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FGO あなたを救う術

「#サンソン版創作60分一本勝負」参加作品
お題「医術」
瓜野(@baraniku_i)



 悲しくもないのに涙が出る、といえば語弊がある。
 私は、私の、どんな感情によってこの落涙が引き起こされているのかを正しく理解していない。それが果たして精神的なものなのか、生理的なものかすら、わからない。
 ただ、急激に変化した日常が、いつの間に張り付いた非日常が、私を静かに混乱させている。私の中の何もかも投げ捨てて喚きたい気持ちと、そうあるべきではないという理性がギリギリのところでせめぎ合い、結果として私に涙を流させている。そう、解釈するのがもっとも正解に近しいのではないか、という予感だけがあった。
 実のところ、私はあまり困ってはいなかった。
 壊れてしまった涙腺を前に、朝食のヨーグルトを買い忘れてしまったような、バターを切らしてしまったような、ちょっとだけ困ったなあという所感しか抱いていなかった。これが私が楽天家だとか危機感がないだとか散々言われる所以だろう。とにかく私はのんびりが過ぎることがあるという自覚はある。
 だから、たぶん、私の涙が止まらないことで、私より困っているのは今目の前にいるサーヴァントだろう。
 光の加減で雪のように反射する銀糸の髪、冬の日に生まれた湖の氷のように薄青の瞳。整った顔立ちはひどく困惑しているように見えた。私の説明が下手なのもあるだろう。とにかく心配させまいと言葉を尽くした結果、逆に心配させているのかもしれない。何しろ泣きながら笑うことは思っていた以上に難しくて。どうしても無理矢理口角をつり上げるような、痛々しい笑みが出来上がってしまう。
「僕は確かに医術の心得がありますが……それなのに、あなたの力になれないというのはなんとも心苦しい」
 気にしないで、大丈夫だから。
 ぱたぱたと振ってみせた手に、彼はますます柳眉をひそめる。
 クラスはアサシン。代々ムッシュ・ド・パリと呼ばれたパリの処刑人一族、サンソン家の四代目。フランス革命の動乱において多くの処刑を執り行った、シャルル=アンリ・サンソンその人。
 今は一騎のサーヴァントとして人理修復に力を貸してくれている彼は本人の言葉通り、医術の心得がある。それは刑罰としての拷問を行ったサンソン家が受刑者への治療も同時に行っていたことによる。どうすれば効果的に痛みを与えられるのか。どうすれば致命傷に至らないのか。人体を知り尽くしたサンソン家の医術は当時革新的なものだったらしい。
 だが、由来からもわかるとおり、その専門分野は外科だ。少女の、本人もはっきりと明言できないような何かによって引き起こされる涙を止める術なんて、彼がわかるはずもない。そんなことを求めることすら、礼を欠いた行いだろう。だって私はマスターで、彼はサーヴァントなのだから。
「大丈夫。ありがとう、サンソン」
「しかし」
「明日にはいつも通りに、きっとなってるから。だから、今日の私のことは誰にも言わないで」
 恥ずかしいしね。
 ちょっとおどけて言ってみた台詞にも彼は顔を曇らせただけだった。何かを躊躇うように視線を逸らし、しばらく銀色の長い睫毛が頬に影を落としたかと思えば、マスター、と落ち着いた声が呼ぶ。
「手当て、という言葉があるように人は他人のぬくもりだけで、痛みが軽減することもあるようです」
「……私、痛くないよ?」
「ええ、あなたが仰るならそうかもしれません。でも僕はあなたに手を差し伸べずにはいられない。これは単に僕のエゴです。あなたというただ一人に世界の命運という重荷を背負わせ、その肩代わりすらできない亡霊の、哀れで醜い勝手な思いです。それでも、もし、あなたが僕の手を取ってもいいというのなら、どうか」
 差し出された手に手袋はなかった。
 サンソンは私の記憶する限り、触れられることすら忌避する傾向があったと思う。迫害の歴史、処刑の実績、血塗られた手。そんな色んなものが彼自身を縛り付けていた。だから、今こうして控えめに、けれど他ならぬ彼の意志によって伸ばされた手を、私は取らないわけにはいかなかった。使命感や義務感などというかっこいい言葉じゃない。私は、ただ。
「……ありがとうございます、マスター」
 お礼を言うのは私の方だ。でも肝心な言葉は嗚咽に飲み込まれて声にすらならなかった。胸の奥底からこみあげて来たものが私を揺さぶる。指先を震わせる。せき止めていたはずの、感情が次から次へとあふれ出る。
 やがて子供のように声をあげて泣き出した私の背を、サンソンの大きな掌がいつまでも撫でさすっていた。いつまでも、いつまでも、私が泣き止むそのときまで。

2018/07/14

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