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現代帝都 路地裏の決闘

一次創作/現代帝都/約2200字/雪水三賢者の一人マーヤと死霊術師綺堂百合睦の決闘(中断)




「我は雪水家に連なる者なり、雪水の名を掲げる者なり!師より賜りし名はマーヤ、ウロボロスのマーヤ!」
「わ、我は綺堂家に連なる者なり、綺堂の名を掲げる者なり。師より賜りし名はなく、ここに綺堂の正統なる血筋を現す者なり。我が名は綺堂百合睦」
 その名乗りが更に彼女の怒りを煽ることは充分承知していたが、かといって虚偽の宣誓をすることが魔術師の決闘において許されるはずもない。
 決闘。ああ、なんて時代錯誤な単語だろうか!
 けれど、魔術師として生きていく以上は誰もその古臭く黴の生えたルールからは逃れられない。それは三文魔術師と揶揄され、御三家の面汚しとも囁かれる綺堂家の末裔である百合睦でさえ例外ではない。廃れかかった魔道に縋り、師と呼べる者は祖母一人、ただ無数の死者とともに日々を虚ろに過ごす喪服の女でさえ、「雪水の三賢者の一人」という二つ名を雄々しく掲げた魔術師の宣戦布告を受ける義務と権利がある。
 そもそもこの光景は端から見て果たしてどう映るのだろう。
 片や黒いベールで顔を覆い尽くし、黒いワンピースに黒いロンググローブ、黒い靴。一分の隙もなく喪に服す姿勢にも関わらず手にした杖には禍々しい髑髏が高らかに嗤う。片や極限まで露出を少なくした修道服に瑞々しい女の肉体を押し込み、胸には十字架、敬虔な神の教徒を偽りながらその手にした杖には艶めかしく作り込まれた鱗を持つ蛇と知恵の果実。
「我が命に従うは悪徳の知恵の輪」
 空間が歪む。長大な詠唱を可能にするため、最初に使い魔を召喚するのは魔術師の戦いにおけるセオリーだった。彼女の場合は巨大な二頭の蛇。よりにもよって聖書に記された原罪を事も無げに使役する辺り、彼女も意外と真っ当な魔術師だ。
「防いでっ!」
 牙をむき、空気を切り裂く勢いで真っ直ぐこちらへとやって来る大蛇を大地より現れた骸が押しとどめる。ガチンっと両者がぶつかり合う嫌な音がした。だが、怯んでいる暇はない。百合睦だって一端の魔術師だ。戦うこと、抗うこと、生き残ることに関しては一通り叩き込まれている。
「東の楽園、西の落陽」
「結界魔術…!させません!アントワネット!」
 呼び声に応じた死霊はワンピースの裾を優雅に翻し、跳躍する。首なしの動く白骨死体見ても修道女は眉一つ動かさない。詠唱を中断し、淡々と迎え撃つ。
「その罪よ、重くのしかかれ」
 その言葉が放たれた瞬間、アントワネットは撃ち落とされたように石畳へと落下する。
 否、それは正しくない。
 地に伏した彼女は尋常でない衝撃を受けたかのようにバラバラだった。メイド服の裾から、袖から、肋も胸骨も何もかもが散らばり出でて、彼女をただの死体にしてしまう。じり、じり、と伏して尚蠢く彼女を見えない力が押さえつける。これは。
「重力魔術…」
 四大元素に属さない魔術は制御が難しい。血筋も才能も当然ながら、何より血の滲むような努力が必要とされる。つまりそれは、彼女がやってのけたということだった。類い希なる才知に胡座をかくことなく、ただひたすらに道を究め、恐れず、怯まず、飽かず、絶望せず。
 このとき初めて百合睦は目の前に立つ女が恐ろしいと思った。先程までの「癇癪を起こして喧嘩を売ってきた、自分と同じ程度の若い魔術師」という彼女に対する評価はきれいさっぱり消えていた。
 彼女は魔術師だ。本物の異能だ。
 となれば、百合睦がやるべきことは一つしかない。戦場からの離脱。決闘なんぞ知ったことか。命あっての物種だ。もちろん、彼女は怒り狂うだろうけれど。
「そんなに重力が珍しいかしら?」
「ええ、とっても。…何しろおばあちゃん以外の魔術師の魔術なんて滅多に見ることないから」
「『おばあちゃん』」
 馬鹿にしたように彼女は鼻で笑った。明らかな嘲笑。しかし、百合睦は冷静にタイミングを見計らう。そういう反応には慣れていたのもあるし、死霊術師は地獄の責め苦を受けても平常心を失うことはない。
「己の師をそんなふうに呼ぶなんて。魔術師としての程度が知れます」
「おばあちゃんはおばあちゃんだもの。貴女にはいないの?」
「いません。必要ありません」
 嘘だな、と直感的に思ったが口には出さなかった。彼女は孤独で、その孤独は百合睦には痛いほど理解できたが、共感する気は一欠片もなかった。ただ、数を数える、呼吸を整える、煉獄を引き寄せ、いざ。
「南の冤罪、北の審判、」
「その詠唱を、貰い受けます」
「…えっ?」
 詠唱を再開した、決闘を再開した彼女が怯む。それはそうだろう、他人の詠唱を盗むなんて聞いたこともない。そんなこと出来るはずもない。それなのに実際彼女は続きを発することが出来ない。二の句を継げなくなった唇ははくはくと空気を噛むだけだ。なにをやったの、と唇の形が言う。ここで正直に答えるのは正義の味方に限られる。百合睦はふうと息を吐いて、ただ地を蹴った。
 重力を薙ぐ、使い魔の力なくして空を飛ぶ。高位の魔術師にしか出来ないそれを平然とやってのけた百合睦に修道女が目を見開くのがわかる。ああ、けれどそれも仕方ない。これは歴然たる才能の差。天賦と名付けられたギフト。綺堂百合睦は綺堂家最初で最後の最も偉大なる魔術師にして、最も平凡な死霊術師。
「それじゃあ、また。機会があれば」
「待ちなさ、い…!」
「今度は一緒に珈琲でも飲みましょう」
 貴女とは気が合いそうだから。
 その絶対に彼女が否定するであろう台詞は幸か不幸か夜風に吹き消され、届くことは決してなかった。


2018/01/08

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