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現代帝都 一匹道中涯てもなし

 心地よく晴れたある小春日和のこと。
 常に誰もが多忙を極める神山家の蠱毒師にしては珍しく仕事も家庭内の用向きもなく、ぽっかりと時間が空いた神山何時人は屋敷の縁側でぼんやりと空を見ていた。青い空には点々と綿雲が浮かび、ふわふわのんびりとした速度で流れていく。気温は高くも低くもなく、東から吹く風は微風。穏やかな日差しを浴びて真っ赤に紅葉した庭木の名を何時人は知らない。知る必要も感じず、知りたいとも思わず生きている。神山家の次男坊として生まれるということは、神山家の蠱毒師として生きるということは、つまりそういうことだった。
 柱に預けていた背がずるりとすべる。自重に任せるがままに床へと倒れ込めば、身の内からじわじわと何かが這い出す気配が背筋を走った。普段なら無理矢理にでも抑え込むところだが、今日はそれをしない。たまの休みぐらいいいだろうと意識的に気を抜いてやると、調子に乗った「それ」はぞろりと何時人の中から姿を現した。
 黒光りする長躯を携え、丸みを帯びた三角形の頭に爛々と輝く金色の目。ずらりと並んだ牙は鰐のようだが、それよりも鋭く薄い刃は何もかもを切り裂き、噛み砕き、飲み下す。細かく生え揃った脚は普段は身の内に仕舞われて見ることはできない。そもそも自在に宙を泳ぐ蟲に脚など不要であるだろうから退化してしまったのかもしれない。ゆえに蛇のようにも見えるが、これはれっきとした蟲だ。それも神山家の蠱毒の中でも随一の異質。人間蠱毒の連れし悪食はゆらりと空中で渦を巻くと、己の半身である男の眼前で目を合わせるようにひたりと動きを止める。
「…天涯(てんがい)」
 その名を呼べど無感情な瞳に変化の色一つも見えない。だが、何時人にはわかっていた。これは自分で、自分はこれ。神山に連なる蠱毒師たちが皆大体七つから思春期を迎えるまでの間に「蟲宿し」または「蟲孕み」と呼ばれる期間を経て、護蟲と呼ばれる蟲を「蟲産み」するように、人間蠱毒にとってもまたこれは唯一無二の存在だった。
 てんがい、と声に出さずに呼べばそれは黙って大きな口を開く。口の端のみならず、巨大な口内すべてにびっしりと敷き詰められた歯はただただ食らうためだけに備えられた器官。絶望にも似た飢えから生み出された蟲ゆえに、食うことに特化したその暗きうろに何時人は重たい上半身を起こすと躊躇なく頭から入り込んだ。湿った暗闇の中はほんの少し生臭い匂いがする以外に不快感はない。それよりも底なしの沼に似た闇がどこまでも何時人を安堵へと誘う。ゆるり、ゆるり、目の奥が溶けてゆくような。さらり、さらり、脳髄の端がほどけてゆくような。ここにいるようで、いないような、その安心感はまるで。
「キャー!」
 何時人の至福の時間は絹を裂くような悲鳴でぶち壊された。眉をひそめ、渋々優しい闇から抜け出せば、ひっくり返ったお盆と転がる湯呑みが廊下の真ん中で惨状をさらしていた。おおかた新入りの女中が蟲に食われている様と勘違いしたのだろう。ため息を一つ付いた何時人に今度は自分の番だと言わんばかりに黒い蟲が寄り添ってくる。その頭を撫でながら、人ならざる蟲にして蟲ならざる人はうんざりしたように独りごちた。
「とかくこの世は生きづらい…」

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