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現代帝都 幼馴染は死霊術師〜男子高校生柴田恭一の視界〜

一次創作/現代帝都/約1700字/柴田恭一と幼馴染

タイトルからしてお察しのとおりですが、あの死霊術師が登場します。十七歳です。喪服の魔術師にも十七の頃はあった。



 柴田恭一には幼馴染がいる。
 彼女の自宅は帝都でも外れに位置する住宅街では珍しい西欧風の屋敷だった。柴田家と細い路地をはさんだ隣に位置し、言うなれば物心ついたときから恭一はその屋敷を視界に入れてきたのだけれど、それは果たして視界の暴力との戦いだったと言っても過言ではない。何しろかの屋敷というのは。
「誰がお化け屋敷の女幽霊よ。失礼してしまうわ」
「ほとんど正解だろ…」
 そういうと彼女はティースプーンを使ってかき混ぜる手を止め、きろりとこちらを睨め付けた。何しろ元が整った顔立ちをしているだけに、そういう表情をするとさすがの威圧感がある。先日衣替えしたばかりの黒いセーラー服と赤いスカーフは彼女の濡れたような黒髪によく似合った。肩甲骨を超すほどある長い髪は枝毛の一本もなく、けれど彼女がそれを誇りに思っている節はいつだって微塵もなかった。
 もう余計なことは言うまいと恭一はアイスの溶けかかったクリームソーダをずっと啜る。炭酸の泡が口の中で弾け、甘ったるい味だけが残った。一方幼馴染はこの齢にしてすでに珈琲の味わいを解し、あの苦く酸っぱい飲み物にフレッシュミルクだけを入れて平然と嚥下する。恭一には絶対に真似できない所業だ。
「恭一は警察官になるのでしょう?」
 彼女は唐突に話題を変えた。まだ熱いはずの液体を目を閉じて啜る様子がさまになっている。閉じられた瞼が作る陰影は驚くほど色濃い。
「警察官じゃなくて刑事な」
 高校生活も二年目の秋を迎えた二人にとって進路は現実的な問題になり始めていた。教師たちも挙って進路希望のプリントの提出を求め、自分の学力を測るための一斉テストも頻繁に行われるようになった。恭一の成績は言わば中の中で、頑張れば希望の大学にも行けるだろうという、ぼんやりした状態が相変わらず続いていた。誰も保証してくれない未来を前に悠然と横たわるモラトリアム。恭一の夢はあくまで夢だ。そこに辿り着くまでの明確なビジョンが描けているわけでは決してない。
「警察官も刑事もお役人様。今は家名ではなく学歴が物を言う世界と聞きました。だから、恭一。うんと勉強しなくてはだめよ?どうせなら上を目指さなくては」
 そう、他人事のように彼女は言う。いや、彼女にとって平凡な学生の悩みは他人事でしかない。だって。
「あら」
 壁にそって作りつけられた革張りのソファに腰掛けた彼女が呟く。その視線は恭一を超えて、その向こう側を見ていた。なんとなく嫌な予感を抱えて恭一は振り返る。彼女といるとき、恭一のその勘は異様なほどよく当たった。
「アントワネット」
 彼女が小声で呟いた通り、そこにいたのは首から上が存在しないメイドだった。
 ダークグリーンのワンピースに白いフリルの付いたエプロンは幼馴染の屋敷に無数に存在する首無しメイドたちのお揃いの衣装で、中でもアントワネットと呼ばれる「彼女」はメイド長と呼ばれる立場にある。
「もう行くわね」
 恭一には聞き取れない音でゴーストメイドと幼馴染は何事かやり取りしたのだろうか。少女は珈琲代をテーブルに置くと学校指定の革の鞄を手に颯爽と席を立った。首のないメイドと連れ立って店内を歩いても騒ぎ出す客は一人としていない。それはそうだろう。だってあの異形の姿を目に捉えることができるのは限られた人間にしか出来ないことだ。
 カランと扉についた鈴が鳴り、やがてすぐさま静かな喧騒が戻ってくる。天井のファンは珈琲の香りを緩慢にかき混ぜ、そこに客たちが作り出す些細な話し声と食器が触れ合うカチャカチャという音が加わり、いつもの「純喫茶・三日月堂」の空気を育んでいる。
 恭一は一人、ストローを啜った。溶けた氷とアイスクリームが味気なく舌へと残る。無性に将来のことを考える気にも、鞄の中の文庫本を取り出す気にもならなくて、無意味に口の中で幼馴染の名を繰り返した。
「き、ど、う、ゆ、り、ち、か」
 それこそが帝都に存在する魔術師の御三家のうち、最も落ち目と不名誉な異名を持つ魔術師の家系の唯一の跡取りにして、こよなく死者を愛し、こよなく死者に愛され、学校一の才女にして、学校中から高嶺の花と噂され、それでいて特殊な目を持つ以外には疑いようのない凡才である柴田恭一の幼馴染、その人の名である。


2017.11.09

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