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2016年12月

刀剣乱舞 真白の朝に(信濃藤四郎、厚藤四郎、薬研藤四郎、後藤藤四郎)

 音もなく夜が明ける。冷え固まっていた空気が動き、東の空から朱鷺色の朝がやって来る。
 普段ならぎりぎりの時間まで布団との別れを惜しむ信濃藤四郎がその日に限ってきっかり夜明けと同時に目を覚ましたのは、おそらく昨夜の誰かの台詞が頭に残っていたからだろう。「明日は積もるかも」。夜半に雨から雪に変わったことは屋根を叩く音が消えたことで気が付いていた。確信に近いものを持って布団から抜け出す。兄弟たちの布団の合間を縫うようにそろりと歩き、障子戸と雨戸を引き開ける。
 瞬間、眩い光が目を焼いた。しばらく瞬きを繰り返し、目が慣れてくると一変した庭の景色がようやく見えてきた。砂利も常緑の松の木も置き石も何もかもが白い。ふかふかの綿のような白いものがすべての景色に降り積もり、朝日を受けてきらきらと輝いている。吐き出す息は瞬く間に白くなり、吸い込む空気は鼻の奥をつんと刺すほどに冷たい。けれど、信濃は沸き起こる感情を抑えきれぬままに叫んだ。
「雪だ!」
 その声に同室の兄弟たちが次々に目を覚ます。部屋の奥で丸まっていた後藤藤四郎が跳ね起きて雪!?と叫ぶのを筆頭に、厚藤四郎がまだ眠り足りない目を擦りながら寒そうに身を起こせば、薬研藤四郎は一つ大きな欠伸を放つと積もったかと感慨深げに呟いた。
「初積雪だな」
「雪合戦!」
「やりたい!」
「いや、寒いだろ。というか早いだろ」
「先に皆で雪かきだろ」
 本丸に遅れて顕現した信濃と後藤が初雪にはしゃぐ中、厚と薬研は襟元を合わせながら冷静に会話している。聞き慣れた単語に信濃は庭から目を離すとぱっと振り向いた。何しろ信濃藤四郎という刀が長い間、居を構えたのは東北は庄内藩。痺れるような寒さと深く長い冬で知られる豪雪地帯だ。
「雪かき!俺、それもやってみたい!」
「重労働だぞ」
「人間がやってるのよく見てたし、できるよ」
「あ、待てよ。でも今日は三条の旦那方が勢ぞろいじゃねぇか?」
 薬研の言葉に厚が目を輝かせる。もうすっかり目が覚めたのか、普段から寝起きのいい彼は早々に布団を片付けながらやったぜと小さく呟いた。
「岩融さんの雪かき、豪快でおもしれぇんだよな」
「へー!」
「見たい見たい!」
「まずは朝飯だろ、兄弟」
 思い出したかのように信濃の腹がくうと鳴る。人の身は不思議だ。夜になれば眠くなるし、朝になれば目が覚めて、腹が減る。しかも、どこからか漂ってくる朝餉の匂いは盛大にそれを助長するのだ。思わず鼻を鳴らせば隣の後藤もまったく同じことをして、切なそうに目を細める。腹減った、と絞り出されたその声に大きく同意した。
 今日のご飯はなんだろう。魚かな、卵かな、あったかいお味噌汁もあるといいな。
 もう一度目の前の純白の景色を脳裏に焼き付けるようにしてぐるりと辺りを見渡し、信濃は着替えのために部屋の中へと飛び込んだ。あちらこちらからおはようの声が続々と聞こえ始めれば、今日もまた世界にとって、信濃藤四郎にとって、新たな歴史の一ページが始まるのだ。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「布団」「初雪」
瓜野(@u_butterfly_o)


2016.12.04

刀剣乱舞 人外夜話(???)

「それにしても何ゆえに彼らなのでしょうか?確かに彼ら個々人は人知及ばぬ特別な力を持っていますが、審神者としての力はどちらかといえば平凡です」
 もっと著しく霊力の高い「普通」の審神者は他にもいると思うのですが、と疑問を呈した部下に彼は薄らと笑ってみせる。逆光の中、闇に溶ける黒いスーツ。白いシャツの襟だけが妙に目に眩しく光を反射していた。柔和な口元は平穏そのもの。だが、銀色の睫毛に縁取られた奥の瞳は一切笑っていない。
「人の世は優しすぎるんだよ」
「…と仰いますと?」
「人の世において本物の深淵を覗く機会などほとんどないということさ。ゆえに普通の審神者ではそれに直面した際に耐えられない。ときに深淵が温かく優しいものに見えることも人心を誑かす悪魔が神の御使いである天使と同じように美しいことも、何も知らぬままあの世界に放り込まれる人の子は哀れだ。とはいえ放り込む人の子もまたそれを知らないのだけれどね」
「…」
「しかし、彼らは違う。彼らは深淵から生まれ、深淵とともに育ち、深淵を這いずり回って生きてきた。彼らは光の輝かしさも闇の深さも知っている。だからこそあの世で刀剣たちを導き、縦横無尽に立ち回ることができる」
 デスクの上には非公式の履歴書、即ち本人には無許可でその来歴を探り記した書類が広げられている。無情鉄壁と恐れられる神山家当代の妹にして悪食の蟲を身の内に飼う人間蠱毒、更にその弟にして大量殺戮兵器ともなり得る無数の羽虫を宿す蠱毒師、古代の呪詛を現代まで引き継ぐ犬神筋尾上家の頭領、とっくの昔に滅びたはず八つの山を取り巻く大蛇の姉妹、悪魔に魂を売り払ってまで野望を成し遂げた冷酷な魔女、そして非業の連鎖を断ち切れず鬼の血を色濃く引いた娘。
「異形には異形を。私は彼らに期待しているよ」


2016.12.07

刀剣乱舞 だから、きっと帰るんだ(後藤藤四郎、信濃藤四郎、薬研藤四郎、厚藤四郎)

 山間に霧立ちこめる里の様子も随分見慣れたものだった。ひやりと肌にまとわりつく湿った空気、特別荒れているわけでもないのに一切ひと気のない人家。たわわに実った稲の揺れる田に収穫の喜びはなく、よくよく目を凝らしても続く道の先は伺えない。
 それもそのはず、ここは現の場所ではなかった。秘宝の里。時の政府が用意した刀剣男士のための修行の場。または審神者が新たな刀剣を御せるだけの力量があるかを測る場所。
 ゆえにこの場所で受けた傷は本丸に帰ればたちどころに治り、刃毀れも壊れた防具も何もかも元通りだ。しかし、かといって易しい戦いといえばそうでもなかった。待ち受けるは力を示すために集めなければならない玉だけにあらず。突如道中に現れる落とし穴、四方八方から放たれる毒矢に投げ込まれる焙烙玉、そして立ち塞がる時間遡行軍を想定した仮想敵。
 だからこそ、ほうほうの体でとぼとぼと戻る道にも慣れたものだ。いや、本当は慣れてはいけないんだろうけど。
 薬研藤四郎、厚藤四郎、後藤藤四郎、信濃藤四郎の粟田口派の短刀四振りはそれぞれ軽傷から中傷まで揃って傷を作り、玉を奪われ、肩を落として帰路へとついている最中だ。霧のためぼんやりとした視界のぼんやりとした明るさの中、かしゃかしゃと鳴る金具の音が物悲しかった。
「しくじった」
「あと一歩だったけどな」 
「悔しいなあ」
「薬研、防具持つか?」
 最も傷の深い薬研を後藤が気遣えば、外れかけた袖の鎧を押さえながら彼は首を振るう。見た目の派手さに比べて平気そうに歩いているのもここが秘宝の里であるゆえか、それとも彼の生来の心身の強さゆえか。少なくとも後藤は素直に彼の言葉を信じ、伸ばしかけた手は引っ込めた。
「大将、怒ってるかなあ」
「なんでだよ?」
「だってまた今回も全然玉持って帰れないし」
 そう、確かにこの四振りで出陣するのはこれが初めてではなく、短刀という刀種ゆえに押し負けることの多い彼らは負けが続いていた。長い睫毛をついと伏せ、頬に滲んだ血も拭わず、しょげた犬のように歩く信濃藤四郎は余程落ち込んでいるのだろう。その姿はまったく普段の彼らしくない。しかし、後藤が何かしら言葉をかけるよりも早く、先頭を歩いていた薬研がおいおいと振り返った。端整な顔立ちに呆れをのせ、藤色をしたでっかい目がいつも以上に見開かれる。
「大将はそんなケツ穴の小せえ御仁じゃないぜ?」
「そうだぜ、信濃!大将の懐がでっけえことはお前が一番よく知ってるだろ!」
「それは、そうだけど!薬研!大将は一応女人なんだから、ケツ穴とか言わないでよ!」
「お前も言ってんじゃん…」
「後藤、うるさいよ!」
 後藤に対しては完全に八つ当たりだが、どうやら兄弟たちの言葉を受けていつもの気概が信濃に戻ってきたようだった。俺だって大将がそんな人じゃないって知ってるし!私の采配が悪かったってきっと謝るんだし!とぶつぶつ言いながら、ずんずんと先を歩く。そんな後ろ姿を見送りながら、兄弟は揃って顔を見合わせ、破顔した。
 深い霧が徐々に晴れ、石造りの巨大な鳥居が視線の先に見えていた。これをくぐれば部隊は無事帰還となる。待ち受ける主は実らぬ成果を見てなんと言うか。怒るか、悲しむか、呆れるか。否、きっとそのどれでもない。だって、あの人は。
「俺たちの、大将だもんなあ」
 後藤の呟きに何事かと問うこともなく、三振りが同時に大きく頷いてみせた。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「秘宝の里」
瓜野(@u_butterfly_o)


2016.12.07

鬨の声(尾上暁良)

「若、事は急を要します」
 都内某所尾上本家、大広間。勢揃いした一族郎党を前にほんの三ヶ月前にこの犬神筋を率いる当主の座に就いた尾上暁良は苦悩の表情を浮かべていた。薄く開いた視界では老若男女、それぞれがそれぞれの血統を代表する者として集い、皆一様に若き当主の顔を見つめている。その視線の強さに居たたまれず、やはり暁良は悩むふりをして視線を下へと落とした。規則正しく並んだ畳の目地を数えても一向に問題が解決しないことはわかっている。それでもそうせずにはいられないのは、暁良にとって、否一族にとって直面した事態が大きすぎるからだ。
「だが…相手は大神だ。大口の真神様だ」
「申し上げますが、当主様。確かに彼らは大昔は山を森を守護する神でございました。しかし、今や信仰を失い没落し、ただの祟り神と化しています」
「しかも人のみならず、我らにまで牙を剥いた」
「もう何頭も一族の者が倒れております」
 口々に進言する犬神たちによって議論は途端に紛糾する。暁良はその一つ一つに耳を傾け、考え、上に立つとはどういうことかを骨身に染みるように実感していた。まだ若輩だから、就任して間もないから、などという言い訳はきかぬのだ。ただ一族を守るため、先の時代へと導くため、暁良は結論を迫られていた。
 膝をぱんと打つ。瞬間、水を打ったように静まり返る広間に並んだ無数の獣の目が、じいっと暁良を見つめていた。どの顔も幼い頃から見知った顔だった。知らぬ者など一頭もおらぬ。失っていい者など一頭もおらぬ。ゆえに暁良は拳を強く握りしめ、重々しく口を開く。
「尾上一族は尾神を討つ」
「若、」
「神山と雪水に応援を要請してくれ。正当な対価を支払えば正当な働きをする者たちだと聞く」
 かしこまりました、と傍に控えた翁が答え、それを皮切りに暁良の決断を称える声があちこちで起こる。同時に誰もが経験したことのない大いくさへの不安がぐるぐると見えない澱みとなって渦巻いていた。神々の末席に名を連ねる血族と人の欲望によって生まれた呪われの血族。数百年前なら結果を見るまでもない争いだっただろう。だが、時代は変わり、国も信仰も何もかも変わった。今や大義は尾上にあり。ならば暁良がやるべきことはただ一つ。
「勝利を。我らは勝たなくてはならぬ」
 その言葉に応えるように。獣の雄叫びはどこからともなく起こり、やがて何重にも重なって暮れなずむ山々にこだました。


2016.12.09

刀剣乱舞 春来いと鶴が鳴くなり梅の花(鶴丸国永、三日月宗近、審神者)

※ つる→いち前提で鶴と三日月と審神者のお喋り ※


「一期一振をからかうと鶴丸がうるさい」
「なるほど。悋気というやつか」
 主が少々口を尖らせて言った台詞に当たり前のように三日月宗近が答える。一瞬、何を言っているのか言われているのか理解できなかった。ぽかんと口を開け、端からは大層間抜けに見えたであろう鶴丸国永はしばらくかかってようやく思考が回り始める。それは、つまりそういうことだ。
「はああ!?誰が焼き餅焼っ…うわ!?」
 二人が腰を下ろした縁側に勇んで駆け寄ろうとし、鶴丸の下駄は勢いよく張り出した松の根に躓いた。持ち前の身軽さで顔面から地面へと直撃することはなんとか避けたものの、なぜか無様に転がった鶴を女の黒いまなこと月を浮かべた刀の瞳がこれ以上ないほどに愛おしそうに見下ろしていた。
「お医者様でも草津の湯でも」
「治せぬ病はなんとやら、だな。春だなあ、主よ」
「満開なのはまだ梅だがな」
「なるほど、桜の開花までは今しばらくかかるということか」
 主はうまいことを言う、と機嫌が良さそうに三日月が笑えば、主も満更でもなさそうに口元を緩める。普段から概ね仲睦まじく、戦場においては目を見張るほどの連携を見せる主従であるが、こんなところでその絆を見せつけられたくはなかった。どちらか一人ならともかく二人がかりなんて卑怯だ。
「き、君たちなぁ…!」
 しかし、二つの顔を交互に見つめたまま、はくはくと口を開いたり閉じたりするしかできない刀に説得力など何もない。主は意に介した風なくのんびりと茶を啜り、三日月は優美な動きで袖をさばいて黒文字を取る。奇しくも今日の八つどきの菓子は梅を模した練り切りだった。薄紅の中央にちょんと乗った雛鳥のような黄色が可愛らしい。派手さはないが、しとやかに香る梅がごとく。恋の始まりとは言い得て妙か。
「咲くとよいな」
「咲かずとも骨ぐらいは拾おう」
「……あのな」
 怒る気力も失せて、鶴丸は肩を落とす。両者どこまでも己を貫く一人と一振りに何を言っても無駄だった。
 立ち上がり、白い着物に付いた土埃を払えば、早春の乾いた風がすぐさまさらう。晴れた空の色はどこまでも澄み切った青で、その色は否が応にもかの人を思わせた。恐るべし感情は病と称されるだけのことはある。
 これではまるで人間のようだ。呟けば人の子ではなく、美しい鋼の方が喉の奥で笑ったようだった。


2016.12.11

刀剣乱舞 モーニング・カルテット(薬研藤四郎、厚藤四郎、後藤藤四郎、信濃藤四郎)

 山の際より日は昇れど、東から差す光はまだこの部屋には届かない。仄明るくなりつつある広間には健全な寝息が幾つも幾つも立ち昇っては消えていく。
 初秋の折、突然北からやってきた寒気によって本丸は異例の低気温にさらされた。当然冬用の綿入れの寝具の準備は整わず、暖房器具の類もままならない。特に幼い体躯で顕現する短刀たちはあまりの寒さに部屋の隅でカチカチと歯を鳴らす有様で、そんな状態で眠りにつけるわけもなく、皆が頭を悩ませた末に出た結論は単純明快に「くっついて寝よう」だった。広間にずらりと敷き布団が隙間なく敷き詰められた様はなかなかの圧巻だった。白い海のように広がった布団に普段複数の部屋に分かれて眠る短刀たちはしばらくはしゃいでいたが、それも子の刻より前には静かになった。
 薬研藤四郎の記憶が正しければ、そのとき確かに「彼女」はここにはいなかったはずである。身を起こし、肘をついてじっと隣の布団を見下す。その視線の先には黒い髪。枕からはみ出すほどに長く、たわわな絹糸は間違いなく彼らの主のものに他ならない。一体いつから、どうしてここに?疑問は数多脳裏を駆け巡れど、その規則正しく上下する布団と安らかに降りた睫毛を見れば、彼女を叩き起こすことはとても出来そうになかった。仕方なく、そう仕方なくと自分を納得させて、薬研は彼女の寝顔を引き続き観察する。健康的な肌色、しゅっとひかれた柳眉、ほんの少し開いた唇。付喪神と同じ人型、されどまったく異なるその生き物は簡単に壊れてしまいそうなほど脆く見えた。
「薬研…?何起きてんだよ、寒ぃ…」
 隣で目を覚ました兄弟が欠伸混じりに発する声を制す。察しのいい彼、厚藤四郎は慌てて己の口を塞ぐと薬研の肩口の向こうを見遣った。大将じゃねえか、と小声が薄闇を打つ。頷けば、はてと彼も少し前の薬研同様に首を傾げてみせた。
「なんで大将がここにいるんだ?」
「さあな。大方夜中に忍び込んで来たんだろ」
「…寒かったのか?」
「たぶん」
 主が眠るのは粟田口の短刀が横一列で眠るそのちょうど中間地点だった。左隣に薬研藤四郎、右隣に後藤藤四郎。その間のわずかに空いた隙間に見事に納まっている。
 ふと、主の向こう側で布団の中に額までもぐっていた後藤がもぞもぞと身動ぎをした。薬研たちの声によって覚醒を促されたのだろうか。あちこち見事に跳ね回った髪が勢いよく飛び出してきたかと思えば、飴色の瞳が隣を見遣ってぎょっとしたように見開かれる。
「たい…っ!」
「「しー!」」
 彼があげようとした大声はなんとか押し止められたが、その代わり驚いて後ろに飛び退いたせいで眠っていた信濃藤四郎がとばっちりを受けた。いてっと小さな悲鳴のあとに布団の山が獣のような呻き声をあげる。兄弟の誰とも違う、目も冴えるような赤色の髪がぱっと咲く。眠いのか打ち所が悪かったのか。潤んだ目が後藤を睨み付け文句を言うために開いた口がそのままの形で固まった。
「え、大将…?」
「静かにな」
「いつの間にもぐり込んだんだよ…」
「わからん」
「よく寝てるね」
 後藤に最悪な起こされた方をした割に信濃がへそを曲げていないのは、おそらく同じ布団で主が寝ているという今この瞬間の現状のためだろう。後藤は後藤で自分が跳ね起きたせいでめくれてしまった布団を直し、厚はいつの間にか薬研の背中に腹這いにのっかって主を見つめている。
 自分たちを刀剣の付喪神として顕現させたこの世でたった一人の主。戦うための手を、足を、目鼻を、口を、与えてくれた唯一無二の人間。刀剣男士が付喪神なる存在でありながら人間である審神者に従うのは、刀にとって何よりも持ち主である人間が重要だからだと人は言う。確かに、最初はそうだったかも知れない。本能は目の前にいる人間を主と定め、認識し、自然に膝を折らせた。けれど、今はきっとそれだけじゃない。主が他ならぬ彼女であったから。誇り高き吉光の刀は揃いも揃って彼女に傅き、従い、その命を受けて勇んで戦場を駆け抜ける。
「お、」
「大将、起きるよ」
 その声を受けるまでもない。長い睫毛がふわりと震え、瞬きを繰り返して光を取り入れる。目覚めた瞬間、自分を覗き込む刀たちに彼女は驚くだろうか。それとも、当たり前のように笑うだろうか。否、今そんな推測を繰り広げる必要はないだろう。だって答えはすぐにわかるのだから。
「「「「おはよう、大将」」」」
 綺麗に重なった四重奏におはようと軽やかな女の声が答えた。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「おはよう」
瓜野(@u_butterfly_o)


2016.12.11

刀剣乱舞 君思ふ、故に我あり(薬研藤四郎、信濃藤四郎、後藤藤四郎、厚藤四郎)

 日増しに吹く風が冷ややかさを増し、顔を洗う水の冷たさに恨み言の一つもこぼしたくなる季節が到来してから早一月。普段はぴっちりと閉じられた蔵や棚は開け放たれ、本丸御殿も天守閣もいつも以上に丹念に掃除が行き届き、帳簿は慌ただしく宙を飛び交う。その日に向けて淡々と準備が整っていく様にそれほど普段の生活に変わりない刀剣男士たちもどことなく落ち着きをなくす。そんな時期がこの本丸に再びやって来ていた。
 薬研藤四郎が広間を通りかかったのは昼餉も終わった九つ半のことだった。常ならばすぐに片付けられるはずの大机が出しっぱなしになり、何振りかの刀剣たちが各々手に筆を取っては、半紙大の紙を前に唸ったり、淀みなく何かを書き付けている。見慣れない光景に首を傾げつつ、それを眺めていると兄弟刀の信濃藤四郎がその姿に気付き、薬研と声をかけてきた。
「これ書いた?」
「なんだそりゃ。皆して何書いてんだ?」
「大将の話聞いてなかったの?今年一年あったこと、自由に書いて廿日までに大将に提出。昨日言われただろ」
 言われて薬研は記憶の糸を手繰る。確かに昨日の朝餉のあとの主の話は少し長かった。だが、その日の夜遅くまで大掃除によって蔵から発掘された書物を読み解いていた薬研はほとんど夢うつつの中で彼女の話を聞いていたのだ。当然、内容は少しもおぼえていない。
「その顔、忘れてたね?」
「悪ぃ」
 ばつが悪そうに頬を掻いた薬研に信濃が呆れる顔をしつつも、紙と筆を手渡してくれる。乾いた筆はまだ誰にも使われた形跡はない。だが、それこそ本丸中の刀剣男士たちが入れ替わり立ち替わり広間へと件の宿題を記しに来るのだろう。視線をすべらせれば、遠くの方で鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎が片ややかましく、片や物静かに筆を動かし、加州清光は物思いに耽っているのか筆を手にしたままぼんやりと庭を眺めている。信濃の隣に座った薬研の向かいにはちょうど同じ粟田口の短刀後藤藤四郎が迷いもなく、せっせと筆を走らせていた。どれどれ、とその手元を無遠慮に覗き込む。そこには顕現してから今までの出来事が読むのに苦心しそうな細かい文字でびっしりと書かれていた。
「お前、字ちっさいなあ」
「うわ!薬研!?み、見るなよ!」
「どうせ大将に出すんだからいいだろ?」
「お前は大将じゃないだろ…!」
 薬研に見られていることに気付いた後藤は頬にさっと朱を走らせると、慌てて手元を隠してしまった。どうも兄弟に見られるのは気恥ずかしいらしい。一方、その隣にいた厚藤四郎はそんな騒ぎなどお構いなしにできた!と高らかに宣言する。空中に掲げられた紙を見れば、そこには彼らしい勢いのある筆文字で戦のこと、兄弟のこと、本丸での暮らしのことがざっくりと書かれ、最後に跳ね回るような書体で「来年もよろしくな、大将!」と記されている。
「…報告書ってこういうもんか?」
「いいだろ、別に。オレが大将に言いたいのはこういうことだ」
 そうからりと言って厚は紙をなびかせつつ、広間を出て行った。その足で主に提出しに行くのだろう。墨汁の匂いが強く鼻先をかすめ、得意げな厚と受け取った主の穏やかな笑みが容易に想像できるようだった。
 隣の信濃はどうやら慎重に言葉を選ぶ余り、兄弟が一人抜けたことにも気付いていない。きゅっと唇を引き結び、大きな瞳を見開いて、一行書いては筆を止め、二行書いては筆先で硯を撫でるのを繰り返す。紙には彼の小綺麗な字が整然と並んでいた。信濃は特に顕現してから日が浅いので人の身を得てから気付いたことを自分なりに主に伝えようとしているようだった。
 さて、俺は何を書こう。
 渡された白紙を前に薬研は改めて考え込む。今年もいろいろあった。戦に出た。誉の桜を満開に戴くこともあれば、意識が遠のくほど打ちのめされたこともあった。短刀としての強みが最大限に生かせる合戦場もあれば、そうでない場所もあった。兄弟たちも増え、戯れるように日々を過ごし、言葉を刃を交わした。季節の移り変わりを五感で感じ、春夏秋冬の美味を食べ、汗を流し、寒さに震え、そうして巡る日々にいつしか薬研藤四郎は慈しみさえおぼえた。あの時代、あの歴史の中で一度なくしたものを今一度手にする日が来ようとは。自分には絶対に訪れることはないと思っていた明日が、またこうしてやって来ようとは。
 だからこそ薬研が主に伝えたいことは簡潔だった。昨日も今日も明日もきっと。薬研藤四郎はここにいる。主によって顕現され、主の命を受け、主によって支えられたこの本丸で、己の役目を全うするために。



薬研藤四郎の一年は気力体力ともに充実。
これからもますます大将の役に立つので期待されたし。

薬研藤四郎



「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「振り返る」
瓜野(@u_butterfly_o)


2016.12.14

刀剣乱舞 鈴の怪(信濃藤四郎、後藤藤四郎、薬研藤四郎、厚藤四郎)

 天守閣の裏手にある山は短刀たちの格好の遊び場だった。
 緩やかな斜面には獣道が幾つも敷かれ、進めば進むほど山深くはあったが、木々の隙間から本丸御殿の鈍色に輝く瓦屋根が見えているところまでであれば迷子の心配もない。時折鹿や猪と鉢合わせして驚かされることはあっても危険な鳥獣の類はほとんどおらず、春になれば木苺を摘み、夏には渓流に釣り糸を垂らし、秋は茸をはじめとした実りを堪能し、冬は霜柱を踏み崩す。四季折々の姿を見せる里山は彼らにとっては庭のようなもので、だからこそ「それ」を見つけた信濃藤四郎はひどく驚いた。
 それは南側に面した日当りのいい松林のほぼ中心にあった。斜面が一際なだらかになり、辺り一帯に生え揃った松もなぜかそこだけぽっかりと空間を設けている。目印になるようなものは何もなく、なんならここに通じるまでの獣道もない。
 それなのになぜかそこには社があった。
 ひどく小さなそれは大人ならひょいと両手で持ち上げられそうなほどだ。けれど小さな瓦も白木の壁も細い木々を組み合わせて作られた扉もまるで昨日建立を終えたばかりのような真新しさで光っている。こんなもの一度だって見かけたら忘れないはずだが、当然見覚えなどない。それが不思議でならなくて、社の前で腕を組んだまま信濃が首を傾げていると、背後から信濃!と兄弟の声がかかった。
「どうし……なんだこれ?」
「こんなのここにあったか?」
「さあ?」
「…ここ、南の松林だよな」
 信濃と藤四郎の名を同じくする厚藤四郎、薬研藤四郎、後藤藤四郎が次々に同じ反応をする。やはり皆揃って覚えのない建造物に困惑しているようだ。
「この辺り、何度も来てるけどな」
「だよな」
「茸狩り来たもんな」
「…なんか光ってる」
 兄弟が口々に意見を述べる中、じっと社に視線を注いでいた信濃はその変化にいち早く気付いた。小さな格子の向こうがゆっくりとした間隔で淡い黄色に明滅する。なんだと身を乗り出してきたのは薬研と厚で、逆に一歩下がったのは後藤。信濃は躊躇いもなく手を伸ばし、繊細な細工の取っ手が付いた観音開きをえいと勢いよく開いた。瞬間、視界に入っていなくとも背後で後藤が血相を変えたのがわかった。
「な!?…んで勝手に開けるんだよお前は!」
「大丈夫だよ」
「お前の大丈夫には根拠ないだろ…!」
「なんだこれ鈴か?」
「鈴、だなあ」
「随分古いな」
 社の中の暗がりにちょこんと鎮座していたのは確かに鈴だった。それも根付けにするような可愛らしい大きさのものではない。それは神事の際に巫女の手によってじゃらんじゃらんと振り鳴らされるそれの一粒だった。薬研の言うとおり年季が入っているのか、輝きはほとんど失われ、くすんだ金色をまとっている。ならば先程光ったように見えたのは鋼のきらめきではなかったのか。
 狐につままれた気分で兄弟が顔を見合わせると、その瞬間を見計らったかのように、りんっと鈴の音が一つ高らかに鳴り響いた。
 軌跡を追うことすらできなかった。次に社の中を覗いたときにはもう、そこはもぬけの殻だった。金色の神具は影も形もなく、薄い闇だけが冷えた沈黙をたたえている。
「…敵の罠か?」
「それなら大将が気付いてなんか言うだろ」
「確かに」
 結局何もわからずじまいのまま、本丸へと戻った信濃たちから事の顛末を聞いた彼らの主は鈴彦姫だろうなと事もなげに言った。
 神楽鈴が年月をかけて魂魄を得た付喪神の一種。お前たちと同族ということになるかなと緩やかに笑ったあと、消え去ったのなら本来あるべき場所に戻ったのだろうとも主は付け加えた。

 その夜、信濃藤四郎は夢を見た。

 虹色の雲が棚引く空の下には朱色の鳥居。立派なお社の前には美しい着物をまとった姫君の後ろ姿。信濃藤四郎は粟田口の短刀だ。守り刀として最高の誉を得て、婚礼の祝いにも用いられ、幾人の姫と呼ばれる娘たちを見てきた。そんな信濃が見ても振り返った彼女は美しかったと思う。ぬばたまの黒髪、二重の瞼に桃の花の色をした唇。でも、思わず口をついてしまったのは刀としての本性が漏れ出したともいっていい率直な胸の内だ。
「大将の懐のがいいなぁ」
 瞬間、目を覚ました信濃の目に映ったのは真っ暗な天井だった。兄弟たちの寝息だけがこだまする暗闇に極彩色の浄土はどこにもない。けれどなぜかそのことにひどく安堵して、信濃は満足げにまぶたを下ろすと再び夢の世界へと帰って行った。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品
お題「鈴」
瓜野(@u_butterfly_o)


2016.12.18

刀剣乱舞 桜の花の満開の(薬研藤四郎、厚藤四郎)

 付喪神に舞う桜の花弁はその御心の高揚と器物の化身としての神威の高まりを示す、なんて聞かされたところで薬研藤四郎には難しいことはわからない。
 ただわかるのは薄紅色の儚げな彩りはどうやらこの世のものではないということ。その証拠にそれはひらりはらりと散っては地面に落ちる前に消えていく。芳香もなく、重量もなく、一息の春の夜の夢のために地に根を張る幹さえない。けれども刀剣男士の頭上には満開の花が咲く。誉と誇りを戴いて、春夏秋冬を問うこともなく。
 戦えと言われるのならば戦うだろう。そこに不本意はない。なぜなら刀剣男士とは人の身を持ち、人の心に寄り添ってみせながらも、あくまで刀剣そのものであるからだ。たとえ貴い人の守り刀だったとしても、箔を付けるための単なる贈り物だったとしても、権威を示すために仕舞われ飾り立てられるだけの存在だったとしても。その本質は磨き抜かれた刃である。何某かを切るモノである。何事かを叩き伏せるモノである。首を刎ね、心の臓を貫き、腹を裂き、脚の腱を断ち、ときに血の一滴すら流さぬ切れ味で、ときに骨ごと割り砕く頑強さで、対峙したる相手を屈服させる。
 そして、その本質を最も発揮できる場所こそが戦場だった。なれば陣触れは是非もなし。たとえ敵方が異形の群れであろうとも、恐れることは罪であり、怯むことは自らの矜持が許さなかった。
 傷を負うことなど恐ろしくなかった。どうせ一度この世の終わりのような業火で焼かれた身だ。たとえこの身が折れたとして、わざわざ自分を現世に呼び出してくれた主の役に立てなくなることは無念だが、はっきり言って後悔はないと言えただろう。なのに。
「ひゃにふぁいてんだ?」
「……食ってから話せ」
 顔を上げればそこには漆塗りの盆を手にした兄弟がいた。黒い硬質な髪を短く刈り、健全な少年らしい少年に見える付喪神は口の中のものをしばらくもごもごやってから、ごくりと飲み下した。手の甲で唇をぬぐい、灰銀の瞳を一つ瞬きさせ、改めて彼が問う。
「なんで桜舞わせながら泣いてんだ?」
 器用かお前、と呆れたように呟いた厚藤四郎は満身創痍だった。服から覗く腕にも脚にも包帯が巻かれ、消毒薬のつんとした匂いがいやに鼻をついた。肝心の本体はひびが入り、もう一歩敵の踏み込みが深ければ折れていただろうと聞いた。
 薬研は、薬研藤四郎は彼とともに戦場に立ちながら、その瞬間を正確におぼえていない。おぼえているのはちかちかと明滅する視界、敵の怒号、兄弟の悲鳴。薬研!と己を制止するために叫ぶ誰かの声を薬研は無視した。聞こえていたのに、聞こえないふりをした。その瞬間、付喪神の全身を支配していたのは怒りだった。刀工と名を同じくした兄弟をいとも容易く踏みにじられ、薬研は激高したのだ。
 気が付けば辺りには折れて砕けた敵の刀剣が散乱し、薬研は誰かに手を引かれ本丸へと帰還するところだった。そのときから桜吹雪のやむ気配はない。付喪神の感情に反し、窮地から部隊を救った誉れに対し、桜は咲いて咲いて散り続ける。
「食うか?桜餅」
「…いらん。傷、いいのか?」
「こんなの傷のうちに入んねぇよっと」
 縁側に座った薬研の隣に厚はさも当然のように腰を下ろす。二つ目の桜餅(それは道明寺だった)に手を伸ばしながら、ひらりと舞い落ちる桜の花弁を彼の視線が追った。今回はお前に花持たせたけど、と聞き慣れた声が放たれる。いつも通りの兄弟の顔で、いつも通りの鋼の顔で。思わず顔を上げた薬研の目に飛び込んできたのは鎧通しと呼ばれる刀に相応しい不屈で不適な笑みだった。
「次は負けねえよ」
 嗚呼、兄弟、鋼の子。
 薬研はゆるゆると息を吐く。一緒にどっと肩の力も抜けたかと思えば、途端指先まで春の気配が満ち満ちた。
 遠く谷から出てきたウグイスの声がこだまする。ばたばたと廊下を鳴らしてこちらに近付いて来るのは藤四郎の名を同じくする兄弟だろう。こちらを認めた瞬間、なんか食べてる!と叫んだのは信濃藤四郎。手入れ部屋空いたってよときちんとお役目を果たしたのは後藤藤四郎。魂を得、言葉を交わし、傷を負い、癒やし、そしてまた戦場に立つ我らは紛う事なき一振りの。


「#大将組版深夜の創作60分一本勝負」参加作品(遅刻参加)
お題「桜」
瓜野(@u_butterfly_o)


2016.12.22

現代帝都 とある女王の死

 日の差さない北向きの部屋にはしんと冷ややかな空気が満ちていた。障子戸から入り込む光は極弱く、床の間に置かれた花瓶の影は亡霊のように薄い。他に調度品の類は一切なく、まだい草の匂いを微かに残す畳には一人の男が膝を揃えて座るのみだった。
 男、もとい神山何時人の視線は畳へと落とされている。正確には畳の上へと置かれた一枚の札へ。半紙を四つ切りに等分したような短冊状のそれには黒とも紫ともつかぬ色で複雑な紋様が描かれていた。そして、ちょうどその紙の大きさに納まるように鎮座するのは一匹の蟲。特徴的な黄色と黒の警戒色。半透明の翅。黒い毛に覆われた胸部。大きな複眼。一般的に蜂と呼ばれる昆虫を神山の蠱毒師の手によって巨大化させた蟲、それが軍蜂(ぐんぽう)と呼ばれる彼女らだった。
 何時人は複数の軍蜂の群れを飼い慣らしているが、今目の前にいる一匹はその中でも最も巨大な群れの女王蜂だ。蟲の寿命は人間のそれより余程短い。彼女は三年もの間、群れの母として、軍隊の将として大いに働いてくれたが、そろそろその身体も限界を迎えようとしていた。
 下がった触覚を、和紙の繊維にさえ引っかかる小さな脚の爪を、何時人は愛おしげに見下ろす。彼女と彼女の子らとともにくぐり抜けた修羅場の数々を思い出す。それらは決して楽しい記憶ばかりではない。しかし、それでもそれは間違いなく彼女が刻んだ些細な歴史の一片に違いなかった。
 午後の日差しは傾いて、初冬の夕暮れは駆け足でやってくる。薄闇に閉ざされようとする沈黙の部屋で彼女は静かに息を引き取った。最後に翅を震わせることもなく、針金のような触覚を揺らしてみせることもなく。音もなく息絶えた女王の死を何時人は最大限の敬意を持って見届けた。
 やがて乾いた蟲の屍ははらはらと崩れ、札へと吸い込まれていく。死骸の姿などどこにもない。まるで最初から何もなかったかのように、物言わぬただの紙切れと化した札に何時人は指先を添える。声帯を震わせるか震わせぬかの微かな音量で唱えるのは一言だけ。謁見、と。それが女王を呼び出す言霊。
 すると、当たり前のように新たな女王は現れた。心なしか艶やかに濡れた翅、潤んだように見える目。すべてを理解し終えた老獪さと生まれ落ちたばかりの無垢を矛盾せずに内包する彼女は先代と同じく札の上で女王らしい落ち着きを見せる。
 その様をやはり何時人は見下ろしていた。世代は代わり命は巡る。何百年と受け継がれる蟲たちの営みはそのまま神山の営みに通じる。彼女はこれからたくさんの子を産み、たくさんの兵を率いるのだろう。そして何時人は彼女とともに数多の戦場を駆け抜け、そしてこの命散るその日まで彼女らの代替わりを見守り続ける。それが、蠱毒師という神山の業であるがゆえに。今日も我らは蟲とともにある。


軍蜂(ぐんぽう)
蜂を元にして作り出された蟲。大きさこそ掌大もあるが、一匹一匹が異なる役割を持ち、一つの社会性のある群れを作る生態などは昆虫のものとほぼ同じである。蠱毒師の言葉をよく理解し、「謁見」「布陣」「進軍」など様々な命令に応える。女王蜂を筆頭とした統率のとれた動きで敵を翻弄するだけでなく、兵隊蜂は自分より何倍も大きい相手に対しても果敢に立ち向かう。軍蜂を得た蠱毒師は頼もしい軍隊を得たも同義である。

2016.12.23o

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