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超短編 「500文字の心臓」参加作品

 タイトル競作「500文字の心臓」に参加した作品を再掲載します。今後は参加する度に再掲しようと思っていますが、とりあえず今回はまとめてで。



第162回競作「魚と眠る」

 あなたは海で生まれたのよ、と平坦に言った母の言葉を愚直に信じて二十六年。
 躊躇ったせいで、したたかに打ち付けた右側面は痛く、鼻からも口からも入り込んでくる海水は塩辛い。瞬く間に呼吸は困難になり、やっぱり東武東上線に飛び込めばよかった、と今更そんな後悔をしてもすでに遅い。
 恨みがましく目を開けば、揺れる水面の向こうで岸壁に立つ街灯の歪んだ光が見える。眩しいと思う間もなくそれを遮るものがいた。
 照らし出された銀色の光沢、エラ呼吸一つできない生き物を哀れむかのような金色の眼差し。
 ゆらり、開いた呼吸器官の赤が咲く。
 次の瞬間にはもう、海の藻屑と化しかけていた身体は魚の腹に納まっていた。不思議と呼吸は苦しくない。ただ抗いようのない眠気だけが波状となって襲い、やむを得ず目を閉じた。
 ゆらり、引き止める人は誰もいない。
 泳ぐ生き物の体内で眠りにつく。やっと帰ってきたような、やっとまぶたを下ろせるような、そんな安心感が、吐き気を催すほどの生臭さの中にはあった。

第163回競作「ぺぺぺぺぺ」

 ペンギンが並んでいる。
 体長は六十センチぐらいだろうか。ちょうど目が合う高さのような気がしたので、しゃがんでみた。
 頭頂部から背中にかけての黒い羽毛はビロードのように輝き、一方腹側の白い毛はふわふわと風にそよいでいる。黒ずんだくちばしは丸みを帯びて、小さな瞳の周りは白いラインが均一に縁取っていた。
「ぺ」
 おもむろに人差し指を突き出して、彼らの先頭に立つ一羽に突きつける。
 ファーストペンギンたる彼または彼女は、首だけをすっとこちらへ向けると、一声くわっと鳴いた。
 それで調子にのって、次から次へと同じことを繰り返したのがよくなかったのだろう。
 最後に「ぺ」と指さしたとき、彼らは揃って消えてしまった。ぱちんとシャボン玉が弾けたような音を最後に、そこにはもう半濁音五つ分の余韻しか残されてはいなかった。

第164回競作「明日の猫へ」

 殴られた下腹部が痛い。
 痛い。最悪だ。たったの一時間ぽっちしか私を買わなかったくせに、目つきが悪いと言いがかりまで付けられた。痕になっても隠しやすい場所であることだけが、唯一の救いだろうか。いや、そんな救いがあってたまるか。
 この国で物の怪が力を失って早数百年。自由で誇り高い猫又でさえ、一歩間違えれば地獄の底へと真っ逆さま。二叉にわかれた尻尾もげんなりと垂れる。人の姿に初めて化けられたとき、果たして私は何を思っただろうか。少なくともこんな「未来」を望んだわけでは、決してない。
 りん、りん、りん。
 新しい客の来訪を告げる鈴が鳴る。痛む身体を引きずり、水挿しに口を付けて直接飲んだ。
 それとわからぬ程度に着崩した着物。人間好みに紅をひき、口角の端をあげ、なんでもないふりをする。そうだ、私は誇り高き獣。今は人の作った檻の中にあったとて、どうして明日も同じ囚われの身と断言できようか。
「いらっしゃいませ、御主人様。今日も、うんと可愛がってくださいましね」
 今日の私は、私自身が噛み殺す。明日の私へと贈る、根拠なき希望のために。

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