ibaraboshi***

home > 2016年10月

2016年10月

PQ 一月の解(番キタ)

P3主人公 草間奏(そうま かなで)
P4主人公 八塚春貴(やつか はるたか)



 この好意は錯覚だと度重なる熟考の末に断言する度に錯覚ではないような気がしてくるから不思議だ。
 否定すれば否定するほど、肯定される。押し殺し、見ないふりをし、振り払おうとするほどにそれは突然目の前に現れる。まるで幽霊みたいだと、奏は思う。お化け屋敷をモチーフにした迷宮は全く怖くないけれど(だいぶ凝ってはいるが、結局のところシャドウな訳だし)、このぼんやりとした亡霊のごとき感情は身の毛がよだつほどに恐ろしい。どうしてこんなに怖がるのか自分でもわからない。ただ、ふとした瞬間に湧き上がる想いに自分で自分を制御できなくなるような漠然とした不安がある。ここで考えているのは誰だろう。それは果たして奏自身か。それとも奏ではない誰かが、奏の肉体を乗っ取って考えているのか。思考とは個人そのものである。倫理の授業のワンフレーズが螺旋を描いて落ちていく。
「どうした?」
 知らぬ間にぼんやりしていたのだろう。気が付くと気遣わしい鈍色の瞳が至近距離にあって、思わず奏はぎょっとして後退りしそうになった。
 三番目の迷宮、放課後悪霊倶楽部。第二層までのおどろおどろしい学校の内部は三層に来て姿を変え、今は不気味な病院が目の前に広がっている。点滅する赤色灯。滴る真っ赤な何かに黴臭い薬品棚。キィキィと軋む扉にどこからか聞こえてくる赤ん坊の泣き声は雰囲気たっぷりといった風である。仲間たちも怖がったり、喜んだり、平常心だったりと様々な反応を見せながらも相変わらずわいわいと迷宮を進んでいる。
「なんでも、ない」
「…怖い?」
 突然の問いに虚を突かれて、奏は瞬きを繰り返す。それはきっとこの迷宮に対してのもので、そんなわけないじゃないかと言い返すのも首を振って黙って歩を進めるのも簡単で、けれどそのどれも実際の行動に移せなかった。心の海が繋がっている。そう告げたベルベットルームの住人の言葉が蘇る。だからと言って思考まで読まれるはずがないのに、一度大きく跳ねた心臓の音は暴れ馬のように止まらない。動揺。ざわめくのは心か、思いか。黙りこくった奏にしばし考えたらしきサブリーダーは先を進むメンバーに声をかける。
「みんな、そろそろ休憩しないか?りせ、この辺りにシャドウの気配は?」
『…大丈夫、平気だよ。そこなら休憩できると思う』
 ダンジョンナビゲーターを務める少女の声に皆がそれぞれ安堵と不安の声を漏らす。こんなところからは一刻も早く出たいであろう里中は表情を曇らせて友人に寄り添い、一方その天城はといえば嬉々として周囲の観察を始め、意外とこういうのが苦手らしい桐条は落ち着かなく部屋の隅で爪先で床を叩く。花村とクマは相変わらず漫才のようなやり取りを続けているし、コロマルは一つ欠伸をすると休息のためか伏せの体勢に入った。恐らく彼がこの中で一番冷静だろう。
 正に三者三様な仲間の姿を横目に奏はちらりと隣の少年を見上げる。彼も奏と同じように、否それよりもひどく優しい目で仲間たちを眺めていた。違う時、違う場所から呼ばれたペルソナ使い。愚者のアルカナを持つ、彼。
 ふと視線が移動する。かち合って、指先が緊張する。奏の無表情を抗議と受け取ったのかなんなのか。彼は弁明するように言葉を紡ぐ。良かった。この心はばれてない。
「すまない。リーダーに断らず勝手に」
「…みんな疲れてたし、いい頃合いだったんじゃない?」
 そう言うと彼は安心したように目元を緩めた。どちらかと言うと表情豊かな方ではないだろうが、努めてそれを隠している奏よりは余程雄弁に彼は感情を語る。そしてそれが彼が慕われ、好かれる理由の一端でもあるだろう。きっと冷静に、距離をおいて、分析しているつもりの自分だって同じように惹かれている。その声、その心、その温度。ひどく優しいわけではないけれど、とりわけ冷たいわけでもない。ちょうどいい、距離感。彼の傍はひどく居心地がよくて、それでいて落ち着かない。その理由を、答えを、奏は知らないふりをする。
 「愚者」、それは世界の始まりに立つ者の意。未熟な旅人はまだ「その名」を知らぬゆえに、他愛もない会話の糸口を乾いた唇から切り出すに留めるのだ。

刀剣乱舞 蟲姫

※刀剣男士は出てきません※


「あっちを見ても鋼、こっちを見ても鋼…」
 暗闇の中で声がする。甲高い少女らしき声色はわざとらしいため息とともに、もううんざりと一際大きく呟いた。
 窓から差し込む白い月明かりが畳を照らす。何が入っているかも知れぬ桐箱を、乾いた墨が残されたままの硯を、開きっぱなしの書を照らす。真円に近い月光は思いの外強いコントラストを室内に落とし、横切る影はその脚の繊毛の一本一本でさえも明らかにされる。かさかさと紙を踏む軽やかな足音。かぶさる男の声は呆れと苛立ちを露骨に含んでいた。
「文句があるならてめぇだけ神山の家へ帰れや」
「やだよ!火焔ちゃんと離れ離れとか考えらんない。何言ってるの雷電丸(らいでんまる)!」
「うんざりとか言ったのはお前だろうが、八蘇(やそ)。つーか声でけぇ」
 男の声は少女をうるさいと牽制するが、空気を震わす微かな音はおそらく両名以外のどこにも届いていない。そこかしこに置かれた家財道具と書類とその他何に使うのかまったくわからない道具たちが詰め込まれ、立体の迷路となったような部屋に更にひそめた声が反響する。それは秋の夜の冷ややかな風にかき消され、暗がりの深くへと消えていく。
「火焔ちゃん、遅くない?」
「今日も出陣だろ?じきに帰るさ」
「心配だなあ。いくら火焔ちゃんが戦馬鹿だからって、付喪神たちってみんな美男子でしょ?誑かされたりしてないかなあ?」
「…俺たちの背中で昼寝するのが何より幸せだっつう御主人がか?」
「うん」
「大百足の脚を数えるのが趣味で、軍蜂の巣の中に手を突っ込んで暖取って、三尸のツラが仔犬より可愛いっつう御主人がか?」
「……ないな」
「ないだろ」
「うんうん、火焔ちゃんに限ってない!」
 安心!と一人納得したような声が闇夜に響く。つるりと透明な糸は天井から真っ直ぐに垂れ、畳へと音もなく着地した八つ足が書棚の奥へと消えていく。
 ちょっと見てくるという台詞に男の見つかるなよという声がかかり、それを最後にとある本丸のとある審神者の自室からは一切の音が聞こえることはなかった。あとにはただぺらりとページがめくれた書が置き去りにされるばかり。妙に手垢のついた見開きには物の怪と化して人を喰らう巨大な蜘蛛の絵姿が描かれている。

刀剣乱舞 神無月の蛇(御手杵+審神者)

 小春日和の昼八つ過ぎ。いつまで経っても慣れない畑仕事にどうにかけりを付け、自室に戻った御手杵が見たのは畳の上で仰向けにひっくり返った挙げ句、口を開けて寝こけている主の姿だった。
「…なぜ人の部屋で寝る…」
 自分の部屋があるだろと傍らにしゃがみ込んで話しかけても寝息はちっとも揺るがない。降り注ぐ神無月初旬の日差しは柔らかく、吹く風は湿った朽ち葉の匂いを含んでいた。畳の上に散らばった黒髪に白皙の肌、みっしりと生え揃った睫毛に自分とは違う耳の形、鎖骨の隆起、指の腹から少し覗く爪。姉妹二人寸分違わぬその姿。眠れば表情はかき消えて差異はなお深い闇の奥へと消えてゆく。けれど、御手杵は悩まない。規則正しい呼吸、開いた口から見える歯の並び、手首に浮き上がる血管の青。それら一つ一つを明確におぼえているわけでもないのに、わかるのだ。彼女は間違えようもなく。
「起きねえなら頭から食っちまうぞ」
 あーと大袈裟に大きく口を開けると、ぱちっと音でもたてそうな勢いで黒いまなこが開いた。そんなことしたら、と寝起きの掠れた声で彼女が言う。鈴を飲み込んだ注連縄のようにゆらゆらと揺れる声色が、致命傷を上手に避けて槍の鼓膜を緩慢に刺す。
「お前の腹を食い破って出てきてやる」
「それは困る」
「だろう?」
「飯が全部出ていっちまうぜ」
「その通りだぜ」
 御手杵の口調を真似た女はあふうと欠伸をすると全身を犬のように震わせて伸びをし、ようやく人心地付いたのか、おはよう御手杵と心底眠そうな声を出した。

刀剣乱舞 ある月のない夜に(小狐丸+審神者)

 血で濡れた抜き身の白刃が翻る。飢えた獣のような表情と荒い息遣いは太閤殿に寵愛されたこの太刀には相応しくない。しかれど刀は持ち主の心をまるで鏡面のように映す。ゆえに今まさに「粛清」が行われたこの本丸における彼はそうならざるを得なかったのだろう。浅葱色の髪が乱れ、虚ろな視線がおのが主の変わり果てた姿を見下ろす。一瞬、こちらを見たその目が色を宿した気がするのはおそらく幻だ。彼は深々と頭を下げる。政府の代理人としてやってきた黒ずくめの女に対し、精いっぱいの謝意を示し、そして膝から崩れ落ちた。主が死んだ以上、彼は付喪神としての体裁をあと数刻も保っていられまい。しかし、彼らは最初からそういう存在だった。審神者の力によって顕現し、審神者の命によって生き永らえる仮初の神。
 女は身を翻す。「仕事」が終わったからには長居する理由もなかった。小狐丸、とかけられた声に愚直な一振りの返事が返る。白銀の長い髪に立派な体躯、目立つ犬歯。他ならぬ女の配下であり三条が打ちし太刀の一振りは主の意図を素早く察し、倒れ伏す人間と刀剣には一瞥もくれず女の後ろに付き従った。悪いなと続けた声に首を傾げる様が妙に獣に似るのはその名ゆえか。
「私の仕事に付き合わせて」
「いいえ。ぬしさまのご命令とあらばなんなりと。それに」
 振り返らずともわかる。物の怪が笑った気配はゆらりとさざ波のように広がり、足元から真っ直ぐ心の臓に向かって這い上がる。
「ぬしさまにお供すれば極上の断末魔の悲鳴が聞けまする。小狐丸はこれが一等好きでございます」
「嗜虐趣味は程々にしておけ」
「ええ、無論心得ております」
 ぬしさま、と狐が鳴く。数ある刀剣の中でも一際物の怪じみた太刀はいずれ朽ち果てる見ず知らずの本丸の廊下を踏み鳴らし、己の主の背中に向かって先程とは打って変わった殊勝さで懇願する。
「小狐丸はお揚げも一等好きでございます」
「…食べて帰るか」
「はい」
 ひょっとして最初からそれが目的ではないか、と思いはしたが口には出さない。心なしか軽やかになった足音に女はそれとわからぬよう少しだけ口元を綻ばせてみせた。闇夜の暗殺稼業をただ獣の目だけが見つめている。

毒を食らわば皿三つ(神山姉弟)

 いくら全力で渋面を作ってみせたところで目の前の姉は嫋やかな笑みを崩そうともしなかった。無論、彼女は単なる姉にあらず。千年の歴史の闇を渡り歩き、現代までその名を引き継ぐ神山家の当代当主にして無情鉄壁の二つ名を轟かせる長姉、神山神楽(かみやまかぐら)その人。彼女は弟の剣幕などどこ吹く風の恐るべきマイペースさで勝手に話を進める。
「安心なさい。相手は両刀だそうだから、女のふりなどする必要ないのよ」
「気にしてるのはそこじゃないよ、神楽姉さん…」
「あなた得意でしょう、閨中の殺し」
「得意じゃないよ!実の弟になんてこと言うの!大体なんでまず火焔姉さんに話しないんだよ…!」
 急に話を振られたもう一人の姉がせんべいを口にくわえたままこちらへと視線を寄越す。心なしか一番上の姉とも自分とも微妙に異なる顔つきをした彼女はパリパリと軽快な音をたてて米菓を飲み下し、茶を一口啜ると、ようやく口を開いた。
「別に私やってもいいけど」
「姉さん…!」
「あら、火焔はだめよ。別の仕事が入ってるもの。それにあなた、いつも暗殺をただの殺人に変えちゃうでしょ」
 それじゃだめなのよ今回は、という神楽の言葉に火焔は急速にこの件に対する興味を失ったようだった。背中を丸め、こたつの中に手を突っ込んで暖を取る様子からは怠惰な女性にしか見えないが、彼女は正真正銘神山家のエースだ。仕事の達成率もさることながら、その対象も常に大物。どんな修羅場に放り込んでも必ず実績をあげてくる様から神山を代表する蠱毒師として一部界隈では色んな意味で名を知られている。ゆえに神楽は火焔の仕事を選ぶし、選ばせる。それが神山の当主たる彼女の仕事だから。
「わかっているわね、遊馬」
 神山遊馬。神山家当主の実弟にして年若き蠱毒師はまだ最たる結果を世に残したことがない。物心つく前から蟲たちと触れ合い、神山の蠱毒師としての技術を叩き込まれてきたことが唯一のアドバンテージと言ってもいい彼は姉の気迫に思わず背筋を伸ばす。
「あなたに必要なのは実績。姉さん何も意地悪で言ってるわけじゃないの」
「…はい」
「よろしい」
 ちゃんと出来た暁には遊馬の好きなもの作ってあげるわと滅多に台所に立たぬ神楽が言えば、すかさず火焔がすき焼きと呟く。遊馬は一つ、姉二人には悟られぬよう小さく息を吐いて、無理矢理困ったような笑顔を作った。
「それは火焔姉さんの好きなものでしょ」
 身のうちがじくじくと疼くのは気のせいで、これは優しい家族の時間で間違いないはずだ。きっと、そのはずだ。僕らは狂ってなんかいないんだから。

return to page top