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超短編 第167回「ツナ缶」

500文字の心臓」参加作品。第167回「ツナ缶」。



 スマートフォン越しの声がワントーン高くなり、彼女が軽い苛立ちをおぼえていることを察する。けれど、こちらがなんと取り繕うか迷ってるうちに通話は一方的に切られた。
 とにかく完熟のやつじゃないとダメだから。
 尖った声が耳の奥に突き刺さったまま、僕は缶詰園の前で立ち尽くす。
 缶詰の見分け方なんて皆目見当も付かない。
 潔く人に教えを請うことにし、白いエプロンをした缶詰園の従業員に声をかけた。
「ツナ缶の木ってどの辺ですか? 彼女がツナ缶じゃないとダメってきかなくて……」
 余計なことを言ったなと思ったが、エプロンの女は気にした様子もなかった。しばらくぼんやりと考え込むと、無言で歩き出す。何やら白痴のようだが、今頼れるものは彼女の白色しかない。
 しばらくして彼女は一本の木の下で歩みを止めた。
 見上げれば鈴なりのツナ缶。女はしばらく視線をさまよわせたかと思うと、やがて迷うことなく一つの缶詰をもぎ取った。
 ゆっくりとした動作で僕の手にもぎたてのツナ缶を握らせる女はにこりともせず、ようやく役目を終えたと言わんばかりにさっさと踵を返した。
 掌の上のツナ缶は生温かく、それが果たして完熟かどうか、結局僕にはわからなかった。

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