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現代帝都 鳴かぬ蛍が身を焦がす

一次創作/現代帝都/約2000字/神山の蟲毒師、神山甲斐無と雷電蛍
「黒鎧の騎兵」の続きですが、これだけで読んでも問題ないです。






 物心つくかつかないかの頃から人一倍愚鈍な子供だった。
 走れば転び、登れば落ち、勉強はできず、思考はまとまらず、口も決して達者ではなかった。誰もが当たり前のように馬鹿にした。ときに影ながら、ときに公然と。誰もまともに会話を交わしてはくれなかった。それは友人や教諭はおろか家族でさえもそうだった。だから、いつしか孤独は当然の日常になった。なんでも一人でやった。なんでも一人でやらなくてはいけなかった。
 否、否。一人なんかじゃない。
 いつだって、彼は否定する。心の中で、決して声には出さないまま。
 山の奥にある蟻塚で少女はただ一人きり、二本足で立ったまま女王だと名乗った。両親に無理矢理手を引かれてやって来た巨大な屋敷で小綺麗な格好をして一人で蟲と戯れていた少年は冷めた瞳で君も蟲が好き?と問うてきた。
 だから、平気なのだ。誰に馬鹿にされても、誰に見つけてもらえなくても、誰に蔑ろにされたって。平気だった。神山甲斐無(かみやま かいな)は自らの尊厳を保っていられた。自らの有り様を見失わずに済んだ。だから、怖くなかった。戦場に立つこと、自らの手で他の誰かを害すること、蟲を飼うこと、蟲を御すること。すべての行為は甲斐無の中で一貫していた。
「…誤差十七秒。さすが、凛理。さすが、何時人様」
 膝下まで生え揃った青草が月下で海のように波打つ。その只中に立って甲斐無は待つ。そこには全幅の信頼だけがあり、疑いや迷いは一切なかった。確かに彼らの能力に対する信もあるが、ただそればかりでは決してない。
 もし、もし「これ」に甲斐無自身が名を付けることを許されるのであれば「友情」と名付けたい。
 薄ら寒い甲斐無の人生を温かいものとしてくれた彼らにわずかでも信頼の証として。敬意を示す手段として。たった二人の友人のためだけに、甲斐無は震える膝を叱咤して戦場に立つ。ともすればもつれそうになる舌を湿らせて呪を紡ぐ。
「神山流蟲術外道其の六十五、雷帝の天啓来たり」
 ふわりと甲斐無の周囲に青白い光が舞い遊ぶ。それは儚く明滅し、まるで初夏に小川に現れる蛍のようにも見えた。けれど、彼が、神山の名を継ぐ者が術式によって呼び出した以上、それは単なる虫ではあり得ない。甲斐無は待つ、無数の蛍に囲まれて。叢雲が過ぎり、差し込む月明かりも朧げに霞む中、山の斜面を駆け下りてくる同胞を。
 ここに来て誤差はなくなった。
 繊細で力強い六脚は草を踏み、青いきれを存分に立ち昇らせる。黒い影は顎を鳴らしながら全力疾走でこちらへと向かい、その背後には怒号に等しい唸り声をあげた狂える犬畜生の群れ。一見して同胞、即ち神山の蟲毒師と彼らが操る蟲たちは追われているように見えた。樹々の乱立する山中から草原へと追い出され、いよいよ追い詰められたように見えた。
 違う。
 そうではないことを、甲斐無は知っている。蟻上の彼女は知っている。黒い影をまといながら、蟻たちに勝るとも劣らない速度で疾駆する彼は知っている。ゆえに彼らは走る。ゆえに、甲斐無は立つ。
「頼んだぞ、甲斐無」
「ヘマしたら承知しないから!」
 蟻の群れと同胞たちは甲斐無の脇をすり抜けた。甲斐無の前に怒り狂う獣がいる。一頭、二頭、三頭。数えられないほどの怒りと恨みが甲斐無に向けられている。
 本音を言えば今すぐにでも逃げ出したい。彼らの牙に、彼らの爪にかかり、自らが無残に血肉を迸らせ、臓物を撒き散らす姿の方が晴れ晴れしい勝利よりもずっと容易く思い描くことができた。
 けれど、逃げない。逃げるという選択肢はない。
「其は怒りによって命燃やす、雷の申し子なり」
 バチっと何かが弾ける。無意味に漂っていた青い光が明確な意思を持って中空を動き始める。甲斐無は告げる。甲斐無は放つ。脆弱な小さき蟲たちの最期を散らす、執行者として。
「弾けろ!」
 一瞬。
 視界は青白く染まり、目も開けていられない。轟音は鼓膜を突き刺し、如何にあらかじめ対処を施しているとは言え、脳髄にまで轟くようだった。
 焦げた匂いが鼻の奥を突く。薄っすらと開いた甲斐無の目に映ったのは先程の平穏で瑞々しい夏草生い茂る様子とは一変し、黒々と焦げた大地とそこかしこに転がる獣の亡骸だけだった。
 甲斐無は息を吐く。やり遂げた。今回も生き延びた。己の役目を果たした。安堵と、自ら屠ったものに対する懺悔と、わずかな高揚感。自分のような役立たずでも、何かを為すことはできる。そう、呪いのように張り付いたこの神山の名さえあれば。
「甲斐無やるぅ!黒焦げじゃん!」
「…残数ゼロ」
 何時人の声にあちこちから安堵の声が漏れる。今日も生き延びた。皆、おそらく甲斐無と同じことを考えている。だから、怖くない。恐れることなどあるものか。ここにあるは愚かで浅ましい蠱毒の呪いによって今日まで生き長らえた一族、その末裔。同じ名を掲げた同胞。だから。
「神山甲斐無、完遂いたしました」
 今日も甲斐無は「生きている」。


雷電蛍(らいでんぼたる)
 明るいところで見れば地味で小さな取るに足らない蟲だが、その身は常に電気をまとい、小さな雷雲のような状態となっている。そのため、ほんの少しの衝撃を加えても多量の電撃を放って爆発霧散する。
 その儚い生き様と暗闇で青白い光をまとって浮遊する様子は神山家の風流人に代々大いに愛された。当然、武器としても重宝され、基本的に使い捨てにしかならないその生態から爆発的繁殖力を持つように改良されている。

2017.12.30

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