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2017年

刀剣乱舞 晴れがましくハレて本日(信濃藤四郎、薬研藤四郎、厚藤四郎、後藤藤四郎)

 睦月が朔日。一年に一度のハレの日、明け六つ過ぎ。
 本丸の大広間には続々と身支度を整えた刀剣たちが集まり始めていた。大晦日に羽目を外しすぎたのか欠伸を噛み殺す者もいれば、早々に眠りに就いたのか晴れやかに朝を迎えている者もいる。信濃藤四郎はといえば遠くから鳴り響く除夜の鐘の幾つ目まで聞いていたのかまるで記憶にない。気が付けば布団の中で兄弟たちの寝息に囲まれて朝を迎えていた。同室の兄弟刀、薬研藤四郎、厚藤四郎、後藤藤四郎も信濃と似たような年越しをしたのだろう。皆特に眠たげな顔をすることもなく、すっきりとした表情でお膳台へと向かっていた。
 元旦の献立は鰹出汁の吸い物に青菜や蒲鉾、餅を入れたお雑煮、山梔子の色も鮮やかな栗きんとん、つややかに煮込まれた黒豆に鰹節のかかった数の子。お屠蘇の朱塗りも鮮やかにまさに正月といった雰囲気を前に、俺常々不思議だったんだけど、と信濃藤四郎は素朴な疑問を口にした。
「日が変わって、月が変わっただけでしょ?なんでそんなに人間は有り難がるのかな?」
「そりゃ…そういうもんだろ」
「師走から睦月へ変わるのは一年に一度だけだぜ」
 そうざっくりとした見解を寄越したのは後藤と厚。信濃が納得いかずに眉根を寄せるとそのやり取りを黙って聞いていた薬研が横から口を挟んだ。
「まあ、簡単に言えば区切りだろうな」
「区切り?」
「人間は百年も生きられんからな。一年という単位で人生を区切るのがちょうどいいんだろう」
「ふーん」
 わかったようなわからないような答えに信濃が生返事をすると、薬研が喉の奥で笑ってみせる。
「それにハレの日はたまにあるからいいもんだ」
「俺たちにとっては一年前なんて昨日だよ」
「人間にとっては、だ、兄弟。俺たちはいつだって老い先短い人間と過ごしてるだろ?」
 薬研の言葉がちょうど途切れた頃、広間へと主がやって来た。刀剣たちに口々に声をかけられ、それに答えながら自身の席に腰を下ろした彼女はあからさまに眠たそうだ。黒いまなこがゆらゆらと揺れ、何度か膳の上をすべったあとに、おやと見開かれる。その口が元旦かと動くのを確かに信濃は見ていた。それは信濃同様、主の動向を注視していた兄弟も同じだったのだろう。嫌味のない苦笑が次々に両脇から漏れる。
「…大将、正月ってこと忘れてたな…」
「昨日年越し蕎麦も食ったってのになあ」
「まあ、うちの大将はああいう御人だよな」
「大将!おはよー!」
 今日はお正月だよ!という信濃の声に照れたように微かに笑った彼女は返事の代わりにひらひらと手を振り返してくれた。
 いつの間にか広間にはずらりと彼女の刀たちが勢揃いしていた。刀派も刀種も年代も違う。だが皆等しく彼女の手によって顕現し、彼女の指揮によって戦う同じ本丸の同志たちは耳を澄まして主の声を待つ。その一振り一振りの顔をじっくりと見回し、やがて彼女の涼やかな声が抜けるような冬晴れの朝、晴れやかに降り注いだ。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「正月」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.01.01

刀剣乱舞 きるもきらぬも(信濃藤四郎、薬研藤四郎、後藤藤四郎、厚藤四郎)

「薬研兄さん!厚兄さん!」
 飛び込んできた切羽詰まった声は同じ藤四郎の名を持つ兄弟の中でも取り分け小さな秋田藤四郎のものだった。思わず顔を見合わせた当の薬研と厚に一つ肩で大きく息をした秋田は信濃兄さんが…!と吐き出したかと思えば、早く来てください!と理由も話さず急かす。
 ただならぬ様子に何事かと問い返す前に薬研も厚も立ち上がっていた。薄桃色の髪を揺らして二人を先導する秋田に付いていくと、やがて辿り着いたのは本丸の片隅にある鍛錬場だった。
 そこでは端的に言えば信濃藤四郎がノミとトンカチを振り上げ、それを後藤藤四郎が背後から羽交い締めにするという一見理解が追いつかない光景が広がっていた。
 やめろ信濃…!という後藤は全力の力を込めているのかぶるぶると震え、一方の信濃はほとんど無表情のままそれに反抗している。美しいグラデーションがかかり、明けゆく空の色にも地の底で万年眠る宝石にも似た彼の瞳が脇目も振らず見下ろす視線の先。普段薪割りに使われている輪切りの丸太台の上には信濃藤四郎の戦装束の一つである猫手が、俎上の鯉のようにくったりとのびきった状態で置かれていた。
「何してんだ、信濃!後藤!」
「厚…!薬研も!信濃とめてくれ!こいつ、猫手の爪切り落とすんだっつって聞かなくて…!」
 その言葉に薬研の中で素早く合点がいった。信濃藤四郎は先の戦において、どうしようもない不可抗力から自らの装備で他ならぬ彼らの大将の身体を傷付けていた。無論、誰よりも武人たる主のことだ。致命傷であるわけもなく、戦場に出る者として傷は付き物とまったくの不問に付されたのだけれど、傷付けた当の本人はそうではなかったのだろう。
 自己嫌悪と罪悪感の末に辿り着いた答えがこれか。
 薬研藤四郎は、藤四郎の銘を持ち、いざというときに主の腹を切らなかった一振りはふっと小さく息をつく。
「信濃、」
 薬研の声に信濃がふと理性を取り戻した顔をする。きりきりとぜんまい仕掛けのように首が回り、凍り付いたような虹彩がこちらを見る。
「そんなことして、大将が喜ぶか?お前の武器を、お前自身が奪うことを大将が望んでいるのか?」
 その言葉に元来大きな瞳がより一層大きく、はっと見開かれたようだった。視線は凶器たる金色にきらめく爪を撫で、虚空を彷徨い、やがてゆるゆるとその全身から力が抜けていく。真紅の髪はその相貌をしめやかに隠し、けれど微かに動く唇が薬研の言葉に答える。
「……望んで、ない」
「そうだな。俺もそう思う」
「信濃、」
「ごめん、後藤。俺、どうかしてた」
「いいって」
「薬研も、厚も…秋田もごめんね」
 入り口の向こうに隠れるようにこちらを伺っていた弟がふるふると勢いよく首を振るう。信濃は手にした道具を静かな動作で道具箱に戻すと、自らの武器を手に取った。刀剣男士として顕現する付喪神としては珍しく、刀剣以外の武器とともに立ち現れた藤四郎の一振りはしばらく手にした金色を弄ぶと、やがてうんと頷いた。
「大将に謝らなきゃ。それで、もっと強くなるって言わなきゃ」
 そう言い残したかと思えば、彼は軽やかな足取りで本丸御殿の方へと確かな足取りで歩んで行った。心配そうに事の成り行きを見守っていた秋田も元のお役目に戻るのか、満面の笑みで厩の方へと走り去る。あとに残されたのは薬研、厚、後藤の三振りだけ。しばらく微妙な沈黙が続いたあと、その場の空気を変えたのは後藤の大きなため息だった。
「助かった…あいつ、全然俺の話聞かないから」
「意外と頑固だからなぁ、信濃は」
「でも、薬研の話は素直に聞いたな?」
「ありゃ、俺の言うことを聞いたんじゃない」
 薬研の言葉に首を傾げた二振りに薬研は微かに笑ってみせる。そう、言うまでもなく彼は薬研藤四郎の声を聞いたのではない。彼が聞くのはいつだってこの世でただ一人、たった一つだけの声。
「あいつは大将の言うことを聞いただけさ」
 そう、それは果たしてここに存在するすべての刀剣がそうであるのと同じように。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「爪切り」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.01.11

刀剣乱舞 我ら戦場に生まれて戦場にて死す(厚藤四郎、薬研藤四郎、信濃藤四郎、後藤藤四郎)

 戦場に吹く生臭い風が土埃を舞いあげ、不快な塊となり、厚藤四郎の頬を撫でる。
 見上げた空は鈍色の曇天で、今にも泣き出しそうな分厚い雲が地の果てまでも隙間なく覆っていた。傍には倒れた敵の骸が一体、二体、三体。刀装はすべて打ち倒され、部隊からもはぐれ、孤軍奮闘した成果としてはまあまあだろうか。しかし、その代償として厚藤四郎の体は最早小指の先ほども動く気配はなかった。痺れるような痛みは右足と左の膝。じくじくと疼くようなのは背中に浴びた一太刀。仰向けに地へと転がったのはなるべくその致命傷を敵に悟らせないため。とはいえ、壊れた武具はもはや防御の意味を成さず、右手で握りしめた厚藤四郎本体はすでに刃毀れも甚だしい。だが、戦いはまだ終わってはいないのだ。鬨の声があがってから半刻。鈍い地響きと戦特有の金気を含んだ空気はしつこく辺り一帯に漂っている。
 だから、厚藤四郎は戦う意志を失うわけにはいかず、また諦めるなどとはもっての外だった。
 ゆっくりと木立をかき分けてやって来る足音に対し、もうとっくの昔に融通が利かなくなったはずの足腰を奮い立たせ、柄を握る掌に力を込める。立て、立て、立て!
 刀剣に宿りし御霊が審神者なる者の手によって顕現した付喪神、刀剣男士。その使命はたったの一つ。そのお役目はたったの一つ。審神者のもと、己たる刃をかざして敵を討て。己たる白刃を閃かせて歴史を守れ。まるでそれが本能であるかのように。器物であったはずの刀は魂を、心を、血肉をもって戦場へと立つ。抜刀し、脚を踏ん張り、息を吸い、血を巡らせ、息を吐いて、敵を見据える。
 思わず微かに口許を緩めてしまったのは生きて帰る算段が出来たからではない。槍一振り、太刀が二振り、そして大太刀が一振り。間合いが短く、それも手負いの短刀には荷が重い相手に目の前をちらつくのは地獄の一丁目。はて、刀剣も壊れたらあの世へなんぞ行くのかしらと首を傾げてから、己の妄想を己でせせら笑う。
 刀は刀。器物は器物。宿った御霊は人に似れど人じゃない。
 地獄へ行くなら大将か、と独り言が思わず落ちる。どんな御仁であろうと、厚藤四郎にとっては現世における大切な主だ。出来うるなら死後も安らかにあれと願うが、当の本人はあっけらかんと私が極楽浄土へなど行けるものかと笑う。嗚呼ならば。なれば、そうだ。厚藤四郎は言ったのだ。俺が大将の黄泉路の供をしてやるよ、と。他愛もない二言三言の会話。彼女は黒いまなこを見開いて、なんと言っただろう。そうだ、そうだ。
「頼むぞ、と大将は言ったんだ」
 笑って笑って、お前が一緒なら心強いと言ったんだ。その約束を反故にするわけにはいかない。山城国の刀匠粟田口吉光の手によって打たれた短刀、厚藤四郎。青白く冴えた鋼の刀身が鎧をも穿つ鎧通し。その銘にかけて、その歴史にかけて、ここで倒れるわけにはいかぬ。倒せ、と叫ぶ声は誰のものか。倒せる敵か、と囁く声は誰のものか。知らぬともかまわなかった。わからぬともかまわなかった。立ち塞がる敵は討つ。討って、討って、主の元へと帰るのだ。
「-弓兵、構え!!」
 それは聞き慣れた声だった。振り返るよりも早く、条件反射で厚は身を伏せる。キリキリと弦が引き絞られる音はほんの数秒。すぐさま続いた放て!の声とともに空気を切り裂く無数の矢が放たれる。
「厚!」
「無事か、厚!」
 思わぬ奇襲と大柄な体躯が格好の的となり、右往左往する敵部隊に突っ込んで行くのは同じ粟田口の短刀薬研藤四郎。慌てて駆け寄って来たのはやはり藤四郎を同じくする信濃藤四郎と後藤藤四郎。
 二振りの手が触れた途端に厚の全身はまるで支えを失ったようにふらりと傾いだ。それを危うく掴んだ二振りが蒼白の表情を押し隠すのがわかる。そうだ、ここは戦場だから、弱い者が倒れるのは当然だ。無論、厚藤四郎はまだ折れてはいないのだから、無理にでも笑って兄弟の肩を叩く。
「助かったぜ、兄弟。薬研に加勢してやってくれ」
「大丈夫なのか?」
「これぐらいで折れるようなら厚藤四郎じゃないぜ」
「…行こ、後藤。薬研が組み合ってるから弓は使えない」
 信濃が冷静に首を振るうとゆらりと立ち上がる。この刀は劣勢や窮地であるほど冴えた思考を巡らせることができると厚は知っていた。そして、後藤は覚悟を決めるのが早い。つり上がり気味の目はすでに交戦中の前方を見据え、飛び込むタイミングを見計らっている。そして、兄弟一血の気が多い薬研藤四郎は言わずもがな。短刀にあるまじき気迫で敵の薙刀の首にかじりつく。
 頼んだぜ、という声をたぶん誰も聞いてはいなかった。でも、それでよかった。なぜなら厚藤四郎は、薬研藤四郎は、信濃藤四郎は、後藤藤四郎は刀剣男士だ。審神者なる者の手によって顕現した付喪神であり、そしてその存在は刀剣そのものだ。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「刀剣男士」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.01.15

2017/01/18 金座稲荷神社

 「短刀 銘吉光 名物 後藤藤四郎」の名前の由来となったのは、徳川家康に経済の才を認められ、駿河の国で金座の長となった後藤庄三郎光次が所持していたからだとされています。その後藤殿が金座を開設した折に建立され、守り神として稲荷大神(商売繁盛)、秋葉大神(火伏、金属加工守護)を祀った神社、金座稲荷神社へと行ってみました。

※写真をクリックすると拡大表示されます※

※正面写真 住宅街の合間にひっそりと。
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※由緒説明 お金の神様です。通称、後藤稲荷。
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 金座稲荷神社は静岡市葵区金座町にあります。静岡市中心街は家康公が整備した際の町名が現代でも残っており、駅前からまっすぐにのびる道を紺屋町(こうやまち)、呉服町(ごふくちょう)と通り抜け、三つ目の町がここ金座町となります。

※お社のアップ
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 金座稲荷神社は小規模ながら敷地もお社も掃除が行き届いていて、氏子の皆様に愛されている神社だということが伺えました。参拝の際にちょっと失礼してお社の中を覗かせていただいたのですが、中に飾ってある大きな赤色の提灯に金色の小判がデザインしてあるのが大変かっこよかったです。お祭のときに飾られるんでしょうかね。火が入ったところを見てみたいと思いました。

以下、余談です。

 金座町は前述のとおり、今は普通の住宅街なのですが、町の入り口にあたる通りには静岡銀行本店、日本銀行静岡支店、清水銀行本店と金融関係の建物が多く集まり、今でも静岡市の「金」の中心地となっています。その礎を作った後藤くんの元主さんはすごいぞ!

※静岡銀行本店 1931年に建てられた荘厳な石造り風の社屋は国の登録有形文化財に指定されています。
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刀剣乱舞 お前の弟たちのことを教えてくれ(一期一振)

 梅の花も徐々にほころび、晴れやかな香気を漂わせ始めたある晴れた睦月の日のこと。
 主の部屋に八つどきの菓子を運んできた一期一振が彼女から唐突に投げかけられた質問は極めて簡潔だった。だが、反して彼は返答に窮す。口元に指先を添え、視線を落とした拍子に浅葱色の髪が頬にかかり、その考え込んだ表情に陰影を落とした。おそらく単に彼と言葉を交わしたかっただけと思しき主は急かすでもなく、花びら餅の柔らかい求肥を指でつまむとゆっくり口に運んで食む。
 庭の花木に蜜を求めてやって来る目白がちゅいちゅいと何度鳴いた頃だろう。熟考の末、粟田口吉光の手によって打たれた唯一の太刀、藤四郎兄弟の長兄は飴色の瞳をあげ、まだ戸惑いの残る表情で目の前の主を見据えた。
「そう、ですな…まず厚ですが、」
「うん」
「あの子は主もご存じのとおり、鎧通しに分類される刀です。名の由来にもなっております刀身の厚みは鎧の隙間を縫い、とどめを刺す際に折れぬため。歴代の主は名将揃いとなりまして、兄の私から見ても戦場で平静さを失わず、しかも非常に頭の切れる子です」
「ああ、知っているよ」
「主にそう仰っていただきますと、何やら面映ゆいですな。…続きまして薬研藤四郎」
「うん」
「この子は他の弟とは違い戦場に最も近い刀でした。足利将軍家から織田信長公へと渡り、戦乱の世を渡り、そして伝説を作りました」
「ああ」
「吉光の短刀はよく切れるが決して主の腹は切らぬ。この薬研の逸話がのちの兄弟たちの運命を定めたと言っても過言ではないでしょう。あの子自身、主を思い、主に思われる、よい刀だと私は思います」
「薬研の働きにはいつも助かっている」
「ありがとうございます。…そうですね、それから後藤藤四郎」
「うん」
「後藤は本阿弥殿に大変お褒めいただきまして、後藤家それから徳川家でも変わらぬご寵愛を受けました。幼い花嫁の守刀としてのお役目も立派に果たし、今でもよく弟たちの面倒をみてくれていますな。主のお役に立ちたいという気持ちも人一倍です」
「その心がけに相応しい、真っ直ぐな刀だ」
「ええ。後藤もそれを聞いたらさぞかし喜ぶでしょう。…それに信濃藤四郎」
「うん」
「信濃は五百枚の折紙を付け、永井家それから徳川家でも大切にされ、その後寛永の頃に出羽荘内藩の酒井家に移ってからはずっとお家で大事にされてきました。主を転々とすることもなく少々もの知らずな節もありますが、天真爛漫で可愛げのある弟です」
「信濃がいると場が明るくなるな」
「私もそう思います。それから…」
 なめらかになり始めた一期一振の言葉を遮って、皿の上の花びら餅をとっくに平らげた主がその後方へと指をさす。はて、と不審に思いながらも振り返ると、薄く開いた障子戸から覗くは八つの目。鋼の灰、夜明けの紫、琥珀の黄褐色、何とも例え難い朱と緑の混在。各々の個性も豊かなその色彩を兄である一期一振が見間違えるはずもない。
「お前たち!」
「いち兄、ごめん!」
「盗み聞きするつもりじゃなかったんだ」
「いち兄に褒められたっ」
「まったく大将も人が悪い」
 俺たちがいるの気付いてたんだろ?薬研の言葉に主は珍しく含みのない笑みを浮かべると、たまにはねと呟いて美味そうに一口茶を啜った。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「いち兄が言ってた」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.01.22

刀剣乱舞 消失という史実(薬研藤四郎、信濃藤四郎)


※不穏です※



「嘘つき」
 燃えるような赤い髪を持つ兄弟刀は滅多にすることのない片目を眇めて相手を見下す仕草をしてからそう呟くと、ふいっと視線を逸らせた。
 その矛先に選ばれた薬研藤四郎は呆気に取られ、思わずぽかんと口を開けてその横顔に見入ってしまう。刀剣に宿った御霊が顕現した刀剣男士は押し並べて皆整った顔立ちをしているが、吉光の名を掲げ、長らく東北の地で秘蔵されてきた信濃藤四郎は華奢ながら華やかで、ぱっと目を引く容姿をしていた。翡翠色の湖水と水面に映る夕焼けが混ざり合ったかのような虹彩は、今は庭の片隅に群れなして咲く水仙に向けられている。平常を装った眉の形。けれど、きゅっと力強く引き結ばれた唇が彼の不機嫌を如実に表していた。否、それが単なる機嫌の傾きなどという現象なのかさえ薬研藤四郎には判断ができない。ただ記憶にある限り概ね牧歌的な雰囲気をまとった兄弟が完璧にへそを曲げているのは確かな話で、その原因が薬研にあるのもまた確かなことのようだった。
 丁子を選別する手を止めて薬研は記憶を遡る。指先には生薬の独特の匂いが移り、その効能なのか作業に没頭する薬研の元に信濃がやって来たほんの少し前の時刻まで頭の中は簡単に巻き戻った。冬晴れの日差しの下、縁側で作業をしていた薬研の元に近づいてくるなり問いかけたのは彼の方だ。俺たちってなんだろう、と漠然とした疑問文はやはり彼にしては珍しく、おやと思ったのを確かにおぼえている。薬研の答えを待つこともなく、信濃は薬研の隣に勝手に腰を下ろす。薬研、と兄弟刀の銘を呼ぶ彼の声は恐ろしく平坦だった。信濃藤四郎は決して感情表現に乏しい刀ではない。だが、ときに薄ら寒いほど冷淡な目で何もかもを見下ろしているときがあった。
「厚はオレたちは刀だろって」
「まあ、そりゃ…そうだな」
「後藤は、俺たちは大将のためにいるって」
「はは、後藤らしいな」
「薬研は?」
 そう、問うた刀は真っ直ぐに鋒をこちらに向けていた。切りつけるためじゃない。命を奪うためじゃない。ただ純粋な疑問が鋭く薬研藤四郎を貫こうとしていた。だから、薬研藤四郎は数秒の思索ののち答えたのだ。その真心に応えるべく本心から。
「俺は、薬研藤四郎だ」
 その言葉を放った次の瞬間にはもうあの台詞だ。
 何が引き金だったのかはわかっても何が原因なのかはさっぱりわからない。お前は何かと尋ねられて名を名乗るのがそんなに気に障ることだったのだろうか。首を捻れど相変わらず兄弟はそっぽを向いたままで、参ったなと苦笑した声にちらりと視線が動く。薬研を捉えた摩訶不思議な瞳の色が揺らめいて、一つ瞬き。続いて、はあっと吐き出されたため息にはわざとらしい呆れの色が混じっていた。
「いいよ、もう。薬研てそういう奴だよね」
「お、機嫌直してくれんのか?気前がいいな」
「そんなんじゃないし。というか別に怒ってない」
「なら、どういう意味なんだ。さっきの」
 嘘つき、なんて穏やかじゃねえな。そう蝋紙の上に散らばった丁子を選り分けながら問う薬研の声に返事はない。予想していなかった沈黙に再度顔を上げれば信濃藤四郎は終ぞ見たことのない顔をしていた。まるで逢魔が時に出逢う、鬼か、物の怪か。一切合切の心が消え失せた無機物の面持ちで彼はぽつりと問いかける。
「お前は本当に薬研藤四郎なの?」



「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「うそつき」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.01.29

刀剣乱舞 春の厨の芥虫(燭台切光忠、男審神者)

※ゴキブリ注意※



 立春を過ぎ、吹く風にもどこか緩みのようなものが感じられるようになった如月の初旬のこと。
 燭台切光忠は厨にて未だかつてないほど全神経を集中させていた。視界の片隅を横切った黒い影は決して見間違いではない。冬の間は出ないはずではと一瞬思考が現実逃避しそうになるのを理性が宥める。いやいやほとんど一日中、かまどに火が入っている厨は温かい。奴等はどこにでも現れるのだ。それこそ思いがけない場所から。
「燭台切様?」
 背後から突然かかった声に肩を跳ね上げれば、予想以上の反応に驚いたのか目をまん丸に見開いた少年がこちらを見つめているところだった。艶のある黒髪に優しげな表情。花浅葱色の袴姿の彼の職務は審神者。他ならぬ燭台切光忠の主だ。
「あ、主!来ちゃだめだ!」
「は、い?」
 もっと近付いてから会話をしようと思ったのか、足を踏み出そうとした主を片手で押しとどめる。ここには奴がいるんだ、と小声にすることになんの意味があるのか。自分でもよくわからないが、とにかく首を捻った彼を厨から一刻も早く遠ざけようとしたそのときだ。
「ああ…芥虫ですか」
 目の前を横切った黒光りする物体に声にならない悲鳴をあげた燭台切とは対照的にのんびりと主は呟く。その上、驚いたことに彼はあまりにも普通に厨の中へと足を踏み入れたのだ。例のあれがどこにひそんでいるのかもしれぬ屋内に入るなど果たして正気の沙汰ではない。少なくとも燭台切は死んでも御免だと思う。敵陣に一人斬り込んでくれと言われた方がまだマシだ。それなのに未だ厨に留まるのは偏に料理好きの責任感としてこの神聖なる炊事場をきゃつらの好き勝手にさせるわけにはいかないからなのであって、決して鳥肌が止まらないからでも、膝が笑って動けないわけでもないのだ、決して。
「随分早いお出ましですね」
 まだ雪の降る日もあるでしょうに、と反して平坦な主の口調には微塵の恐怖をも読み取ることはできなかった。常に穏やかな様子の少年は全人類の敵を前にしてもまったく揺らぐことはない。ただ、黒いまなこがゆらりと厨の中を見渡す。ぱちりと燃えさしの小枝が弾ける音。崩れる薪、こぼれ出る火の粉。湯気を吐く鍋の蓋がかたりと鳴る。
「そこか」
 主の声が凛と響いた瞬間、燭台切の足元を黒い閃光がカサカサカサっと走り抜ける。それは真っ直ぐに目の前に立っていた少年へと向かい、そして。
 ぐしゃっ。
 思っていた以上に湿った音が主の草履の裏から聞こえたのは気のせいじゃない。ご丁寧に左足がぐりぐりと土間に擦りつけられる度にぐしゃ、ぱり、ぶちっと何かが壊れる音がする。やはり相手が相手のためか、念入りに力を込めたあと、少年はぱっと足をあげた。燭台切がその地点を直視できないのを余所に彼は芥虫の絶命を丹念に確認すると朗らかに笑ったようだった。
「片付けるもの、持って参りますね」
 そう言って颯爽と出て行く主の背中を燭台切光忠は呆然と見送った。そのあまりにもスマートかつ雄々しい立ち居振る舞い。例のアレに対して一歩も引かず立ち向かうその姿勢。そして、鮮やかな一騎打ち、一撃必殺、アフターケア。
「僕の主、かっこいい…」
 今この瞬間に、とある刀剣の好感度が急上昇したことを当然、当の主は知る由もなかった。


2017.02.06

刀剣乱舞 この掌でできること(信濃藤四郎、後藤藤四郎、厚藤四郎、薬研藤四郎)

「あっ」
 片手で割ろうとした卵は力の入れ具合を誤ったことにより見事に粉々に砕け散った。中からこぼれ出す半透明の白身は信濃藤四郎の掌を濡らし、半球状の黄身は湿った音を立てて作業台の上に落ちると見る見るうちにその形を崩していく。
 その惨事を真横で漏らさず見ていたのは後藤藤四郎。あーとこぼれ出たその声には少なくとも非難は見て取れず、ただほんの少しの呆れと気遣いだけがあった。
「無理して片手でやろうとするなよ」
「後藤はできるじゃん」
「俺はな。お前はまだ無理」
 ほれと渡された布巾で汚れた手を拭う。てらてらと光る掌を衝動的に舐めあげたくなるのをぐっと堪えた。以前、似たようなことをして、兄にみっともないことをしてはいけないと叱られたからだ。
 落ちた黄身は後藤が綺麗に拭い取ってくれる。厨の中心に提げられた行灯から放たれる橙色の光を吸い込んだ卵はあっという間に生成色に飲み込まれた。
 どこか遠くの梢にとまった梟が満足げにほうと一声鳴く声が聞こえる。
「信濃、こっち手伝ってくれ」
 素早く自分の役目に戻った後藤が割り入れた卵をほぐし、手際よく火にかけていく様をぼんやりと眺めていた信濃は厚藤四郎の声に我に返る。見れば炊きあがった白飯がもうもうと湯気をあげ、おひつへと移されるところだった。しゃもじをすいっと入れて粗熱を飛ばす度に米の香りが匂いたつ。並べられた皿の上には短冊形に切られた海苔、醤油と和えた鰹節、それから。
「薬研、そんなに梅干し剥くな…」
「ん」
 無心に梅干しの種を取り除く薬研藤四郎。しわくちゃに干からびた鞠のようなそれを粗方除き、残った柔らかい梅肉は包丁で叩く。どことなく調理というより調合に見えるのは彼の着ている白衣のせいかもしれなかった。
「ほら、手濡らせ」
 言われたとおり水桶に突っ込んだ掌を差し出すと厚が適量の塩を振りかけてくれる。続いてしゃもじでこれまた適量の飯がよそわれると、まだほかほかのそれがなんの覚悟もしていなかった信濃の掌に唐突にのせられた。
「あっつ!」
「ぽんぽんしろ、ぽんぽん」
 両手でお手玉でも操るかのように交互に上下する仕草をした厚の真似をして、空中で白飯を行ったり来たりさせると徐々に掌の熱が引いていく。どうにか持っていられようになるとすかさず薬研が横から梅とおかかどっちにする?と尋ねてくる。
「梅!」
「大将、梅おむすび好きだよな」
「へえ」
「よく知ってるな」
「大将、好きなもの最後に食べるんだよ。いつも梅が最後」
 薬研が真ん中に梅肉を置いてくれた飯を三角形になるように結ぶ。あまり強く力を込めすぎないようにと事前に言われていたことを思い出し、掌の感触を確かめながら数回。どうにか崩れない形になっていることを確認し、丁寧に海苔を巻くと、磯の香りがふわりと鼻先をかすめた。
「できた」
「こっちもできたぞ」
「じゃあ持ってくか」
「大将、喜んでくれるといいな」
 厨の窓からは未だ煌々と灯りを放つ執務室の障子戸が、真夜中にくっきりと浮かび上がるように見えている。



「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「手のひら」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.02.15

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↓ 本物です。テステスどぞどぞ。

刀剣乱舞 今生は邯鄲の夢なれど(信濃藤四郎)

 うつらうつらと眠気が頭の周囲を飛び交っている。こたつの奥まで突っ込んだ手足は温かく、背中には午後の日差しがたっぷりと当たっていた。
 一枚板を切り出した天板の上に片頬を押し当てた信濃藤四郎の視界は狭い。床の間には日本水仙が一輪、首一つ振らず鎮座し、時折火鉢の中で灰が崩れる音がした。めくられる古い紙の気配、湯呑みの底がこつりと当たるわずかな衝撃、蜜柑の皮が破かれた際の鮮烈な芳香は鼻先まで届く。
 ゆっくりと眠りの淵へと誘われていた。眠るまいと抵抗する力はひどく弱く、鉛のように重たくなった両手足はすでにぬるい闇へと引きずり込まれている。欠伸を放つまでもない。まぶたは勝手にとっぷりと降りてきた。
 夢と現実の境はよくわからない。それはいつだって突然訪れるから。
 信濃藤四郎は夢を見ていた。
 カン!カン!と響く鉄の音、燃え盛る炎。煤と灰で汚れた男たちは額の汗を拭いながらも火に巻かれる鋼から目を離そうとはしなかった。徹底的に不純物を取り除き、何度も折り返し、火に入れ、打ち、冷まし、また打つ。そして姿が定まったのならば、今度は美しい何かを見出すように研ぎを繰り返す。地を這う龍の嘶きのようなそれ。一定の速度で紡がれる音色はまるで母の歌う子守唄のようだった。鋼から生まれた我が子を前に満足げに微笑むのは男。彼が自らの手で茎に刻んだ銘は間違いなくこの刀の今後の命運を決めただろう。
 粟田口藤四郎吉光の短刀、信濃藤四郎。
 まだこのとき名物として与えられた名はなかったが、青く冴え渡る地金に刻まれた護摩箸。沸の香り立つ直刃は刃区から鋒まで真っ直ぐに伸びて少しの乱れもなく、実に健やかだった。
 名高い刀工に打たれ、主に忠義を尽くす刀としての謂われを受け、信濃藤四郎は物言わぬ鋼として自由に世を渡った。戦場に持参されることもあれば、姫君の婚礼の祝いとして贈られることもあった。かと思えば財政難から売り飛ばされたり、盗み出されたりなどということもあったが、それでも一度も焼け落ちることなく、折れることなく、今日までその姿を保っていられたのは僥倖だと言えるだろう。
 信濃藤四郎は人の世を眺めてきた。主を、家を幾つか変え、けれども決して変わらぬ鋼として生き長らえてきた。そこでは繁栄も没落も一時の夢に過ぎなかった。淡々とした時だけが横たわり、信濃藤四郎はその流れに身を任せてきたに過ぎない。そして。
「信濃、こたつで寝るなって」
「うあ?」
 揺り起こされ、薄らと視界が取り戻される。顔を上げれば厚藤四郎が灰銀の瞳を瞬かせて、呆れたようにこちらを見下ろしていた。重たいまぶたを手の甲で擦る。俺寝てた?の声に返答したのは向かいに座る後藤藤四郎だ。
「完璧に寝てたよ」
「身体しんどいなら大将にちゃんと言うんだぞ」
 見えない場所から薬研藤四郎の声がする。どうやら腹這いにこたつに入って本を読んでいるらしく、彼が口を開く前後でも紙を繰る音がやむことはなかった。
「平気。眠たいだけ」
「人間の身体は不思議だよなあ。温かいと眠くなる」
 人間。体温を持った不思議な生き物。刀を作り出した張本人。刀を使う唯一の生き物。人の手によって生まれ、人の手によって成る付喪神。その力は信濃藤四郎を刀剣男士、信濃藤四郎にした。幼子の両手、真紅に燃え立つ髪、大きな瞳。五感を使い、言葉を操り、懸命に短い生を生きる人間の姿形を借りて「生きる」今こそが。
「それこそ束の間の夢みたいな話」
 そんな独り言を拾い、首を傾げた兄弟に、信濃はなんでもないと緩くかぶりを振ってみせた。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「こたつ」
瓜野(@u_butterfly_o)


2017.02.19

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