が聞こえてきた。
 誰かが自分のために料理をしてくれるのを待つ。シキにとってはあまりにない経験だった。「家」では食事は出されたものを食べるという、ただそれだけの行為だ。シキを含めた子供たちはそれらを咀嚼し、明日の家を継ぐために大きくなる。大人になる。それは責務であって喜びではない。義務であって楽しみではない。単純に味の話をしてしまえば、当然家で出される食事の方が味付けも素材も上等だ。何人もの専属の調理人が丹精込めて作った料理たちは味はもちろん、栄養バランスさえ完璧だ。けれど、シキはそれでも流雨子の作った料理をなんとなく好ましいと感じてしまう。焦げたソース、数本が塊になった麺、半生のキャベツ、豚肉は肉かすのように細切れで、でも上に乗った目玉焼きの半熟の黄身とカリカリに焼けた白身の縁が醸し出すご馳走の雰囲気。どうしたって知らないはずなのに、懐かしい味。いつだってここに帰ってきたくなるような、彼女がいてくれるような。
 そんなことを考えていたら無性に腹が減ってきた。
 いつの間にか昼のニュースに切り替わったテレビを消す。じゅわっという音と香ばしいソースの匂いが漂い始めた台所に裸足で駆け込む。
「手伝うッス」
「ありがとうございます!じゃあ、麦茶を出して……」
 首振りの扇風機は相変わらずぎこちない音をたてている。焼けた畳に真夏の日差しから作られる影が落ち、蝉の声もようやく落ち着きを見せる晩夏の頃、一匹の少女と一人の女は存外平凡な夏の日を過ごしていた。

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