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刀剣乱舞 きるもきらぬも(信濃藤四郎、薬研藤四郎、後藤藤四郎、厚藤四郎)

「薬研兄さん!厚兄さん!」
 飛び込んできた切羽詰まった声は同じ藤四郎の名を持つ兄弟の中でも取り分け小さな秋田藤四郎のものだった。思わず顔を見合わせた当の薬研と厚に一つ肩で大きく息をした秋田は信濃兄さんが…!と吐き出したかと思えば、早く来てください!と理由も話さず急かす。
 ただならぬ様子に何事かと問い返す前に薬研も厚も立ち上がっていた。薄桃色の髪を揺らして二人を先導する秋田に付いていくと、やがて辿り着いたのは本丸の片隅にある鍛錬場だった。
 そこでは端的に言えば信濃藤四郎がノミとトンカチを振り上げ、それを後藤藤四郎が背後から羽交い締めにするという一見理解が追いつかない光景が広がっていた。
 やめろ信濃…!という後藤は全力の力を込めているのかぶるぶると震え、一方の信濃はほとんど無表情のままそれに反抗している。美しいグラデーションがかかり、明けゆく空の色にも地の底で万年眠る宝石にも似た彼の瞳が脇目も振らず見下ろす視線の先。普段薪割りに使われている輪切りの丸太台の上には信濃藤四郎の戦装束の一つである猫手が、俎上の鯉のようにくったりとのびきった状態で置かれていた。
「何してんだ、信濃!後藤!」
「厚…!薬研も!信濃とめてくれ!こいつ、猫手の爪切り落とすんだっつって聞かなくて…!」
 その言葉に薬研の中で素早く合点がいった。信濃藤四郎は先の戦において、どうしようもない不可抗力から自らの装備で他ならぬ彼らの大将の身体を傷付けていた。無論、誰よりも武人たる主のことだ。致命傷であるわけもなく、戦場に出る者として傷は付き物とまったくの不問に付されたのだけれど、傷付けた当の本人はそうではなかったのだろう。
 自己嫌悪と罪悪感の末に辿り着いた答えがこれか。
 薬研藤四郎は、藤四郎の銘を持ち、いざというときに主の腹を切らなかった一振りはふっと小さく息をつく。
「信濃、」
 薬研の声に信濃がふと理性を取り戻した顔をする。きりきりとぜんまい仕掛けのように首が回り、凍り付いたような虹彩がこちらを見る。
「そんなことして、大将が喜ぶか?お前の武器を、お前自身が奪うことを大将が望んでいるのか?」
 その言葉に元来大きな瞳がより一層大きく、はっと見開かれたようだった。視線は凶器たる金色にきらめく爪を撫で、虚空を彷徨い、やがてゆるゆるとその全身から力が抜けていく。真紅の髪はその相貌をしめやかに隠し、けれど微かに動く唇が薬研の言葉に答える。
「……望んで、ない」
「そうだな。俺もそう思う」
「信濃、」
「ごめん、後藤。俺、どうかしてた」
「いいって」
「薬研も、厚も…秋田もごめんね」
 入り口の向こうに隠れるようにこちらを伺っていた弟がふるふると勢いよく首を振るう。信濃は手にした道具を静かな動作で道具箱に戻すと、自らの武器を手に取った。刀剣男士として顕現する付喪神としては珍しく、刀剣以外の武器とともに立ち現れた藤四郎の一振りはしばらく手にした金色を弄ぶと、やがてうんと頷いた。
「大将に謝らなきゃ。それで、もっと強くなるって言わなきゃ」
 そう言い残したかと思えば、彼は軽やかな足取りで本丸御殿の方へと確かな足取りで歩んで行った。心配そうに事の成り行きを見守っていた秋田も元のお役目に戻るのか、満面の笑みで厩の方へと走り去る。あとに残されたのは薬研、厚、後藤の三振りだけ。しばらく微妙な沈黙が続いたあと、その場の空気を変えたのは後藤の大きなため息だった。
「助かった…あいつ、全然俺の話聞かないから」
「意外と頑固だからなぁ、信濃は」
「でも、薬研の話は素直に聞いたな?」
「ありゃ、俺の言うことを聞いたんじゃない」
 薬研の言葉に首を傾げた二振りに薬研は微かに笑ってみせる。そう、言うまでもなく彼は薬研藤四郎の声を聞いたのではない。彼が聞くのはいつだってこの世でただ一人、たった一つだけの声。
「あいつは大将の言うことを聞いただけさ」
 そう、それは果たしてここに存在するすべての刀剣がそうであるのと同じように。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「爪切り」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.01.11

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