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刀剣乱舞 蟲姫

※刀剣男士は出てきません※


「あっちを見ても鋼、こっちを見ても鋼…」
 暗闇の中で声がする。甲高い少女らしき声色はわざとらしいため息とともに、もううんざりと一際大きく呟いた。
 窓から差し込む白い月明かりが畳を照らす。何が入っているかも知れぬ桐箱を、乾いた墨が残されたままの硯を、開きっぱなしの書を照らす。真円に近い月光は思いの外強いコントラストを室内に落とし、横切る影はその脚の繊毛の一本一本でさえも明らかにされる。かさかさと紙を踏む軽やかな足音。かぶさる男の声は呆れと苛立ちを露骨に含んでいた。
「文句があるならてめぇだけ神山の家へ帰れや」
「やだよ!火焔ちゃんと離れ離れとか考えらんない。何言ってるの雷電丸(らいでんまる)!」
「うんざりとか言ったのはお前だろうが、八蘇(やそ)。つーか声でけぇ」
 男の声は少女をうるさいと牽制するが、空気を震わす微かな音はおそらく両名以外のどこにも届いていない。そこかしこに置かれた家財道具と書類とその他何に使うのかまったくわからない道具たちが詰め込まれ、立体の迷路となったような部屋に更にひそめた声が反響する。それは秋の夜の冷ややかな風にかき消され、暗がりの深くへと消えていく。
「火焔ちゃん、遅くない?」
「今日も出陣だろ?じきに帰るさ」
「心配だなあ。いくら火焔ちゃんが戦馬鹿だからって、付喪神たちってみんな美男子でしょ?誑かされたりしてないかなあ?」
「…俺たちの背中で昼寝するのが何より幸せだっつう御主人がか?」
「うん」
「大百足の脚を数えるのが趣味で、軍蜂の巣の中に手を突っ込んで暖取って、三尸のツラが仔犬より可愛いっつう御主人がか?」
「……ないな」
「ないだろ」
「うんうん、火焔ちゃんに限ってない!」
 安心!と一人納得したような声が闇夜に響く。つるりと透明な糸は天井から真っ直ぐに垂れ、畳へと音もなく着地した八つ足が書棚の奥へと消えていく。
 ちょっと見てくるという台詞に男の見つかるなよという声がかかり、それを最後にとある本丸のとある審神者の自室からは一切の音が聞こえることはなかった。あとにはただぺらりとページがめくれた書が置き去りにされるばかり。妙に手垢のついた見開きには物の怪と化して人を喰らう巨大な蜘蛛の絵姿が描かれている。

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