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刀剣乱舞 今生は邯鄲の夢なれど(信濃藤四郎)

 うつらうつらと眠気が頭の周囲を飛び交っている。こたつの奥まで突っ込んだ手足は温かく、背中には午後の日差しがたっぷりと当たっていた。
 一枚板を切り出した天板の上に片頬を押し当てた信濃藤四郎の視界は狭い。床の間には日本水仙が一輪、首一つ振らず鎮座し、時折火鉢の中で灰が崩れる音がした。めくられる古い紙の気配、湯呑みの底がこつりと当たるわずかな衝撃、蜜柑の皮が破かれた際の鮮烈な芳香は鼻先まで届く。
 ゆっくりと眠りの淵へと誘われていた。眠るまいと抵抗する力はひどく弱く、鉛のように重たくなった両手足はすでにぬるい闇へと引きずり込まれている。欠伸を放つまでもない。まぶたは勝手にとっぷりと降りてきた。
 夢と現実の境はよくわからない。それはいつだって突然訪れるから。
 信濃藤四郎は夢を見ていた。
 カン!カン!と響く鉄の音、燃え盛る炎。煤と灰で汚れた男たちは額の汗を拭いながらも火に巻かれる鋼から目を離そうとはしなかった。徹底的に不純物を取り除き、何度も折り返し、火に入れ、打ち、冷まし、また打つ。そして姿が定まったのならば、今度は美しい何かを見出すように研ぎを繰り返す。地を這う龍の嘶きのようなそれ。一定の速度で紡がれる音色はまるで母の歌う子守唄のようだった。鋼から生まれた我が子を前に満足げに微笑むのは男。彼が自らの手で茎に刻んだ銘は間違いなくこの刀の今後の命運を決めただろう。
 粟田口藤四郎吉光の短刀、信濃藤四郎。
 まだこのとき名物として与えられた名はなかったが、青く冴え渡る地金に刻まれた護摩箸。沸の香り立つ直刃は刃区から鋒まで真っ直ぐに伸びて少しの乱れもなく、実に健やかだった。
 名高い刀工に打たれ、主に忠義を尽くす刀としての謂われを受け、信濃藤四郎は物言わぬ鋼として自由に世を渡った。戦場に持参されることもあれば、姫君の婚礼の祝いとして贈られることもあった。かと思えば財政難から売り飛ばされたり、盗み出されたりなどということもあったが、それでも一度も焼け落ちることなく、折れることなく、今日までその姿を保っていられたのは僥倖だと言えるだろう。
 信濃藤四郎は人の世を眺めてきた。主を、家を幾つか変え、けれども決して変わらぬ鋼として生き長らえてきた。そこでは繁栄も没落も一時の夢に過ぎなかった。淡々とした時だけが横たわり、信濃藤四郎はその流れに身を任せてきたに過ぎない。そして。
「信濃、こたつで寝るなって」
「うあ?」
 揺り起こされ、薄らと視界が取り戻される。顔を上げれば厚藤四郎が灰銀の瞳を瞬かせて、呆れたようにこちらを見下ろしていた。重たいまぶたを手の甲で擦る。俺寝てた?の声に返答したのは向かいに座る後藤藤四郎だ。
「完璧に寝てたよ」
「身体しんどいなら大将にちゃんと言うんだぞ」
 見えない場所から薬研藤四郎の声がする。どうやら腹這いにこたつに入って本を読んでいるらしく、彼が口を開く前後でも紙を繰る音がやむことはなかった。
「平気。眠たいだけ」
「人間の身体は不思議だよなあ。温かいと眠くなる」
 人間。体温を持った不思議な生き物。刀を作り出した張本人。刀を使う唯一の生き物。人の手によって生まれ、人の手によって成る付喪神。その力は信濃藤四郎を刀剣男士、信濃藤四郎にした。幼子の両手、真紅に燃え立つ髪、大きな瞳。五感を使い、言葉を操り、懸命に短い生を生きる人間の姿形を借りて「生きる」今こそが。
「それこそ束の間の夢みたいな話」
 そんな独り言を拾い、首を傾げた兄弟に、信濃はなんでもないと緩くかぶりを振ってみせた。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「こたつ」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.02.19

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