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現代帝都 「八つ足共同体」

現代帝都/約1100字/神山火焔と雷電丸と、あと八蘇




 目が覚めたら至近距離に主人の無表情がぬっとある。
 悲鳴をあげなかったのは矜恃の賜物だろう。代わりに早鐘を打つ心臓をどうどうと宥めて、上半身は人間、下半身は大蜘蛛の物の怪、雷電丸は努めて冷静を装って問うた。
「な、んだよ、御主人」
「今、寝ていたか?」
「は、あ?見りゃわかるだろ…」
 妙な問いかけに首を捻る。
 セーラー服を着た若干十七歳の若き蠱毒師の知識や認識は一般のそれからは遠くかけ離れている。彼女の中の常識は「先祖代々蠱毒を生業とする家」の中にいて培われたものであって、それは即ち常人との乖離、加えて人ならざるモノとの近接を意味する。少なくとも彼女の持つ知識量、それに伴う技術は彼女の数倍は長く生きている雷電丸が二つ返事で契約を交わしてしまうほどには優れていた。無論、天賦の才もあるだろうが、そのほとんどが不断の努力によるものであると、見かけによらず物の怪は正しく理解している。
 だから、まさか妖怪が休息も取らず、眠りも必要としないなどという迷信を彼女が愚直に信じているわけでもないのだ。否、稀に実際そういう妖怪もいるから、ややこしいことはややこしいのだが。
「あれ」
 彼女が端的に言葉を発し、指さした方を半ば反射的に見遣る。
 そこには一匹の蜘蛛がいた。
 巨大な蜘蛛の下半身は黄色と黒の警戒色。雷電丸よりも一回り大きい異形のそれには華奢な人間の娘の上半身が付いている。
 いや、もっと正確に言えばそれは「おそらく娘だろう」となる。
 何しろ彼女は上半身を畳の上に投げ出すようにして眠っているのだ。だらんと伸びた両腕、頭部はばらばらと散らばった黒髪に後頭部しか見えない。セーラー服の大きな襟は大胆にひっくり返り、めくれた裾からは均等に並んだ背骨と、人間の皮膚と蟲の外骨格とが混ざり合う結合部ががっつり露出していた。
 一見、死んでいるようにも祈っているようにも見える。しかし、これが彼女の就寝スタイルであることを主人の無言の横顔が物語っていた。
「化け蜘蛛は皆ああやって眠るのかと」
「……特殊な例だな」
「そうか」
「というかアレは色んな意味で特別だぞ。俺たち土蜘蛛はこのご時世とはいえ、まだこの国に無数にいるが、女郎蜘蛛は」
「八蘇、一匹?」
「おそらく」
 そう、と感情を含まない相槌を打って主人は黙る。ひたりとも動かぬまなこは茂った睫毛の奥で黒々と濡れ、やがて音も立てずに雷電丸を見た。
「私には姉上がいたからよかった。神山の家があったから、まだ、よかった。八蘇には何もない」
「……ああ」
「八蘇を頼んだよ」
「…………善処する」
 絞り出すように言えば、複雑怪奇な運命に翻弄され、若くしてとっくに老成してしまったかのような娘は喉の奥でふふっと笑った。獣じみた瞳はますます人間離れして、手に取りたいほどに美しい。
 度し難い。唸った物の怪にやはり彼女は鈴虫のように笑った。

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