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2017年2月

刀剣乱舞 春の厨の芥虫(燭台切光忠、男審神者)

※ゴキブリ注意※



 立春を過ぎ、吹く風にもどこか緩みのようなものが感じられるようになった如月の初旬のこと。
 燭台切光忠は厨にて未だかつてないほど全神経を集中させていた。視界の片隅を横切った黒い影は決して見間違いではない。冬の間は出ないはずではと一瞬思考が現実逃避しそうになるのを理性が宥める。いやいやほとんど一日中、かまどに火が入っている厨は温かい。奴等はどこにでも現れるのだ。それこそ思いがけない場所から。
「燭台切様?」
 背後から突然かかった声に肩を跳ね上げれば、予想以上の反応に驚いたのか目をまん丸に見開いた少年がこちらを見つめているところだった。艶のある黒髪に優しげな表情。花浅葱色の袴姿の彼の職務は審神者。他ならぬ燭台切光忠の主だ。
「あ、主!来ちゃだめだ!」
「は、い?」
 もっと近付いてから会話をしようと思ったのか、足を踏み出そうとした主を片手で押しとどめる。ここには奴がいるんだ、と小声にすることになんの意味があるのか。自分でもよくわからないが、とにかく首を捻った彼を厨から一刻も早く遠ざけようとしたそのときだ。
「ああ…芥虫ですか」
 目の前を横切った黒光りする物体に声にならない悲鳴をあげた燭台切とは対照的にのんびりと主は呟く。その上、驚いたことに彼はあまりにも普通に厨の中へと足を踏み入れたのだ。例のあれがどこにひそんでいるのかもしれぬ屋内に入るなど果たして正気の沙汰ではない。少なくとも燭台切は死んでも御免だと思う。敵陣に一人斬り込んでくれと言われた方がまだマシだ。それなのに未だ厨に留まるのは偏に料理好きの責任感としてこの神聖なる炊事場をきゃつらの好き勝手にさせるわけにはいかないからなのであって、決して鳥肌が止まらないからでも、膝が笑って動けないわけでもないのだ、決して。
「随分早いお出ましですね」
 まだ雪の降る日もあるでしょうに、と反して平坦な主の口調には微塵の恐怖をも読み取ることはできなかった。常に穏やかな様子の少年は全人類の敵を前にしてもまったく揺らぐことはない。ただ、黒いまなこがゆらりと厨の中を見渡す。ぱちりと燃えさしの小枝が弾ける音。崩れる薪、こぼれ出る火の粉。湯気を吐く鍋の蓋がかたりと鳴る。
「そこか」
 主の声が凛と響いた瞬間、燭台切の足元を黒い閃光がカサカサカサっと走り抜ける。それは真っ直ぐに目の前に立っていた少年へと向かい、そして。
 ぐしゃっ。
 思っていた以上に湿った音が主の草履の裏から聞こえたのは気のせいじゃない。ご丁寧に左足がぐりぐりと土間に擦りつけられる度にぐしゃ、ぱり、ぶちっと何かが壊れる音がする。やはり相手が相手のためか、念入りに力を込めたあと、少年はぱっと足をあげた。燭台切がその地点を直視できないのを余所に彼は芥虫の絶命を丹念に確認すると朗らかに笑ったようだった。
「片付けるもの、持って参りますね」
 そう言って颯爽と出て行く主の背中を燭台切光忠は呆然と見送った。そのあまりにもスマートかつ雄々しい立ち居振る舞い。例のアレに対して一歩も引かず立ち向かうその姿勢。そして、鮮やかな一騎打ち、一撃必殺、アフターケア。
「僕の主、かっこいい…」
 今この瞬間に、とある刀剣の好感度が急上昇したことを当然、当の主は知る由もなかった。


2017.02.06

刀剣乱舞 この掌でできること(信濃藤四郎、後藤藤四郎、厚藤四郎、薬研藤四郎)

「あっ」
 片手で割ろうとした卵は力の入れ具合を誤ったことにより見事に粉々に砕け散った。中からこぼれ出す半透明の白身は信濃藤四郎の掌を濡らし、半球状の黄身は湿った音を立てて作業台の上に落ちると見る見るうちにその形を崩していく。
 その惨事を真横で漏らさず見ていたのは後藤藤四郎。あーとこぼれ出たその声には少なくとも非難は見て取れず、ただほんの少しの呆れと気遣いだけがあった。
「無理して片手でやろうとするなよ」
「後藤はできるじゃん」
「俺はな。お前はまだ無理」
 ほれと渡された布巾で汚れた手を拭う。てらてらと光る掌を衝動的に舐めあげたくなるのをぐっと堪えた。以前、似たようなことをして、兄にみっともないことをしてはいけないと叱られたからだ。
 落ちた黄身は後藤が綺麗に拭い取ってくれる。厨の中心に提げられた行灯から放たれる橙色の光を吸い込んだ卵はあっという間に生成色に飲み込まれた。
 どこか遠くの梢にとまった梟が満足げにほうと一声鳴く声が聞こえる。
「信濃、こっち手伝ってくれ」
 素早く自分の役目に戻った後藤が割り入れた卵をほぐし、手際よく火にかけていく様をぼんやりと眺めていた信濃は厚藤四郎の声に我に返る。見れば炊きあがった白飯がもうもうと湯気をあげ、おひつへと移されるところだった。しゃもじをすいっと入れて粗熱を飛ばす度に米の香りが匂いたつ。並べられた皿の上には短冊形に切られた海苔、醤油と和えた鰹節、それから。
「薬研、そんなに梅干し剥くな…」
「ん」
 無心に梅干しの種を取り除く薬研藤四郎。しわくちゃに干からびた鞠のようなそれを粗方除き、残った柔らかい梅肉は包丁で叩く。どことなく調理というより調合に見えるのは彼の着ている白衣のせいかもしれなかった。
「ほら、手濡らせ」
 言われたとおり水桶に突っ込んだ掌を差し出すと厚が適量の塩を振りかけてくれる。続いてしゃもじでこれまた適量の飯がよそわれると、まだほかほかのそれがなんの覚悟もしていなかった信濃の掌に唐突にのせられた。
「あっつ!」
「ぽんぽんしろ、ぽんぽん」
 両手でお手玉でも操るかのように交互に上下する仕草をした厚の真似をして、空中で白飯を行ったり来たりさせると徐々に掌の熱が引いていく。どうにか持っていられようになるとすかさず薬研が横から梅とおかかどっちにする?と尋ねてくる。
「梅!」
「大将、梅おむすび好きだよな」
「へえ」
「よく知ってるな」
「大将、好きなもの最後に食べるんだよ。いつも梅が最後」
 薬研が真ん中に梅肉を置いてくれた飯を三角形になるように結ぶ。あまり強く力を込めすぎないようにと事前に言われていたことを思い出し、掌の感触を確かめながら数回。どうにか崩れない形になっていることを確認し、丁寧に海苔を巻くと、磯の香りがふわりと鼻先をかすめた。
「できた」
「こっちもできたぞ」
「じゃあ持ってくか」
「大将、喜んでくれるといいな」
 厨の窓からは未だ煌々と灯りを放つ執務室の障子戸が、真夜中にくっきりと浮かび上がるように見えている。



「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「手のひら」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.02.15

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タイトル通りですが、「いいね」ボタンを実装してみました。
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刀剣乱舞 今生は邯鄲の夢なれど(信濃藤四郎)

 うつらうつらと眠気が頭の周囲を飛び交っている。こたつの奥まで突っ込んだ手足は温かく、背中には午後の日差しがたっぷりと当たっていた。
 一枚板を切り出した天板の上に片頬を押し当てた信濃藤四郎の視界は狭い。床の間には日本水仙が一輪、首一つ振らず鎮座し、時折火鉢の中で灰が崩れる音がした。めくられる古い紙の気配、湯呑みの底がこつりと当たるわずかな衝撃、蜜柑の皮が破かれた際の鮮烈な芳香は鼻先まで届く。
 ゆっくりと眠りの淵へと誘われていた。眠るまいと抵抗する力はひどく弱く、鉛のように重たくなった両手足はすでにぬるい闇へと引きずり込まれている。欠伸を放つまでもない。まぶたは勝手にとっぷりと降りてきた。
 夢と現実の境はよくわからない。それはいつだって突然訪れるから。
 信濃藤四郎は夢を見ていた。
 カン!カン!と響く鉄の音、燃え盛る炎。煤と灰で汚れた男たちは額の汗を拭いながらも火に巻かれる鋼から目を離そうとはしなかった。徹底的に不純物を取り除き、何度も折り返し、火に入れ、打ち、冷まし、また打つ。そして姿が定まったのならば、今度は美しい何かを見出すように研ぎを繰り返す。地を這う龍の嘶きのようなそれ。一定の速度で紡がれる音色はまるで母の歌う子守唄のようだった。鋼から生まれた我が子を前に満足げに微笑むのは男。彼が自らの手で茎に刻んだ銘は間違いなくこの刀の今後の命運を決めただろう。
 粟田口藤四郎吉光の短刀、信濃藤四郎。
 まだこのとき名物として与えられた名はなかったが、青く冴え渡る地金に刻まれた護摩箸。沸の香り立つ直刃は刃区から鋒まで真っ直ぐに伸びて少しの乱れもなく、実に健やかだった。
 名高い刀工に打たれ、主に忠義を尽くす刀としての謂われを受け、信濃藤四郎は物言わぬ鋼として自由に世を渡った。戦場に持参されることもあれば、姫君の婚礼の祝いとして贈られることもあった。かと思えば財政難から売り飛ばされたり、盗み出されたりなどということもあったが、それでも一度も焼け落ちることなく、折れることなく、今日までその姿を保っていられたのは僥倖だと言えるだろう。
 信濃藤四郎は人の世を眺めてきた。主を、家を幾つか変え、けれども決して変わらぬ鋼として生き長らえてきた。そこでは繁栄も没落も一時の夢に過ぎなかった。淡々とした時だけが横たわり、信濃藤四郎はその流れに身を任せてきたに過ぎない。そして。
「信濃、こたつで寝るなって」
「うあ?」
 揺り起こされ、薄らと視界が取り戻される。顔を上げれば厚藤四郎が灰銀の瞳を瞬かせて、呆れたようにこちらを見下ろしていた。重たいまぶたを手の甲で擦る。俺寝てた?の声に返答したのは向かいに座る後藤藤四郎だ。
「完璧に寝てたよ」
「身体しんどいなら大将にちゃんと言うんだぞ」
 見えない場所から薬研藤四郎の声がする。どうやら腹這いにこたつに入って本を読んでいるらしく、彼が口を開く前後でも紙を繰る音がやむことはなかった。
「平気。眠たいだけ」
「人間の身体は不思議だよなあ。温かいと眠くなる」
 人間。体温を持った不思議な生き物。刀を作り出した張本人。刀を使う唯一の生き物。人の手によって生まれ、人の手によって成る付喪神。その力は信濃藤四郎を刀剣男士、信濃藤四郎にした。幼子の両手、真紅に燃え立つ髪、大きな瞳。五感を使い、言葉を操り、懸命に短い生を生きる人間の姿形を借りて「生きる」今こそが。
「それこそ束の間の夢みたいな話」
 そんな独り言を拾い、首を傾げた兄弟に、信濃はなんでもないと緩くかぶりを振ってみせた。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「こたつ」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.02.19

刀剣乱舞 猫も小判と夢うつつ(後藤藤四郎)

 後藤藤四郎はご機嫌だった。
 その証拠につやつやと鼻は濡れ、針の先みたいな小さな爪は前足の丸みから出たり入ったりを盛んに繰り返していた。ふくふくと広がったひげ、極限まで細められた目。黄褐色にトラ柄を白で描いた毛並みは太陽の光を受けてきらきらと光り輝き、先が少し折れ曲がった長い尾が床を掃く往復運動を止めることはなかった。
 その後頭部を力強く舐めあげるのはざらついた舌だ。薄らと目を開くと真っ黒な毛並みを持つ大きな猫がせっせと後藤に毛繕いを施してくれているところだった。
 後藤には兄弟が他に三匹もいる。彼女と同じ黒い毛並みに紫苑色の瞳を持った薬研藤四郎。同じく黒い毛並みだがこちらは尾が短く、瞳は灰色の厚藤四郎。そして一際長い尾と夕焼けのような赤毛の信濃藤四郎。彼らは一塊になり、ここから少し離れた陽だまりでまどろんでいた。だから、だからこそ今この瞬間に彼女を独占できるのは後藤だけだ。その黒々とした目が見つめるのは彼女がこの世であなただけの景色と誉めてくれた後藤の毛並みで、その柔らかな肉球が優しく押さえるのは彼女が幸運を引っ掛けるためにあるのだろうと言ってくれたぼさぼさの鍵尻尾。
 喉の奥の振動は留まるところを知らなかった。この瞬間が永遠に続けばいいのにと思ったし、ときが止まってしまえばいいとも思った。温かくて心地よくて時折吹く風が花の香りを運んでくるこの場所でいつまでもこうして。
 突然、にゃあんと彼女が鳴いた。甘い、甘い声だった。
 音もなく差し込む影で誰かが来たことを知る。その姿をなぜか後藤は見たくないと、そう思った。けれどもそういうわけにもいかない。意を決して目を開き、金色の虹彩が映したのは鮮やかな浅葱色の毛並み。三角形の耳も長い尾も随分と姿形が整っていた。その「雄猫」もまた甘ったるい声で彼女に答える。ぐるぐると喉の鳴る響き。それが首を伸ばした彼女のものだと気付くのに数秒かかった。浅葱色の猫はゆったりとした足取りで彼女に寄り添う。まるでそうであるのが当たり前であるかのように彼女の鼻先に己のそれをちょんと付け、そして。
「いや、いち兄はだめだろ!?」
「うるさい」
「後藤、うるさい」
「うるさい、後藤」
 飛び起きた後藤藤四郎に間髪入れず兄弟たちの苦情が突き刺さる。
 見渡せばまだ早春の夜の闇は深く、冴え冴えとした月の光が障子戸を通して差し込んでいた。寝間着の合間から忍び寄る空気はひどく冷え切っている。その温度は夢中の陽だまりとは雲泥の差ではあったけれど、後藤は安堵のあまり大きく息を吐き出した。夢かぁという嘆息には万感の毛玉がいくつもまとわりついているようだった。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「猫の日」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.02.22

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